このまま追いかけるほうがいいだろう

ここで急に途切れたのだから何処かしらに痕跡はあるだろうと踏んで、とりあえず目の前のビルとビルの隙間に降りようとする。
「んぇ!?」
その路地に仙月の頭が見えた。
そのまま落ちようと思っていたので、今更方向を逸らす訳にも行かず、重力のまま仙月の上に落ちる。
見計らったように仙月がこちらを仰ぎ、腕を広げた。
ぶわ、と風が舞い上がり、仙月の腕の中へ体ごと抑え込まれた。
「っ……、だ、大丈夫、か?」
ビル5階からの70kgの重力は相当な重さだろう。
腕の中から仙月を見上げる。
自分を支える仙月は汗もひとつかいておらず、蕩けるような目でこちらを見ていた。
「……やっぱり君が追いかけてきてくれると思ってたよ」
「ああ、狙いは俺ってわけ……」
「モチロン。我がキミ以外を欲しがるわけないでしょ?」
「あ、そ。……えー、はやいとこ、降ろしてくんない?」
「なんで?我の腕の中に好きな子が居るのに離すわけなくない?」
「…………、」
「このまま攫っちゃいたいくらいなのに?」
「イヤ、あの……」
「……我から、逃げないで」
「え?」
「なんてね。無理強いは我の趣味じゃないし」
ふわりと地面に優しく降ろされる。
「仙?」
「なぁに」
「お前、急いでいたんじゃないのか」
「んー……ふふ、まぁそうなんだけど」
仙月は一旦考える素振りをして、ちらりと路地裏の壁を見ていた。
それに誘導されるように同じように仙月の視線の先を辿ってみる。
しかしその先はコンクリートの壁があるのみ。
なにかあるのか?訝しげにしていたのが分かったのだろう、仙月は小さく笑いながら何の変哲もない壁をコンコンと叩いた。
「――キミが来てくれたからまぁいいかって思ってね」
「なんの話だ?」
「……うん、せっかく追いかけてきてくれたわけだし、なんの土産話も無いのも可哀想カナ。キミが抱いてる疑問に応えてあげる」
「そいつぁいい。おまえに聞きたいことは山ほどある」
「ドーゾ」
「お前は龍胆紫の指示で動いているのか?」
「いいや?我は龍胆紫に使われてはいるけどそれは紫蘭に言われた時だけだ。龍胆紫自体の兵ではないよ」
「……うちに龍胆紫が入り込んでいるのは知っているのか?それを紫蘭が知らないなんてことは無いだろう?」
「ウーン……我は知っていたけど、紫蘭は指示を出していないと思う、今回のは完全に下っ端の兵の独断と見ていいと思うヨー」
(…………知ってはいても紫蘭に報告もせず、ただ傍観してるだけってか)
「お前は?」
「ん?」
「紫蘭でも龍胆紫の差し金でも無いなら何を理由にここに来てる?」
(そもそもそれをはいそーですかって信じられるわけもないんだが)
「……それに関しては──、そうだね、キミは最近よく寝られるかい?」
「ア?」
「明輝の仕事はさぞ疲れるだろう。それに『花好月円』、繁盛しているようで何より」
「……何の話だ?」
「……それに最近、煙草イェンツァオの消費が多い」
「だから何だよ。さっさと本題を言え」
「せっかちな男は嫌われるよぉ?」
「余計なお世話をドーモ」
「そんなキミにプレゼントしちゃおうかな」
「押し売りはお断りしてんだけど」
「んもう連れないなぁ。──ねぇ黙。本当にコレに興味無い?」
そう言うと仙月は懐から小さな包みを取り出した。
色鮮やかな包装紙、何も知らなければ普通のラムネ菓子と見間違うであろうそれ。
それこそ今槐黄全体にを悩ましている原因である。
(おいおい、ビンゴじゃねえか。)
可愛い顔して依存性が高くてトびやすい、最近すんげー流行ってるヤク、夜来香。
「……夜来香、やはりお前が」
请稍候ちょっと待ってよ、これは流通してる粗悪品とは違う。純正な夜来香だ。龍胆紫が流行らせている夜来香はコイツを勝手に改悪されたものなんだ。我らのところから盗まれたもの。
──実は我たちももその犯人を探してるんだよね」
「…………槐黄を疑ってるって?」
「そうは言ってない。そもそも流通させてるのが龍胆紫だから一番の疑い所はそこだし……、でも槐黄が黙認しているなんてことは?」
