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「俺はそれでもあそこに戻るよ」
「あ、そ。……はぁ、手強いね、槐黄」
「それほどでも」
「それもまたキミの意思だ。気が変わったならすぐにおいで。"キミなら"通してあげるから。大丈夫、我は待つのは得意なんだ」
そう言って仙月は目の前のコンクリートに門を開きその中へ消えていった。
(……逃がして、よかっただろうか)
(いや、この状況を把握して居るはずのニノマエから指示も来てないのだからいいんだろう、多分)
あの男に信用されてなかったなんてことは無いはずだ、きっと。むしろ信用されているからこその咒式なのかもしれない。仙月について行くべきだったのかもしれない。
寸でのところで腰が引けてしまった俺をあの人は怒るだろうか?
監視されるのは別に構わない。常識なんてものは無いこの世界で、あの立場なら、いつどこで寝首を搔かれるか、誰が裏切るかが分からない立場で警戒しすぎるのも当然だろう。
どれだけ信頼していようと、愛を囁いていようと、警戒したっておかしくはないんだ。
(──現に俺は仙月の言葉に揺らいでしまったわけだし)
魄も記憶も無い自分に信頼されてないのかと文句を言う資格は果たしてあるだろうか?
「……うーん、これなら何も知らないままの方が良かったな」
それなら盲目的に信頼し続けられたのに、なんて。
自嘲気味に笑う。仙月の言葉が事実だろうと嘘八百だろうと、1度疑問が湧いてしまった。信じたいのに、無条件で信じることが出来なくなってしまう。
こういう所はアイツは上手い。聞かされてしまったといえばそうだが、そのまま好奇心で聞いてしまった俺の落ち度だ。
呟いたと同時に端末へ着信が入る。瞭だ。
仙月と別れたのを見計らったようなタイミングだ。やはり、たぶん、普通に聞かれているのだろう。流石に少しタイミングが良すぎるし。
「瞭ちゃん。ごめんね、逃がしちゃった」
『いや。お前が無事ならそれでいい』
「大丈夫だよぉ、瞭ちゃんは心配症だね」
『……先生が、急いでこちらに向かって欲しいと』
「了解」
『……ああ』
ぷつ、と無慈悲に切れる通信に、暗くなる画面に溜息を吐く。
「むぅ……」
軽口にも乗ってこないところを見るとやはり瞭の知っていたのかもしれない。
(なんで俺だけ知らなかったんだろうな)

◆◇◆
とりあえず『花好月円』へ戻らなければならない。しかし仙月の言った言葉が喉に引っかかって足取りは重くなる。
あまりニノマエと目を合わせたくは無い。けれど上司である以上無視する訳にはいかない。
急いで、の指示通り戻り次第先生……ニノマエに取り次ぐようにとの事だったので、急ぎエレベーターで最上階を目指す。
(咒式のこと、聞くべきなんだろうか。いや……、向こうが切り出さない限りこちらは提起する必要はあるのか)
(今のままでいたいならそうするべきだ。……でも、真実を確かめる必要はあるだろう、そうだろ?)
どうしようかとぐるぐる考えているだけで気がついたらエレベーターは止まっていた。結局俺はどうしたらいい。あの人にどうして欲しい?
何も決められないまま高級カーペットを進む。
長い廊下を歩いて社長室へ急ぐと、入口にはジャオチォンがいた。声をかける。
「お疲れ様」
「シー、無事で良かった」
「先生が中で待っている」
「うん、ありがとう、今どんな状況?」
「それは中で聞いてください。……オーナー、黙が戻りました」
目で合図され、目の前の重いドアをノックして入室する。中にはオーナーとリャオが既に居た。
オーナーはいつものように黄金色のネクタイを締めていて、穏やかに微笑んでいる。
「黙、ここに」
「お疲れ様」
「無事だったか」
「……申し訳ありません、追走中にターゲットを見失ってしまい……」
「それは気にしなくていいよ。まさか『絶』持ちとは思わなかったし、仕方ないよ。今回とは別件だしね」
「そうなんです?でも、龍胆紫が入り込んでいるって……」
「うん。それが本題ね。うちに入ってた龍胆紫の子は槐黄に変装して大胆にもカジノで『夜来香』を配っていたよ」
「え!?」
「騒ぐな。該当の人物は既に処分したから安心しろ。ロビーに金を積んでいたみたいでな」
「彼らも申し訳ないが対処はさせてもらった。うん、やっぱ外部に頼むのはダメだねぇ」
セキュリティ見直さなきゃとオーナーはのほほんと呟いている。
処分。対処……、彼らはおそらくもうここにはいないのだろう。
どういう処分になったかは聞かない方が懸命か。
「叫が全てのスタッフの顔を覚えていて良かった」
「流石だね」
「え?待って?そうすると仙月は?」
「奴は完全に無関係とは言い難いが、今回の件では関係はないようだ」
「ただし彼奴が怪しい動きをしているのは確かだ。引き続き警戒する必要はあるね」
「…………そうなん、ですか」
そうだとしても、それ以外の仙月の情報。
俺の聞いたあの夜来香のことは、俺の口でも伝えるべきだろうか?
「黙、どうしたの?」

伝える
伝える必要はない
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