強かな貴方を知る

※絵麻ちゃん視点

大学1年の秋。授業が終わったあと、琉生さんから電話が入った。でもそれは突然現れた風斗くんによって切られてしまう。手を引かれるままに渋谷で映画を見たあと、連れて来られたのは表参道のバー。いつも通りに翻弄されてしまって、ソファに押し倒される。抵抗しようとしたのに、腕を取られて嘲笑うように風斗くんが言う。

「このアングル、いいね」

ああ・・・私はどうしていつも、こんな風になってしまうんだろう。上から覗き込まれながら思う。でも家族である以上、強く抵抗できない。家族−−−朝日奈家には美和さん以外の女性はいない。女性と言われて思い出すのはたった一人、椿さん達の幼馴染である名前さんだ。

明るくて、強くて、綺麗な人。要さんの特別な存在。私も大好きなお姉ちゃん。目の前にいる風斗くんも、彼女のことは姉として慕っている。私だって彼にとっては姉なのに、どうしてこんなに扱いが違うの?

「なに、その顔」
「風斗くん・・・どうして私にはこういうことするの?名前さんにはしないのに」
「は・・・・っ、あははは、なにそれ!アンタまさか、名前姉さんと自分が同等だとか思ってるわけ?だとしたら、予想以上のバカだね」

私の上から体をどかすと、風斗くんは笑い始めた。そして、思いも寄らないことを言われる。私と名前さんは確かに違う。あの人に比べれば私なんて子どもだし、劣っている所ばかり。でも姉という立場は同じなはず。

「私も名前さんも、風斗くんにとっては姉じゃない。確かに名前さんは綺麗だし、私なんて敵わない。でも、そこまで言われる筋合いはないよ!」
「はぁ、僕の言った意味分かってる?容姿とか年齢のことじゃないから」
「え・・・?」

困惑した。それじゃあ、私とあの人は何が違うの。たぶん風斗くんはその違いが分かってる。名前さんは綺麗だ。要さんが好きになるのも分かる。でも他の兄弟の中に彼女を女性として愛している人はいないと思う。自惚れに聞こえるかもしれないけど、少なくとも私のように数人に言い寄られてはいない。椿さんや梓さんはあくまで幼馴染として彼女を大切にしているように見えた。

「名前姉さんは、アンタとは違う」
「っ、どこが違うの?」
「あの人はアンタみたいに隙を作ったりしないから」

キッと聞き返した私に、何でもないように風斗くんは言った。隙を作らない−−−それはどういう意味なのか、何となく分かる気がした。私の悪い所、以前それは立派だと要さんには言われたけれど、今はまだそれが自分の美点だとはとても思えない。

「さっきみたいに押し倒されたりしないんだよ。仮に僕がそんなことしようものなら殴られる。名前姉さんにとっては、あいつが第一だから」
「っ、でももし、誰かに好意を寄せられたとしたら、
「そうだね、名前姉さんは魅力的だし。でも仮に僕や他の男が言い寄っても、あの人は靡いたりしないよ。唇にキスをしたら舌を噛むくらいするかもね。あとで『うわ、ごめん』とか言ってさ」

あの風斗くんが穏やかに笑ってる。それを見て絶句してしまう。風斗くんは自分の言葉に自信があるんだ。名前さんなら絶対にそうすると、確信している。

「自分より下の兄弟には、抱き締めたり、頬にキスしたりしてるの見たことあるでしょ?でも全部、自分からなんだよ」
「あ・・・・」
「相手に何かさせることは絶対にない。まあ僕は、頬にキスをするくらいは許容されてるけどね。その境界を越えさせるのは、ひとりだけだ。訊いたことはないから、無意識かもしれないけど。他の男共が惚れないのはそれが理由。別にあの人が女としてアンタに劣っているわけじゃないから、勘違いしないで」

胸を貫かれた気分だった。名前さんが、家族として皆を愛しているのは私も知っている。同じ愛でも、要さんに対しては違うんだ。

−−−兄弟の中で、誰のことが好きなの?

よみがえる声。夏に、椿さん、梓さん、棗さんから投げかけられた質問。私は答えることができなかった。でも名前さんはきっと、即答するだろう。なんの迷いもなく。

−−−私が好きなのは、要だけ

これが、私と彼女の違い。全然同じじゃない。風斗くんの言う通りだ。凄いな、あんな風にたったひとりを想えるなんて。たぶん、要さんと付き合い始めてからずっとそうなんだろう。いつか私にも好きだと思える人ができたら、同じように貫くことができるのかな。

