正義は十人十色

「一体どこをほっつき歩いていた?この非常時に」
「あ、えっと、局長の命令でちょっと厚生省まで届け物を」
「市川で殺人事件だ。現場から狡噛の指紋が出た。それから・・・っ、とにかくすぐに来い」

厚生省から公安局への帰路にて、宜野座から連絡が入る。すぐに了解と返事をして、首を傾げる。今の沈黙は一体。何か言いかけたように思えた。宜野座らしくない気がしたが、ともあれ急行しなくてはならない。オートドライブなっている車のカーナビに、転送されてきた住所を再設定する。パトカーは非常灯を点して加速した。現場に到着し、駆け込む。そこで朱は、宜野座の沈黙の理由を知ることになった。

「っ、羽賀、響輔……一体、どういうことですか」

朱の声が震える。目に飛び込んできたのは、見覚えのある青年の死体。彼女の、響歌の従兄。額には銃創があったが、その顔は誰だか判別できる程には綺麗だった。朱が止めていた呼吸を再開すると、視界にある物が映る。

「監視官デバイス!?まさかこれ・・・」
「ああ、響歌の物だ。そこにも狡噛の指紋があった。履歴を確認してみろ」

言われるままデバイスを操作した。そして再び朱を驚愕が襲う。表示された現実に、自然と笑みが零れた。それは彼女からのメッセージのようだった−−−どうかこの華やかな門出に祝福を、と。朱は無意識にそれを胸元へと引き寄せた。そこにはまだ、彼女の温もりが宿っている気がして、瞼が熱を持つ。

「笑っていたと思いますか?」
「お嬢のことだ。満面の笑みを浮かべてただろうさ」
「そう…ですよね。あの人ならきっと」
「今度会ったら容赦はいらないってことだな」

そう言って宜野座が鼻を鳴らした。素直じゃないなと周りは笑う。そして朱達はリビングに移動し、もう一人の犠牲者を囲んだ。それを合図に征陸が状況を説明し始める。近隣住民から例のヘルメットを被った人間の目撃情報が届き、聞き込みに回ると、この家だけセキュリティが潰されていたとのこと。そして響輔と、目の前に横たわっている管巻宣昭の死体が発見されたというわけだ。

「被害者は管巻宣昭。元は農林省管轄の研究所に勤務していましたが、かなり以前に引退して、今は何の変哲もない年金受給者です」

六合塚の説明に耳を傾けながら、朱は屈みこみ死体を観察し始める。そして状況を整理するように、分析していく。首の傷は、友人である船原ゆきが殺された時の形状とよく似ていた。そこから槙島の仕業ではないかと推理する。次の疑問−−−では何故管巻は殺されたのか。答え−−−彼が槙島の次の計画に関与していて、それを突き止めた狡噛が駆けつけたものの、一歩遅かった。淡々と語る朱を、宜野座達は戸惑うように見つめる。昔の朱なら、こんな残酷な死体を前に、冷静ではいられなかったに違いない。しかし、それでは狡噛を救えない。急速に成長しなければならない。やはり狡噛が一歩先を行っている、と宜野座が呟く。

「その先を行ってるお嬢さんもいるがな。どうせなら知恵を拝借したかった。狡噛への牽制にもなる」
「響歌さんはこれ以上介入するつもりはないと思います。確かにあの人なら、言葉で狡噛さんを説得できたかもしれません。でも、そんなつもりは露程もない」
「むしろ、あいつは狡噛の復讐を容認している節がある。当てにするだけ無駄だろう」
「おいおい、少しくらい感傷に浸らせてくれ。それにしても……徹底して荒らされてるな」

征陸の言葉に朱と宜野座が返す。突き放すような物言いだが、全くその通り。両者共に響歌・ルートヴィヒをよく理解している。征陸は苦笑し息を吐くと、部屋を見回しながら言った。確かに、部屋は荒れ放題だ。ラップトップは破壊され、ファイルキャビネットもぐちゃぐちゃ、シンクには書類の燃やされた跡もある。こんな有様なのに、狡噛は指紋は残していった。朱は立ち上がり考え込み、呟く。狡噛が、今一番望まない展開は何だ。槙島を取り逃すことだと、六合塚が答える。それに再び朱が問う、では二番目に望まない展開は。今度は征陸が答えた、槙島を仕留める前に自分達に見つかること。

「狡噛は独自の調査で、この管巻宣昭と槙島を結びつけた。明らかに、我々がまだ知らない情報を握っている。だからこその隠蔽作業だ」
「…もし、先にその現場に辿り着いた狡噛さんが、この死体をどこかみつかりにくい場所に隠していたら」
「なに?」

