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──BEEP BEEP BEEP BEEP……
「……ハイハイこちらムォ〜、あれ?リャオちゃん?」
『緊急事態だ、早くロビーに集合しろ』
「えぇ?俺今休憩中なんだけど……って切れたし……」
──はぁ。満足に一服もできないなんて。
ここはほんとに凰門か?
凰門ファンメン
仙嵬郷シェンガイキョウと呼ばれる幽界の郷の一部であり、自由を愛する鬼人グウェイは最終的にここへ集う。
すでに朽ちた存在である鬼人。鬼人は総じて享楽的で、楽観的だ。そんな鬼人たちが楽しむ為に最終的に集う場所。
ここでは夜が明けることはなく、ひとびとは享楽に身を委ねている。
市内には煌びやかな建築物が所狭しとひしめき合い、夜の景色に彩りを与えている。
かくいう自分も夜のネオンに引かれるまま適当なバーで出会った男と飲もうとしていた。のに。これからお楽しみ、というところでこんな呼び出しだ。
この辛さ、分かって頂けるだろうか。
「はーあ、ごめんね、呼ばれちゃったから行くわ」
呼び止める声を背中に、呼び出された場所――『花好月円』へ向かう。絢爛たるホテル陣のなかにそびえたつ一棟『花好月円』。
他のホテルと同じように多くの遊戯施設を備えた娯楽場であり、今日も多くの鬼人が足を運ぶ。
CEOの手腕か、教育の行き届いたスタッフは多くの評判を買っており、人気のスポットだ。

【P.M. 10:16 】
■ホテル『花好月円』 スタッフ用通路

「で?俺の貴重な休憩を中断させてまで呼び出された理由はなぁに」
「どうせその辺のを引っかけていただけだろう。暇そうでなによりだ」
「あのなぁ!」
「喧しい。貴様はその名を騒音に変えたらどうだ」
「それは先生に言ってぇ」
「……貴様の何処が黙なのだろうな……。まぁいい本題だ。やはり『龍胆紫ロンタンツー』の者が入り込んでいるらしい」
「うげ。『夜来香イェライシャン』?」
「わからん。十中八九それだとは思うが、まだ現場は取り押さえられていない」
「先生は知ってるって?」
「いや?先生にも話が来ていないようだから、おそらく協定をよく分かっておらぬ木っ端だろうな」
「…ふーん。でもそんな端ちゃんでもちゃんと教育できてないのは問題だよねぇ」
「そうだ。『紫』のやつが俺たちに手出したということを覚えておかねばなるまい。今後のためにも」
「戦争になる?」
「まさか。そんな木っ端なぞすぐ処理される。ただヒビを入れられたのは確かだな」
「紫蘭サマにはお世話になってるし、交渉の材料にはなるか」
「ああ。俺は報告のあった裏口へ向かうが、貴様はどうする?」
「俺も瞭の助太刀するよ、何かいたなら人が多い方がいいでしょ」
「助かる。先程不審な人物が走り去るのを見たと報告があった。恐らく裏口から逃げるつもりなのだろう」
「でもあそこはスタッフ用だから一応見張りが居るはずじゃなかったっけ」
「ああ、だがこの時間は一瞬無人の時間ができるからな、そこを狙われたのだろう」
「……ウチのことをよく知っているみたいだね、これは厄介かもしれないね」
「――そういうことだ」