「あるわけないだろ。槐黄にヤクはご法度なんだよ」
槐黄であらずとも。そもそも仙嵬郷は精神に基く郷である。享楽の郷といえど精神を壊すクスリは多くの鬼人に忌避されている。
仙嵬郷で精神が壊れてしまえばもう輪廻に戻ることもない。
「……流通してる夜来香が改悪されたものならその元となるそいつの用途はなんなんだ?」
「純・夜来香……便宜上こう呼ぶよ?はもともとただの睡眠導入剤なんだ」
「睡眠導入剤……」
「夜にだけ咲く花、夜来香……夜に花が開くように、夢の中でも美しい花が咲くように、あなたの望む夢を花開かせます、というのが謳い文句ではある」
(そして使用した本人の精神に入り込む咒式が込められている、精神の内部に入り込み、使用者の望む幻覚が見られるというもの)
「いい夢、ね……そりゃ気になるな、そいつをくれるのか?」
「我がプレゼントしたいのはコレだけど、ひとつ条件がある」
「なんだ」
「必ずキミが使うこと。我が渡すのはキミにだけだ。槐黄じゃない」
「……それは、」
「これはあの『夜来香』じゃない。悪戯にキミを傷つけたい訳では無いことは絶対だよ、それだけは誓える」
「でも……、」
「キミが使わないならそれでいい、でもコレをあげる訳にはいかない。そういう取引だ」
「……」
(安全性は保証すると言っていた。本来の夜来香とは違うとも。それを信用できるかは置いておいて。この重要な証拠、本来ならば体を賭けてでも得るべきだ。夜来香で精神を壊したひとたちを見ているから、躊躇う、ちがう……。)
「そう躊躇うなら、キミは使わない方がいい。我を信じて欲しかったけど、まぁそれもキミの選択だ。それじゃあ……」
仙月はそう言うとサングラスを再び掛けなおし、踵を返してしまう。
……。
「ま、待て……!」
「……大丈夫だよ、キミはここで槐黄に帰ったって誰も咎めないよ」
「それは、どういう…、?」
「それにニノマエ、彼はおそらく、もう知ってる」
「──え」
「君はもうすこし周りを疑った方がいいね」
仙月は俺の耳元に手をやると、そっとピアスを外した。半年前に先生からプレゼントだと言って貰ったもの。柘榴石がはめ込まれていた。ニノ。俺の唯一。
流石に肌身離さずという訳では無かったが、出勤時には着けるようにしていたもの。
「……何すん、」
勝手に外すなと文句を言おうとしたとき、仙月の指で唇を塞がれる。咄嗟に声を噤いでしまった。仙月は奪ったピアスに対して何かしらの咒力を注いでいるようだった。
「――これでいっか。……ごめんね、喋っていいよ」
「てっめぇ俺のピアスに何してくれてんだよ!さっさと元に戻して――、」
「戻しちゃっていいの?」
「は?なんだよタダのピアスだろ」
「ふーん、ニノマエは何も教えてあげてないんだね、」
「なんの話……」
「……キミのピアスにGPSが仕込まれてるの、知ってた?しかも、……視聴覚共通の咒式がべったり。前見た時より悪化してない?あは、ガッチガチに監視されてるねぇシーちゃん」
「え」
「知らない?無許可で施咒したのかな?ひどいねぇ」
(なんで今更そんな……、)
「我はそれを知りたかっただけ。よし、ジャミングを解咒するね、」
「待て、まだ解くな!」
「?」
「今はそれ、相手に届いてないんだよな?」
「今はね。ただ掛けた咒式に異変があったのは多分気づいているだろうから、もうすぐ聞かれちゃうけど」
「………そっか、」
「だからキミはここに我を引き止めてただけで大収穫してたってこと。ね?」
仙月が何か言っている。監視。咒式。なんのために。わからない。
信用されていなかった?何年も傍に居たのに?
いつも着けてたらうれしいって喜んでいた。
(──それは、いつでも監視できるから?)
「……これが君たちの言う信頼ってやつ?流石だね」
(……直接聞いたわけじゃない、仙月の言うことなんて信じられるはずも無い)
(でも、シェンレンの仙月が咒式を見間違うことなんてあるのか?)
「……まぁシーちゃんがそれでいいならいいや。我はそろそろ戻ろうと思うけど、キミはどうするつもり?」


仙月についていく
槐黄に報告に戻る


.