不愉快そうに言った宜野座に、朱が一つの仮定を述べる。発言の意味が分からず、宜野座は思わず尋ね返した。朱は続ける。そうなっていたとすれば、管巻は行方不明。自分達は見当違いの捜査を続けて、狡噛との差は広がっていただろう。時間稼ぎをするなら、それが最善策だったはずだ。しかし、そうしなかった。ならば、そこには理由がある。

「狡噛さんは…自信過剰なタイプじゃない。万が一、自分が失敗したときに、他の誰かが槙島を止められるよう、手がかりだけは残していったと思います。問題は、その手がかりに私達がいつ気づくか……槙島を追うために、狡噛さんと同じかそれ以上の執念を持っているかどうか……その覚悟がない人間は、ここで足止めされて、出遅れる。喉と両目の傷を集中スキャン。何かない?」

指示に従い鑑識ドローンが死体の頭部を調査する。すると無機質な機械音が告げる−−−被害者の気道内部に金属反応を検知。朱はすぐさまラテックス手袋を装着し、傷口から喉の奥へと指をねじ込む。その様子に征陸が咄嗟に司法解剖ドローンに任せろと口を挟む。しかし朱は迷わない。どこまでも冷静な眼差しの彼女と対照的に、見守る宜野座の視線は険しい。喉奥から出てきたのは小さなビニール製のパックだ。

「スキャンして証拠採取後に、洗浄」

ドローンが命令通りに残渣を収集し洗浄すると、中にはメモリーカードが見える。朱は手袋を交換し、それを携帯端末にセットする。どうやら音声データのようだ。再生すると、皆の想像通り、狡噛の声が録音されていた。まず丁寧に名乗り、これは刑事課の人間に向けて残すと前置き。淡々とした声音に、宜野座はうめくように「あいつ」と呟いた。データは続く。

『被害者は元農学博士、管巻宣昭。ハイパーオーツの疫病対策である防御ウイルスの開発責任者。日本の完全食料自給に関わる最大の功労者だとされていた…槙島聖護は、穀倉地帯を壊滅させるための何らかのアイディアを管巻宣昭から引き出し、そして殺した。死体は眼球を抉られ、指は全て第二関節で切断。何らかのセキュリティを突破するのに必要なのかもしれない。防犯設備がサイマティックスキャンではなく、まだ旧式の生体認証に頼っていた頃の古い施設。恐らくは管巻の研究チームが使っていた出雲大学のラボが怪しい。現在はウイルス配給センターに転用されている。そこが、槙島の標的と予想される』

音声はそこで終わる。単独でバイオテロ、正気の沙汰とは思えない。朱は立ち上がって言った−−−今なら間に合う。

−−−−−

夜の闇に包まれた穀倉地帯。狡噛は麦畑の前でバイクを降りた。その中を早足で突き進んでいく。頭上にはセンターピボットと呼ばれる、一台で半径一キロメートル圏内に水をまく機械が見えた。外観は巨大な天秤とでも言えばいいだろうか。途中、そのセンターピボットからの散水が始まる。釣られるように顔を上げれば、細かい水滴が霧のように広がり、それらを月明かりが照らしてる。今夜は満月だ。清い心なら美しく見えるだろう光でも、狡噛の目には怪しげに映った。人狼にでもなったように血が騒ぐ。

────狡噛。

耳を掠めた声に、弾けるように振り返る。そこには誰もいない。幻聴か。いや、願望だ。再び足を前に踏み出しながら、狡噛は笑う。きっと、人間と獣の狭間で揺れた時に聴こえるのは、彼女の声だろう。そうであってほしい。簡単に切れてしまうような柔な命綱などいらない。それなら、狡噛にとって最も頑丈で信頼できる命綱は一本しかない。もしかしたら今この時も、どこかで自分を監視しているかもしれない。単独でも手に負えないのに、優秀な左腕もいる。恐ろしい。

「槙島よりあいつの方がよっぽど化け物だな」

ひとり呟く。好物は最後に食べるタイプだ。全て取り除いて、皿の上にひとつだけ残ったそれを口へ運ぶ。至福の時だ。その瞬間を想像するだけで、どんな不味いものでも咀嚼できる。食べ物に例えたら臍を曲げるだろうか。そんなことを考えていると、目的の建物に辿り着いた。出入口には警備ドローン、監視カメラも目を光らせている。セキュリティが生きているということは、槙島の侵入経路はここではない。狡噛は塀を乗り越えて敷地内に入り、ロックのかかったドアの前に立つ。付属のコントロールパネルには、ごく最近使用した形跡がある。管巻の眼球と指は、ここで使用されたに違いない。一度リボルバーを構えドアノブに狙いを定めたが、留まる。槙島に気付かれる可能性があるうえ、警備ドローンのセンサーにも引っかかる。そもそも、弾丸でロックシステムを解除できるとも限らない。どうするかと悩んでいると、頭上からエンジン音が聞こえてきた。

