振り回されたい相手

※棗視点。本編中のどこか。

────私と棗も双子になろうよ!

ガキの頃、そう言って名前が笑った。大人になった今では、何を馬鹿なことを、と思う言葉だ。いつも一緒だった椿と梓を見て、羨ましくなったのだろう。だから、年が同じで一番身近にいた俺の手を引いてそう言った。「なんでだよ」と返しながらも、それも悪くないなと思ったのを憶えている。あんなに傍にいたのに、俺はあいつを恋愛対象として見たことがない。ただの一度もだ。女として魅力がないわけじゃ決してない。そもそも、かな兄が惚れるほどの女だし、人として尊敬できる奴だとよく知っている。たぶん俺の中で、名前は家族という認識が強いんだろう。

「棗!今日、暇?」

だからと言って、全てを許容できるわけじゃない。折角の休日。ゆっくりしようと思っていた矢先、件の女から電話がきた。しかし、珍しいこともあるもんだ。いつになく焦っている様子が、声から感じ取れる。

「生憎、休みだ」
「そう、だよね……疲れてるよね。了解、他を当たってみる。休み中にごめん」
「いやいい、聞いてやる。それで、俺に連絡してくるくらいだ。事情があるんだろ?」

沈んだ声でそう言われて、良心が痛む。結局いつも、俺が折れることになる。和眞さんにはよく「甘やかすな」と言われたし、自分でも甘いと思う。だがまあ、名前は椿と違って無茶な要求はしてこない。基本的には。

「実は今日さ…琉生と出かける予定だったんだけど、急な仕事が入っちゃったみたいで」
「なんだ、代役かよ」
「そうなんだけど!誰でもいいわけじゃないの!」
「・・・それで、何をしに行く予定だったんだ?」
「その、新しい服を買いに」
「はぁ?ちょっと待て。俺に白羽の矢が立った理由がさっぱり分からないんだが」

名前も女だし、かな兄の恋人って時点でその他大勢より気を遣う。それくらいは俺も理解している。そして、琉生と服を買いに行こうとしていたのも納得だ。あいつは兄弟の中でもセンスがいい。ひか兄という選択肢もあるが、自分の趣味で選びそうだから、琉生の方が適任だろう。そこまではいい、問題はその後。なんで次点で俺にくるんだ。

「梓とか、祈織の方がいいんじゃないか?」
「いや、あのふたりは、ほら・・・どれも似合うとか言われそうだし、優しすぎるっていうか」
「へぇ、俺は優しくないと?」
「そうじゃないって。棗は微妙だったら、はっきり言ってくれるでしょ?」
「それはまあ、そうだな」
「ほら。やっぱり棗がいい。要とのデートで着るから、忌憚のない意見が欲しいの!」

お人好しだな、俺も。だけど、電話の向こうで名前がどんな顔をしているのか、分かってしまう。少し不安そうに、そのくせ俺が頷くとどこか確信しているような顔だ。昔からあの表情が苦手で、愛おしかった。同い年なのに妹みたいだから。叶えてやりたいと、そう思っちまう。

「分かった。昼飯は奢りなんだろうな?」
「やったーー!!全然いいよ、何でも奢ったげる」
「おい。まさかさっきの演技、
「それじゃ、待ち合わせ場所はまた連絡するね」

演技じゃないのか、と尋ねる前に通話が切られる。嵌められた。こういう所は椿やひか兄そっくりだ。どうやら俺は一生、あのタイプに振り回される性分らしい。盛大に溜息を吐きながら、ベッドから下りる。とりあえず、顔を洗って着替えるか。

「悪い、もう一度言ってくれ。今日一日で全部回るって、本気で言ってるのか?」
「なんだ、聞こえてるじゃん。そう。ここと、ここと、ここ。全部で三箇所。全然いけるでしょ」
「・・・なんの根拠もない自信だな」

都内だと言うから、移動は電車だ。いざ待ち合わせ場所に着いてから、具体的に予定を聞いて度肝を抜かれた。この女は三箇所のショッピングモールを一日で回り切るつもりらしい。そりゃ県外にある施設と違って、一つ一つはそこまで広くない。だが、移動の時間や労力を考えると、正気とは思えない。しかし俺は知っている。こいつは、一度やると決めたらやる女だ。

「仕方ない。コンスタントに行くぞ。ずるずる悩むのは禁止だ。じゃないと予定通りいかない」
「うげ。棗先生、スパルタ〜」
「文句を言えた立場か?」
「はい、スミマセン」

ぴしゃりと黙らせて、電車に乗り込む。名前と歩く時は、特に歩幅や速度を気にしない。女にしては体力があるからか、いつも通り歩いていても、必ず付いて来る。そういう意味では楽だ。細かい気を遣わなくていい女は、この世で多分こいつだけ。

「トップスがこの色なら、スカートはこっちかな?」
「色はな。デザインは断然こっちの方がいい」
「ああ、確かに。でもいい感じの色味がない・・・」
「なら次の店だな」
「え、でも可愛いし、トップスだけでも買った方が」

手からハンガーごと取り上げようとしたら、胸元に引き寄せてそんな事を言い出した。本気で言ってるのか。三箇所も回るってのに、気に入ったやつを片っ端から買っていたら財布がパンクするのが目に見えている。今回は、全体像で考えるのが得策。

