聖なる夜は家族と

「おい、パーティーに招かれて手ぶらで行くのか?」

クリスマスパーティー当日、鏡の前で髪を整えていると父さんが一言。平日だから仕事から戻ってすぐに準備をした。いいって言ったのに、要が迎えに来てくれることになっている。そりゃ最初は料理とか手伝おうと思ったけれど、聞けば絵麻ちゃんが腕を奮ってくれるらしい。出しゃ張る方が気が引ける。

「これを持って行け。皆によろしく伝えてくれ」
「・・・・こんなに?多すぎて持てないから!」

大きな紙袋が4つ。中身はもちろんお菓子だ。顔を引き攣らせているとインターホンが鳴る。たぶん要だろう。玄関を開ければ、コートを羽織った恋人の姿が視界に飛び込んでくる。父さんに軽く挨拶をして、足元に並んだ紙袋を見て苦笑した。結局、3つは要に持ってもらうことになってしまった。

「ごめん、荷物持ちさせちゃって」
「構わないさ。和眞さんの所のお菓子は美味しいからあいつらも喜ぶよ。そんなことより…ほら」

スッと差し出された右手に、迷わず左手を重ねる。ここまで歩いて来たからか、私よりも少し冷たい手に力を込めた。街中じゃない道を、手を繋いで歩くのは久しぶりだ。学生の頃はマンションから私の家まで、要はよく送ってくれた。道中の話のなかで、今日集まるのは私を含め8人だと知る。兄さん達、私と要、琉生に侑介、それから弥と絵麻ちゃん。

「あ、そうだ。名前には言っておかないと…実はすばちゃんも来るんだ」
「昴って…宮崎にいるんじゃないの?」
「妹ちゃんには内緒だよ。彼女のために、ゆーちゃんが連れて来たんだ。強くなったよね、ほんと」

微笑む要に、小さく頷いて空を見上げる。あの子の、好きな相手のために強くなった。それは姉としては喜ばしいことだけれど、侑介はちゃんと泣けているのか心配だ。誰が求めたわけじゃないけれど、昔から本気で笑って怒るくせに、泣くことはしないから。

夜の8時前にマンションに到着した。お菓子はとても好評で、特に弥と琉生は喜んでくれた。料理も絶品だし、自然に顔が綻ぶ。いつもはいない私の舌に合ったか心配らしく、絵麻ちゃんがチラチラこちらを見る。

「美味しいよ、とても。右京兄さんと絵麻ちゃんに家庭料理、教えてもらおうかな」
「ほう、それは感心ですね。私はスパルタですよ」
「昔から飴と鞭の比率がおかしいんだよ、兄さんは」
「名前、和眞さんに習えばいいんじゃない?」
「それもそうか…って、父さんもスパルタじゃん!」

どちらも鬼だった。簡単な料理なら作れるけれど、本格的なのは無理だ。どちらかと言えば、お菓子作りの方が好きだし、やる必要性がなかったからな。結婚するって思っていたよりも大変だ。環境が変わるから当たり前だけど、考えなきゃいけないことが多い。

「姉さん、結婚式はいつ?」
「え…いや、具体的な日程とかはまだ決まってない」
「当日は絶対に僕がアレンジするから。白無垢、ドレス、どっちも似合う」
「名前ちゃん!フワフワのドレスにしよう!」
「ねえ、新郎って俺だよね?俺のリクエストは?」

もちろん琉生にお願いするつもりだ。この子が美容師になって以来、ずっと髪を切ってもらっている。それにしたって唐突すぎる。便乗する弥に、要が不満げに遮るのを見て皆が笑う。9時過ぎには昴が到着して、椿と梓も仕事が終わったらしく、これから合流することになった。料理は人数分しかなかったため買い出しに行くという絵麻ちゃんに、付き添うことに。

「飲み物は私が買ってくるから、先に帰って」
「え、でも……」
「いいから、昴が待ってるでしょ。ほら、早く早く」

眉を下げる彼女の背を押す。全く、いつもあんなに気を遣っていたら疲れるだろう。元々の性格もあるのだろうが、少し肩の力を抜ければいいのにと思う。お酒やジュースを買い込んで戻ると、エントランスで意外な人物と出くわす−−−棗だ。