■A1通路 スタッフ用出入口

「――今のところ人影は無し、」
「俺は向こうを見てくる、貴様は出入口を見張っておけ」
「へいへい」
瞭が建物の裏へ回ったのを見届けると、背後から人の気配がした。
いや人ではない、我々スタッフと同じ鬼人でもない、この気配は鬼人以外の……龍の者。
殺気は無い、が、こんなときに裏口に回ってくるのは裏方スタッフでもなけば些か不審な動きではある。
(イキナリ当たりを引いちゃったかも)
懐の獲物を確認してゆっくりと振り返る。
「オヤ、黙ちゃんじゃないの」
「……シェンユエ?」
「毎度♡貴方の仙月ですよぅ」
やって来たのはじゃらじゃらと大袈裟な装飾品を揺らす派手な服の男。こちらを確認するとサングラスの奥の瞳が細くなる。長く伸びる龍の尾がゆらりと揺れた。
龍人族の、仙月。
商人だとか言ってよくこの花好月円に押し売りに来ている不審者だ。
そういえばこいつは龍胆紫の長、紫蘭の駒のひとりだと言っていた。
(……入り込んでた龍胆紫の輩って、コイツか?)
「商人がこんな所に何の用だ」
「モチロン、営業に来てたんだよ、もう帰るとこだけどネ」
「へぇ、今日は何を売りに来たんだ?」
「色々持ってきたんだけどネェ、さっぱりなんだあ」
「また怪しい商品なんじゃないのか?」
「またって何よお!ウチで扱ってるのはちゃんとしたルートから仕入れてますって」
「ほお?」
「信じてないね?」
「お前の商品が怪しくないことなんてあったか?」
「ひっどーい!これでもご贔屓が居るのにぃ」
仙月は袖を大袈裟に振ってめそめそと泣き真似をし始めた。こういう行為が胡散臭いのだと何故気づかないのだろう。
泣き真似をしている癖に目線は鋭いのを気づかれないとでも思っているのだろうか。巧妙に周囲を探り、逃げる理由を探しているらしい。
(……珍しいな)
早々にここから離れたがっているのが分かる。いつもはぐだぐだとゴネて長居しようとしている奴だ。
……分かりやすく何もかもが怪しい。怪しすぎる。
怪しいヤツが怪しい動きをしている。尋問するのに十分な要素じゃないか?
あまりに分かりやすすぎるので、これこそ罠なのではないかと思ってしまうけれど。
「へぇ。そんなご贔屓が居るのにこんな早々に帰るのか?まだ夜は長いぜ?」
「……」
「それとも、俺が『ご贔屓』になってやろうか?」
皮肉を込めて微笑んでやる。ぴくりと奴の肩が揺れたのが分かった。
「……ねぇ黙。我ちょっぴり急いでるんだけど、そこ、通してくれない?」
「焦るふりが上手だなシェン。いつもは帰りたくないってごねているのに今日は何をそんなに急いでいるんだ?」
「今日は用事があるんだよ」
「――ああ、お前は忙しいかもしれないが、悪いな。怪しいヤツが怪しい動きをしてる時点ではいそうですかと逃がす訳にはいかないんだ」
「急いでいるんだけどなぁ」
「身分の潔白を証明してくれりゃいいだけだ。わざわざ槐黄おれたちの所まで営業に来たのに、何故こんな裏口から出る必要があるんだ?」
「カジノの喧騒に辟易して、ひとりになりたかっただけだよ、偶然この静かな所を見つけちゃっただけなのに」
「へえ。たまたま、こんな奥まで入り組んだ裏口を見つけたのか?」
「宛もなく歩いてたらついね」
「偶然、人が居ない出入り口を見つけちゃったのか、流石情報通だな?」
「バカにしてる?」
「まさか。よく調べてあるよなぁ、確かにこの時間にこの出入口は一瞬だけ無人になる。俺たちの巡回が始まるのが23時、警備員がここを離れて、俺たちがここにたどり着くのに10分、その間警備員と俺たちが席を外す。僅かな時間だけど、お前には充分な時間だろうし?」
「そうなんだ?教えてくれてありがとぉ」
「どういたしまして。今日こんなことがあったから今後はもうその時間は作らせないけどな」
「流石明輝だねえ」
「そうだろ?」
「なぁに、これ。我今尋問されてるの?」
「まさか!……まぁ、こっちから帰りたいならそれでいいんだ。ほらゲストカードキーを出してくれ。チェックアウトの時間をちゃんと俺が記帳してやるから」
「ちょっと無くしちゃってさぁ、許してくれない?」
「ゲストカードキーを無くした?なら仕方ないなぁ。再発行手続きをしないと。チェックイン時間を参照するから教えてくれ」
「そんなの覚えてないよォ」
「なら参照しに行こう、付いてこい」
「いやだから急いでるんだってぇ」
「それは無くしてしまったのお前を恨むんだな、俺たちだって別に意地悪しようとしてるんじゃない。ちゃんと手続きをしようとしてるだけだ。
お前の為に、な?」
「……、調べても出てこないと思うよ〜」
「ハ、それなら更に不法侵入としてお前を捕縛する必要も出てきたな。……お前がそんなに逃げ出したい理由は何だ?」