「へえ」

どこか嬉しそうに零す。やるもんだ。間違いなく朱達だろう。ティルトローター機が着陸するのを確認してから、朱に着信を入れる。すぐに応対する彼女に、早いお出ましだと、揶揄うように狡噛は言った。一方で、爆発しそうな感情を抑え込みつつ、朱は何とか冷静に振る舞う。

「奴がウイルスを撒き散らす前に、ここの施設そのものを停止させるしかない。公安局の権限で、この工場への電力供給を遮断できるはずだな」
「その場合、工場の機能だけでなくセキュリティシステムも全滅です。狡噛さんの狙いは、それですね?」

狡噛は答えない。それはつまり、肯定の意だ。朱は続ける。槙島は管巻の生体認証を使って侵入できたが、狡噛は外に閉め出されたまま手が出せない。故に公安局を利用してセキュリティを解除し、先回りして槙島を殺すつもりなのだ。そんなことは絶対にさせない。朱は毅然と言い放った。

「槙島はこの国を潰す気でいる。いま公安局が選べる選択肢は一つだけだ。電力を止めろ。それでこの国は救われる」
「私は、あなたも救います。狡噛慎也を殺人犯にはさせません」
「なら、早い者勝ちだな」

通信が切れる。そこで朱は宜野座に尋ねた。施設のセキュリティシステムの権限を農水省から委譲してもらえないのか、と。しかし手続きには時間がかかる。やはり、施設そのものを停止させる他なさそうだ。

「一つ確認させてください。もし狡噛さんも遭遇したとき、犯罪係数が300を超えてエリミネーターが発動するようなら…発砲を控えて、私を呼んでください。彼に使用するのはパラライザーまで」
「お前を呼んでどうなる?」
「狡噛さん相手には切り札があります。大丈夫、任せてください」

朱の脳裏をよぎるのはシビュラとの取引。槙島を無事に確保するために、機能をパラライザーに固定する。あくまで口実だが、約束は生きている。このドミネーターなら、狡噛の犯罪係数が300以上でも殺さずに済む。もし、響歌が朱の立場ならどうしただろうか。ふと想像してみて、苦笑する。きっとシビュラの手など借りずに、狡噛を捕まえてみせるだろう。少なくとも狡噛にとって彼女は、復讐と天秤にかけるくらい大きな存在だ。

「おい、お嬢ちゃん……厚生省に呼び出されてからちょっと変だぞ?何があったのか知らないが、何もかも背負い込みすぎじゃないのか?」
「心配ですか?」
「ああ、狡噛のときと一緒だ。突っ走りすぎた監視官の末路なんて、俺はそう何度も見たくない」
「それなら私の犯罪係数、確かめてみます?」

心配そうな様子で征陸が尋ねた。朱は彼の方を見て、ドミネーターを向けるよう促した。征陸がそれに渋々従うと、お決まりの音声。

『犯罪係数24、刑事課登録監視官。警告、執行官による反逆行為は記録の上、本部に報告されます』

数値の低さに目を丸くする征陸に、朱は微笑んでこう返す。今の自分は、システムの望み通りの人間なのだと。征陸はドミネーターを下ろすと、険しい声で言い放った。

「堕ちるってのは、人間でなくなることだ」
「・・・響歌さんの言葉ですか」
「ああ。あんたは今、自分を失っちゃいないか?」
「時間は待ってくれません。私には、使える武器が限られているんです。人生をやり直しでもしなきゃ、あの人と同じようには出来ません」

その声は悔しさを滲ませながらも、どこか前向きさも混在していた。本の中のように、いくら焦がれようとそこには立てない。今、ここで、踏ん張るしかないのだ。朱の言葉で、六合塚が施設への送電を止める。これで槙島のバイオテロは防げたが、同時に狡噛の背中を押してしまった。電源の遮断により、工場の監査カメラや警備ドローンが全て停止。入り口で足止めを食らっていた狡噛は、待ってましたとばかりに緊急災害対策の手動ハンドルに手を掛けた。