「食べていかないの?椿が怒るよ」
「あいつに呼ばれるときは碌なことがないからな」
「危機感知はプロ並みだね……なに?」

顔を歪めるのが面白くて、声を上げて笑った。何か言いたげな視線を感じて首を傾げる。目が合った途端に金縛りのような感覚に襲われた。やけに優しい表情に戸惑ってしまう。

「和眞さんの気持ちが分かるな・・・ガキの頃から一緒のお前が結婚すると思うと妙な気分だ」
「・・・オレンジ頭の父親とかないわ」
「おい」
「ははっ!またね、棗」

また小言が始まる前にエレベーターへと逃げる。ドアはすぐに開いた。振り向くと、棗はまだそこにいる。小さく手を振れば、軽く腕を挙げて去って行く背中にちょっぴり切なくなった。リビングに戻ると椿と梓はすでに帰って来ていて昴を弄り始めていた。驚いたのは、絵麻ちゃんの横に光がいたこと。思わず「うわ」と声に出してしまった私に気が付いてニヤけ顔で近寄ってくる。ついキスされたときのことを思い出して身構えると、後ろから誰かに抱き締められた。

「怖い顔だな」

愉快そうに光が笑うのを見て、腕を引いたのは要だと確信する。首とお腹に腕を回されて少し苦しい。要は何も言わないけれど、笑ってはいないことは感じ取れる。光が伸ばした腕を、要が掴んだ。

「妹なんだから、頭を撫でるくらいは許せよ」

今度は逆の手が伸びてきて、私の髪を軽く撫ぜた。その顔を見て唖然とする。何年振りだろうか。この男が私に対して兄の顔をするのを久しぶりに見た。隣の要ですら息を飲んで驚いている。私達が何か言うより先に、光はリビングを出て行った。

「光があんな顔をすると気味が悪いな」
「激しく同意」

呆然と呟いた要に、首を何度も縦に振った。そのとき椿がソファから私を呼ぶ。冷やかすような声音なのは気のせいではないだろう。リビングでバックハグをされていれば、そうなるのは必然。椿の呼びかけで緩んだ腕を抜け出して振り向くと、要は優しく笑った。

「イチャつくのは後にして、一緒に昴を弄ろうぜ!」
「椿も梓も飲み過ぎじゃない?」
「そういう名前は、全然飲んでないね」
「明日は少し早めに仕事行かなきゃいけないの」

まだコンタクトの梓は見慣れない。眼鏡をしていないと、より椿に似ている気がする。ふたりの間に挟まれている昴の顔は、すでに真っ赤だ。昴は昔から兄弟達と自分から関わろうとしない子だったから、ワイワイお酒を飲む姿はなんだか微笑ましい。頬が緩むのを隠さずいると、昴が言いにくそうに話しかけてくる。

「なあ、ひとつ訊きたいんだが・・・名前姉は、かな兄のどこを好きになったんだ?」
「は・・・急にどうしたの?」
「なんだ昴、やっぱりさっき俺らが訊いたこと気になってんじゃん!」
「別にそういうわけじゃ…ただ、なんとなくだ」

悪そうな顔で椿が昴の肩に手を回す。昴も大人になったなと感動していると、梓が事情を説明してくれた。さっきまで絵麻ちゃんが昴を好きになった理由について話していたらしい。はて、この双子は彼女に振られたのではなかったか。暗い顔をされるよりはいいけれど、流石のメンタルだ。感心していると3つの視線に射抜かれる。どうやら質問に答えなくてはならないらしい。小さく息を吐きながら要が近くにいないことを確かめた−−−兄さん達と談笑している。いかに要が好きなのか、第三者に説明している場面を見られるのは些か恥ずかしい。

「どこって言われても・・・・全部じゃない?」
「はい出たー、惚気かよ」
「嫌なところとか、ひとつもないの?」

呆れた様子の椿とは対照的に、梓は少し真面目な顔で聞いてくる。確かに"全部"というのは語弊があったかもしれない。大切な人を守るために自分を犠牲にしたり、優しい嘘をついたりするのは要の美点だと思う。そういうところは好きだけど、同時に苦手だ。

「あるけど・・・嫌なところって、大体同じくらい好きなところなんだよ」
「言ってること深すぎんだけど」
「僕はなんとなく分かるよ。そういう相手って滅多にいないけど、名前にとってはそれがかな兄なんだね」
「でもそれって、かな兄だけに言えることなのか?」

それまで黙っていた昴が尋ねてきた。意外に踏み込んでくる。そんなに気になるなら、私を参考にしていないで絵麻ちゃんほんにんに訊けばいいものを。苦笑して、思考を再開する。確かに昴の言う通り、それは要にだけではない。

「そうだね、椿達に対しても同じことが言える」
「おい、勘弁しろよ」
「そんなに嫌そうにされるのは心外。まず、私は要以外にはときめかないし揺らがない。触れてほしいとも思わないし、弱い自分を見せなくもない。逆を言えば私を悩ませるのも、触れ合いたいと思うのも、弱くいさせてくれるのも要だけってこと」

なんか自分で言ってて恥ずかしくなってきた。早く済ませて帰ろうと誓う。息継ぎも最小限に言い切ると、昴に凝視されてむず痒くなる。梓は満足そうに笑い、椿に至っては最高潮のニヤけ顔だ。声優じゃなかったら殴ってるぞ。