口では散々逃げたいと言っているのに強硬策に出ないのは俺がいるせいなのだろうか。
何故かこいつは俺に甘い。
逃げ出そうとしている仙月の肩に腕を絡めて、顔を近づけて、そっと囁く。
「なぁ、その帰りたい理由は俺より大事?」
びく、と一瞬体を強ばらせた後、所在無さげだった腕がそわそわと揺れた後、腰に回る。サングラス越しに視線が絡む。彼の長く伸ばしている髪に指を絡めながら頬を撫でると手のひらに口付けられた。
「……まさか。この世に君より優先するものなんて無いよ」
「あは。……それを聞いて安心したぜ、ダーリン♡」

目の端に見つけた影を確認して微笑む。
腰を抱いた手に力が込められ、あと数センチで唇がくっつくだろうというその時――。


『――黄道三四刑・縛』

耳心地の良いテノールが響き、背後から黄線が伸びて、ー仙月ー重要参考人を速やかに拘束する。

「黙、身柄を拘束するとはいえ、そこまで密着する必要はあったか?」
「でもコイツ捕まえられたのはそのおかげでしょ?」
「ふん。……――それで、この商人から何か聞けたのか?」
「ううん、怪しいだけなんだよね、今のとこ」
「シー、酷い!我の純情を弄んだんだね!」
「ごめんなー?お前に逃げられる訳にはいかなくてさ」

後ろ手で拘束されている仙月が涙目で訴える。指通りのいい髪をしゃらりと撫でてやった。

「よしよし仙月、ここに来たほんとうの理由を教えて?」
「言えないよー」
「あらま」
「貴様の行いで槐黄と龍胆紫の関係が崩壊しようともか」
「それは困るなぁ、でも、我がここに来たのは龍胆紫所以じゃないんだヨ〜!真実!」
「信じられると思うか?それ」
「しーちゃんには信じて欲しいなぁ」
「ふぅん?」
「これでは時間の無駄だな。さっさと終わらせてしまおう」
『黄道四七罰・絞』

罪人を捕縛する為の『縛』、罪人を口を割らせる為の『絞』、どちらも瞭の得意な黄咒だ。あとは任せておけば全て解決する。

「无效」
「ア?」

仙月が一言呟いた瞬間、瞭の唱えた黄道がふいに無効化された。
もちろん、『縛』も。

再见ばいばーい♡」
「っ、待て!」
「おっと危ない」

『縛』から逃げ出した仙月へ咄嗟に発砲する。しかしその銃弾も仙月から数センチ手前で停止した。

「絶……っ!?」

咒式の無効化『絶』。仙人なら流石に取得しているらしい。しかし高度な業だ。油断した。

「――っ、俺がアイツを追いかける!瞭は先生に言っておいて!絶持ちだって!」
「っ、了解した!報告次第すぐ追いつく」
「頼む」

仙月の背中は小さくなりかけている。
凰門の歓楽街は入り組んでいるから1度見失ったら見つけることは相当困難になるだろう。

『黄道六躰・疾』

その背に向けて走り出した。



歓楽街を駈ける。
『疾』を使っても追いつけない距離、龍人族のなせる技か、それとも彼本来のものか。
左折、右折、直進、左折、右折、右折、直進、ビル三階、1棟、2棟。右、更に直進……。
ビルの屋上をしばらく走って、縮まらない背中を見る。

(――誘導されているな)

撒こうと思えば何時だって撒けるはずだ、アイツなら。
本当に俺を撒きたいなら龍にだって変化したらいい。
それをしないのは。俺自身、もしくは槐黄の目線を逸らす為か。
何故それをするのか。何処へ向かっているのか。

(この誘いに乗るべきか、否か)

――否。

何かから逸らそうとしているなら、俺をここへ呼んでいるのなら、なおのこと確かめないといけないよな。
罠というのなら、いっそ。その先にあるものを知る必要がある。

「……あっ」

一瞬だけ思考に脳を奪われた。
追いかけていた背中が消えている。もしや既に下に降りた?まずい、見失った。
どうする……。

このまま追いかけるほうがいいだろう
一旦指示を仰ぐ



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