「フラフラしてる女とは、そもそも覚悟が違う」

風斗くんの冷たい声が響いた。言い返せないのは、それが事実だから。今の私には特別な誰かを愛する覚悟がない。

−−−−−

「よお」
「あ、侑介くん」

たまたまエントランスで侑介くんと居合わせて、自然な流れで一緒にエレベーターに乗り込んだ。ふと見ると、侑介くんが見たことのない服を着ている。

「それ、新しい服?」
「ん?ああ、これか。名前姉が卒業祝いにくれたんだ、カッケーだろ?」

嬉しそうに笑って見せてくれる。名前さんの名前を聞いて、思い出すのはあの日に風斗くんから言われたこと。あれから彼女は私にとって少し遠い存在になってしまった。勝手にそう思ってるだけだけど。

「どうした?浮かない顔だな・・・何かあったのか?」
「ちょっとね・・・私って情けないなぁ、って」
「はあ!?何言ってんだよ?」

5階に着いてリビングへ進む私を、慌てたように侑介くんが追いかけて来る。いけない、口が滑った。こんなどうしようもない弱音、吐いちゃいけない。

「お帰りなさい。おや、侑介も一緒ですか」
「おい、今のどういう意味だよ!?」
「何事ですか、大声を出して」

リビングにいた右京さんが驚いて、怪訝な顔をする。侑介くん・・・お願いだから、ややこしくしないで。言わないで、と念を込めたのに通じなかった。

「いや、こいつが変なこと言い出すから・・・大声出しちまって悪かったな」
「何かあったのですか?」

どうしよう。相談しても解決するようなことじゃない気がする。だって私と名前さんは別人だもの。でも、もっと彼女のことを知る良い機会かもしれない。

「侑介くんは名前さんのこと、大切だよね?」
「は、名前姉?ああ、尊敬してるけど」
「右京さんも彼女のこと、大切ですか?」
「・・・ええ」

そう。二人とも風斗くんと同じ様に、彼女を大事に思っている。でもそれは、姉あるいは妹としてだ。私も彼女みたいな人間だったら、今みたいに椿さん達を惑わさずに済んだのかもしれない。

「風斗くんに言われたんです、私と名前さんは違うって。別の人間なんだから、当たり前のことだと分かっているのに・・・・あんな風になれたらと考えてしまうんです。これってたぶん、嫉妬ですよね」

胸に居座るどうしようもない気持ち。子どもみたいな対抗心。俯く私に侑介くんは戸惑っているみたいだった。急にこんなこと言われても困るよね。

「嫉妬など、誰だってします。ですが、自分は自分です。誰かになることはできません。そして名前も、昔から強かったわけではないです。貴方のように悩むこともあったに違いありません」
「え・・・・」
「要の恋人をしているんです、苦労は絶えないでしょう。これは内緒ですが・・・付き合い始めた頃、一度だけ彼女が泣くのを見たことがあります」

それを聞いて思わず顔を上げた。泣いた?あの名前さんが?でも右京さんの言う通り、要さんの恋人でいることが大変なのはよく分かる。私に対してでさえ要さんはああなのに、檀家さんにはどんな態度なのか想像に難くない。

「それって、かな兄のファンみたいな奴らの所為?」
「侑介くんも覚えてるの?」
「いや俺が見たのは、難癖つけられてるところだ」
「難癖?」

侑介くんも思い当たることがあるみたいで、話に入ってくる。私の知らない名前さんの姿は、少しだけ近くに感じた。勝手に嫉妬して馬鹿みたいだけど、彼女をもっと知りたい。これが妹としての欲からくるものなのか、対抗心からくるものなのかは分からない。

「名前姉と公園に行ったとき、三人組の女に囲まれてさ。まあ結局、撃退しちまったんだけど・・・」
「撃退!?」
「ああいや、殴り合いとかじゃねえよ!言葉で黙らせてたな。俺もガキだったけど、さすがかな兄の彼女だなって思った」

誇らしそうに語る姿は、あの日の風斗くんの横顔によく似ている。やっぱり凄いなぁ。でもファンに囲まれるなんて本当にあるんだ、さすが要さん。

「名前も、超人ではありません。まあ、普通の女性より頑丈なのは否定しませんがね。憧れるなとは言いませんが、誰も貴方に彼女のようになってほしいとは思ってはいない」
「そうですよね・・・っ、
「こういう言い方はよくないのかもしれませんが、みんな今の貴方を好きになったのです。無理に変わろうとしないで下さい」

右京さんの言葉が胸に染みていく。焦っていたのかもしれない。今の私はまだ、貰った想いに答えることができない。それを名前さんは容易く実行しているのだと思ってた。でも違う、悩んで葛藤して今のあの人がいるんだ。

「私、頑張ります!」
「お、おう・・・・」

ガッツポーズをすると、右京さんが優しく微笑んだ。機会があれば、名前さんに要さんとの馴れ初めを聞いてみよう。教えてくれるかな。動揺するお姉ちゃんを想像して、少し笑ってしまった。

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とヒロインの関係が好き