「名前」

ビクッと揺らした肩に手を置かれる。誰のかなんて言うまでもない、要だ。まさか聞かれてたのか。椿と梓なら私を嵌めるのは容易いと思うけれど、昴は演技なんて無理だろう。そんな素振りもなかった。つまり、この双子は昴が素で訊いているのを利用して、私に喋らせたということだ。

「楽しそうな話してるね、俺も交ぜてよ」
「よく言うぜ、最初から聞いてたくせに」
「そうとは知らずに、名前がペラペラ喋るから面白かったよ」

私の隣に座って、要が楽しそうに言った。俯いたまま目を合わせないでいると、頭を引き寄せられる。髪に頬擦りしてくるから、余計に恥ずかしい。冷やかしてくればいいのに、椿も梓も見たことないくらい優しい顔。さっき棗が見せた表情に似ていた。昴はどこを見ればいいのか分からないらしく、目を泳がせている。可愛いなと胸がほっこりした。

「すばちゃん、今日は泊まっていくんだろ?」
「え…ああ、そうだな。この時間だし」
「それなら名前も泊まっていきなよ」
「いや、なんでそうなるの?昴は関係ないじゃん」

そりゃ泊まりたいけれど、明日は出社が早い。起きてから家に帰る時間はないのだ。事情を説明したのに、要はどこ吹く風。でも確かに、朝日奈家の朝ご飯は捨てがたい。心が傾きそうになる。

「朝ご飯……よし、昴。一緒にリビングで寝ようか」
「ええー、浮気?」
「冗談。泊まっていくのはいいけど、朝ちゃんと起こしてよね。仕事遅れちゃう」
「もちろん」

結局パーティーが終わったのは夜の11時。何故か見送られる形で、私と要、それから昴と絵麻ちゃんはリビングを出た。前を男2人が歩いて、私と絵麻ちゃんが後ろに続いて階段を下りる。無言の彼女を盗み見るとかなり緊張しているのが分かった。ちょんちょんと腕を突いてみる。

「大丈夫?」
「あっ、すみません。どうしても緊張してしまって」

いや、謝るところじゃない。いつも通りでいる方が難しいだろう。想いを通わせてから1年も経っていないのに、同じ部屋にふたりきり。そりゃ体も強張りますわ。私にもこんな時期があったな。でも昴は要みたいに相手を揶揄ったりしないだろうし、その点は心配ないだろう。

「昴は、要みたいな意地悪はしないから大丈夫だよ」
「ちょっとそれ、何気にひどくない?」
「いいから、私達は行くよ」

未だ硬い表情のふたりを残して、要の部屋に入る。扉を閉めても、つい外の様子を気にしてしまう。兄弟の恋愛事情にまで首を突っ込むものじゃないと思うけれど、今までが試練続きだったから余計に心配だ。

「そんなに心配しなくても大丈夫だよ。それより明日早いんだろ?ほら、お風呂入ろう」

プロポーズされてから、時々は要の部屋に泊まっている。少しでも一緒にいたいとかいう尤もな言い訳を並べられて、ふたりでお風呂に入ることもしばしば。今日は手を出さないことを条件に了承した。昴のことや要の仕事の話をして、揃ってベッドに並ぶ。いつも通り腕枕をされて目を瞑る前に尋ねた。

「ねえ、要。結婚したら私と一緒に暮らしたい?」
「え・・・それは勿論」
「私も要と同じ気持ち。一緒に暮したらすごく楽しいだろうなって思う」

要との時間が増えることは、私にとって幸福なのは間違いない。でも要は今、仕事に集中したいときだ。僧侶の仕事もより力を入れているし、美和さんの会社の仕事も勉強している最中だと聞いている。

「でも、環境が変わるでしょ。そんな中で新しい場所で暮らすのはリスクが高いと思うの」
「だからこそ、だよ。苦しいときこそ、傍にいてほしい。逆に名前が辛いときには俺が隣にいたい。忙しくなるのは確かだから、毎日顔を合わせるのは難しいだろうけどね」

髪を撫でながら、いつもよりゆっくりと要が言う。子どもに諭すみたいだ。嫌になるくらい理解できてしまう−−−嘘じゃない、本心だ。互いの望みが同じことがこんなにも嬉しい。黙ったままでいると要が覗き込んでくる。今の自分の顔を見られたくなくて、胸板に顔面を押し付けた。

「苦しいときは隠さないで。私もそうするから。それと、たまにはこうやって抱き締めて」

それだけで私は大丈夫。貴方に抱き締められて名前を呼んでもらえることが、とても特別だと知っている。胸に額を押し当てて、大きく息を吸う。要は返事をしなかったけれど、強くなった腕の力に安心して目を閉じた。