- 帰りは皆、見るからに酔った様子だった。総司に送ってもらうことになっていたけれど、正直気が重い。しかし、全ては自業自得。私が己の心を制御できないのが悪い。嫉妬心は燃え滓程度には小さくなりつつあったが、いつまた燃え広がるか分かったものではない。
「名前。お前、大丈夫か?」
「総司と喧嘩でもしたのかよ?」
びくり、と肩を揺らす。顔を上げれば、原田さんと藤堂さんが心配そうにこちらを見ている。さっきの私の態度についてだと、すぐに分かった。
「ごめんなさい。折角誘ってもらったのに、雰囲気を悪くして…」
「んなことはいい。悩みなら話してみろよ」
そう言われ、申し訳なさが益々大きくなった。話せば少しは楽になるのかもしれない。でもまだ、総司にすら何も話せていない。やり場のない嫉妬のことも、余裕のない心も。それらを総司以外の誰かに曝け出すのは、なんとなく嫌だった。
できるだけ前向きに答えようと口を開きかけた時、ぐいと強い力で引っ張られる。体勢を崩して、気付けば腕の中。誰の、なんて考えるまでもない。総司だ。
「…おい、総司。そんな顔するくらいなら、ちゃんと捕まえとけ」
呆れたように原田さんが言う。そんな顔とは、どんな顔だ。後ろから抱え込まれているから、見ることができない。総司は何も答えず、私を引きずるように歩き出す。未だ状況が飲み込めない。何も発せず、今日のお礼も言えぬまま、皆と別れることになってしまった。今度会ったときは必ず伝えなければならない。そう思いながら、心配そうに見送る面々に頭を下げた。
−−−−−
店を出た時は、一緒に帰るのが憂鬱に感じていた。喧嘩をしているわけではないけれど、流石に二人きりは気まずいだろうと思っていた。なのに、手を握られただけで安心する。子供だな、私は。たぶん、どんなに大きな諍いの最中でも、今日みたいに醜い姿を晒してしまっても、触れてくれるだけで心は静かになる。
「総司、ちょっと待って」
声をかけても止まろうとしない。怒っているのかもしれない。当然だ、今日の私は最悪だった。ちゃんと話をしなくてはいけない。ちっぽけなすれ違いで壊れてしまうような関係ではないと思っている。けれど、それに甘えてしまうのは嫌だ。私達なら大丈夫だと過信して、より分かり合う努力を怠りたくはない。両足に力を込めて抵抗すれば、苛ついたように振り向く。
「なに、帰るんでしょ。それとも、僕より一君や左之さんの方がいいの?」
「…私が、総司より他の誰かを選ぶことは絶対にないわ」
はっきりとそう言えば、流石の総司も二の句が継げない様子だった。まるで奇怪なものを見るみたいな目をしているのが面白くて少し笑みが溢れる。通りの真ん中で立ち止まったから、道行く人達が迷惑そうに避けて行く。今度は私から総司の手を取って歩き出した。彼が隣に並んだのを見計らい、手をほどいて口を開く。
「ごめんね、酷い態度で。……心に余裕がないの。些細なことが気になって、どうしようもないことに苛ついて。本当、最悪よね。挙句、何も悪くない千鶴ちゃんにまで嫉妬して。こんな自分、大嫌いなのに抑えきれない」
話せば話すほど、顔が歪む。こんな私を知られたくない。幻滅されたくない。それでも心の奥に隠しておくことも難しい。こんな感情、箱にしまって鍵をかけておければいいのに。
街を抜けて人通りも疎らになった道を、月明かりが照らしている。
「千鶴ちゃんに嫉妬?何がどうなって、そんな事になってるわけ?それに、目移りしているのは名前だよね」
何も言わずとも思いを理解してほしいなんて、虫のいい話だ。嫉妬心も、その理由も、察してくれなどと。どんなに通じ合っていようとも、言葉にしなくては伝わらない。
それにしても、目移りとはどういう意味だ。怪訝そうな顔をする私を見て、もどかしそうに総司が少し早口で捲し立てる。
「一君には話せて僕に言えない事でもあるの?」
思いも寄らない発言に間抜けな面を晒してしまった。自分は鈍い方ではないと自負していたのだけれど…。それとも総司が表に出さないだけなのか、と思ったが不機嫌を隠そうとしないその顔。前言撤回だ。出しまくっている。
「なに笑ってるの、全然面白くないんだけど」
気付かぬうちに笑っていたみたいだ。それが気に入らなかったのか、少し空気は柔らかくなったものの益々機嫌が悪くなる。笑ったのは嬉しかったからだ。誤解されないように伝えなくては。
「私以外の誰かが貴方の傍にいると、心が落ち着かないの。それが女の子なら余計に。あの子は私よりもずっと総司の役に立てるでしょう?そう思ったら悔しくて…みっともないよね」
「なに、それ…」
らしくない歯切れの悪さ。そして、右手で口元を覆うから具合が悪いのかと思い顔を覗き込んだ。目が合った途端、視界が一変する。見えたのは、空。腰に回った腕の感触に抱き締められているのだと理解する。四月に再会してから手を繋ぐことはあった。だけど、抱き締められたのは初めてだ。記憶を失った私を気遣ってくれていたのだろうか。
「ねえ、総司も同じ気持ちなの?」
「ちょっと待って。今、君にも見せられない顔してるから。本当、どうして名前は…こんな時だけ素直なのかな」
首元に顔を埋められる。頬をすり寄せる猫みたい。くすりと笑って頭を撫でると、息が詰まるくらい腕の力が強くなる。
「斎藤さんと話していたのは、剣術の指南をお願いしていたの。先に言ったら絶対反対するでしょう?だけど、それで余計に不安にさせるなら、きちんと言っておけばよかった。ごめんなさい」
そう言えば、ぴくりと身体が動いた。ゆるゆると上げたその顔は怪訝そうに眉を寄せている。次に返ってきた言葉は予想していた通りのものだったから、正直に返事をした。
「剣術って……何の為に?」
「総司は私のことを守ってくれるって信じてる。でも、いざという時に何もできないのは絶対に嫌。それに、守ってほしくて傍にいるわけじゃない。私も守りたいの、貴方を。その為の努力はいけないことじゃないでしょ」
「そこまで分かってて、どうして気が付かないのさ。名前はひとつ勘違いしてるよ」
勘違い?首を軽く傾げただけで、総司には伝わったらしい。その時にはもう、いつもみたいに柔らかく笑っていた。あからさまに溜息をついて、呆れたように。
「僕もだよ。君が役に立つから傍にいてほしいわけじゃない」
ああ、そうか。同じ想いを抱いているのに、こんなに遠回りをして。馬鹿みたいだ。損得勘定じゃない、至極単純なこと。堪らなく大事だから、他の誰かじゃ駄目だから、傍にいてほしいのに。
「君が好きだから隣にいてほしい。最初にそう言ったじゃない。分かってないみたいだけど、ただそれだけで僕は十分救われてるんだ」
"−−好きだから傍に"
その言葉はすとん、と胸に落ちた。総司も同じように思ってくれているのだろうか。愛しい人と気持ちが通じることが、こんなにも嬉しいことだと初めて知った。記憶が戻るまでは『愛してる』は言えない。少し前に佇むその胸に顔を埋める。押し付けた額から伝わる鼓動が早い気がして、笑みが溢れた。
「ずっと離さないで」
背中に腕を回して、ぎゅっと力を込める。あまり考えたことはなかったけれど、男性にしては総司は華奢な方だ。それでも、その腕の中が一番安心できる。
どこまでも連れて行ってほしい。隣にいさせてほしい、心地良いその場所に。