「おい、最初に言ったこと忘れたのか?安心しろ、乗り掛かった船だ。必ずお前に似合う服を見つけてやる」
「棗って、たまに男前だよね」
「お前はいつも一言余計なんだよ」
「だって事実だし。年に一回くらいの頻度で思うもん」
「年一って、絶対に他の奴らより頻度低いだろうが」
「あはは、バレたか」

カラカラ笑う横顔だけで、怒りなんて何処かへ飛んでいく。些細な苛つきとかが、どうだっていいと思える。それが癪だ。何故って、名前にとって俺はそういう存在じゃないだろうから。俺だけが、救われている気がする。

「それ、ひと口頂戴」
「OKする前に取るな。ったく、デザートも食うのに平気なのか?試着して脱げなくなっても知らないぞ」
「うわ、それ禁句だからね。絵麻ちゃんに言ったら嫌われちゃうよ」
「誰が言うか。お前だからだ」
「うん、知ってる。ちゃんと、知ってるよ」
「おい・・・急にどうした?」
「別に。やっぱり棗の隣は特別だなぁと思っただけ」

目を細めて、どこか嬉しそうに笑う。なに言ってんだ。そんなの、俺もだ。気付けば隣に居た。そしていつの間にか居なくなった。いつからだ、手を繋ぐことをやめたのは。ああ確か、小学校の時か。血の繋がった家族でも彼女でもないのに、手を繋ぐなんて可笑しいと、そう揶揄われてからだ。俺と名前の間には、絶妙な距離感が生まれ、今もそれは持続している。こんな風に一緒に出かけても、俺達の間に恋は決して芽生えないし、手を繋ぎ合うこともない。間違ってもそんな気が起きることは、有り得ない。時間が、環境が、自然とそうさせた。それで良かったと思う。こいつには朝日奈要という恋人がいて、振られたが俺にも想う相手がいた。それが事実で、これからも俺達の関係は変わらない。苗字名前は俺の幼馴染で、家族だ。

「いつだって、空けといてやるよ」
「うん、私も・・・さ、次行こう!時間がないんだから、さっさとデザート食べて」
「もっと味わえよ」

忙しい奴。ケーキを頬張る様子はまるで子どもだ。ふっと苦笑して、俺もフォークを伸ばした。最後のショッピングモールに着く頃にはもう夕方だった。加えて前の2つで買った物が、俺の足を遅くさせる。名前もそれなりに荷物を持っているはずなのに、ずんずんと進んで行く。可笑しくないか。どこにそんな体力が残ってるんだ。こちとら元陸上部だぞ。

「あ、棗!このお店寄っていい?新作のワンピースが欲しかったの」
「ワンピースなら、さっきも買っただろ」
「なに言ってんの。丈が全然違うでしょ。さっきのはミモレ、ここのはマキシ」
「丈・・・」

もう言い返す気も起きない。やれやれと肩を竦め、意気揚々と奥に進んでいく背中を追った。その時、とある記憶がよみがえってくる。子どもの頃、椿と梓と俺達で、よく遊んだ。もうずっと昔、あの頃はまだ、同じ背丈だった。段々と開いていく身長差、自分とは違う細い身体。当たり前のことだった。こいつは女で、俺は男。だけど今、名前は俺の目の前にいる。そう考えたら、この関係がひどく特別に思えた。

「ちょっと棗、聞いてるの?」
「ああ。型はこっち、色は白。他は微妙」
「・・・辛辣すぎる」
「忌憚のない意見が欲しいって言ったのはお前だろ」
「そうでした。なら、これにする」

ニッと笑いながらレジに向かう後ろ姿を見送って、店の前のベンチに座る。疲れた。正直言って、徹夜明けよりキツい。これなら仕事に行ってた方が身体的には楽だったかもしれいない。だけど、心は随分と満たされた。うちの家族は俺を含め、随分とあいつに絆されている。

「これで終わりか、お嬢様」
「うん、満足満足!目標達成だよ」
「そりゃ良かったな」
「あ、一つ忘れてた」
「はあ?もう全部見ただろ?おい、何処行くんだ!?」
「いいから。悪いようにはしないって」
「その台詞からして怪しいんだよ」

手を引かれるまま足を動かす。ふと下を見れば、名前はヒールを履いていた。よく持ったもんだな。そして連れて行かれたのは、アイスクリームショップだった。俺を椅子に座らせて暫くすると、名前がアイスを両手に持って帰って来る。その一つを俺に手渡して、笑う。

「今日は本当にありがとね、棗」
「・・・どういたしまして。一日働いてアイス一個ね」
「そのわりに笑ってるじゃん」

−−fin.−−


みみっちょ様へ
まさかの棗のリクエスト、ありがとうございます!頂いた時は正直驚いてしまいました。本編中にも所々で書かれているとおり、棗はヒロインに恋愛感情を抱いたことがなく、今後も抱くことは多分ありません。だからと言って他人ってことではなくて、特別な存在です。気を許しているので、結構ズケズケ言いますし、揶揄うこともしばしば。お互いそんな時間を大切にしている、そんなイメージで書かせていただきました😌個人的に棗視点が書きたくて、勝手にそうしてしまいました。お許しを・・・。ご希望に添えていると嬉しいです。改めまして、リクエストありがとうございました!!

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