続いて、ヘリポートから建物内に入っていく朱達。すぐに逃げ出すのではないか。そんな宜野座の言葉を、朱は否定する。槙島は非常電源を当てにして、中央管制室に向かうかもしれない。網を張るかという征陸の提案に、朱は思い切って二手に分かれることを提案した。朱と六合塚が管制室、宜野座と征陸がラボだ。

−−−−−

中央管制室。隅から隅まで確認したが、中には誰もいない。しかしそれは可笑しい。何故なら、槙島の行動を誰より正確に予測できるのは狡噛だ。その彼がここに先回りしていないということは、何かを見落としている証拠。

「槙島は自らの危険を顧みない。あの男は目的のためなら、自分自身さえ捨て駒のように扱える。彼は革命家を気取っているわけじゃない。きっと今回のバイオテロも、あの男にとっては思いつき。飽きたらすぐに放り出す程度の遊び。意地でもやり遂げようだなんて思わない」

朱は思考する。槙島にとって、優先順位の第一位はバイオテロではない。はっと顔を上げて息を呑む。狙いは今後の障害の排除。これからも楽しく遊ぶために−−−それが現在の、槙島の最重要目的。朱は堪らず走り出す。宜野座達が向かったラボへと向かって。吹き抜けの、吊り橋のような渡り廊下に差し掛かったところで六合塚が立ち止まる。

「気をつけて、この地形はすごく嫌な感じが……」

その予感は正解だった。吹き抜けの上階では、槙島が見下ろしている。パイプ爆弾のペンシル型信管を作動させ、ぽいと放った。それがふたりの目の前に落ちてきて、床の上で跳ねる。六合塚は咄嗟に朱を抱えるように庇い、後方へと飛び退いた。爆発で炎が広がり、ガラスや爆弾に仕込まれていた釘類が飛散する。吊り橋のような廊下が折れて、崩壊していく。ふたりは最下層へと叩きつけられた。その様を冷たく見届け、槙島は次の獲物を探すため背を向ける。

「六合塚さん・・・っ、そんな」
「・・・そっちは比較的軽傷みたいですね。よかった」

悲鳴を上げる朱に、六合塚が青白い顔色で力なく答える。その背中にはパイプ爆弾の釘や破片が突き刺さっており、血まみれだ。朱が駆け寄ろうとするのを遮るように「貴方はどうするのか」と尋ねる。言い淀む彼女に語りかけるように続けた。

「残念ながら、私はもう戦力にはならない。貴方は、宜野座さん達と合流するまで単独行動することになる。その途中で槙島に遭遇したら、一対一だ。そこまでのリスクを背負う気になれないのなら、ここに残るといい。誰も責めはしません。相手が相手です。しかし、そうでないなら・・・」

一対一という言葉に朱の瞳が揺れる。だがそれもほんの一瞬。すぐに双眸に決意を込めて、六合塚に礼を言うと駆け出した。

−−−−−

ラボを捜索していた宜野座達は朱から連絡を受けた。次はこちらだろう。下手に動かず彼女と合流すべきだと征陸は言ったが、宜野座はこちらから仕掛けると決断した。そして、資材置き場を通りかかった時だ。行く手の通路にある赤外線センサーを発見し、征陸が後続の宜野座に警戒を促した。頷き迂回路を求め、横手に入るが、迂闊だった。その先にあった本命の罠に気付かずに、靴先をトラップワイヤーに引っかけてしまう。途端に爆発が生じ、数百キロはあろう資材棚が宜野座の上に倒れかかる。征陸は思わず息子の名を叫ぶ。宜野座の身体は左半身が下敷きになり、左腕は見るからに重傷だ。肘から下が千切れそうになっている。

「後ろだッ!」

宜野座が叫んだ。振り向けば、笑みを浮かべネイルガンを構えた槙島の姿があった。すぐに釘が放たれる。征陸は咄嗟に頭部や首を義椀で庇う。このッ、と吐き捨て槙島目掛けて突進。持っていたスタンバトンで殴りかかり、ネイルガンを破壊した。征陸がもう一度振りかぶった隙を突いて、槙島は一瞬でその懐へと潜り込む。右手にはいつの間にか、空き缶を加工したストロー状の失血死ナイフが握られていた。そして素早くかつ的確に、征陸の鎖骨の下にある動脈へとナイフを突き刺す。途端に鮮血が吹き出した。続いて左手でネイルガンの予備の釘をベルトから抜き出すと、征陸の肝臓に突き立てた。

「終わりだ」
「いや、まだだね」

勝利を確信したように言う槙島に、苦悶しながら征陸が返す。そして槙島が腰に下げていたパイプ爆弾を奪い、叩きつけるようにして作動させた。もろとも爆死するつもりなのだ。しかし、槙島はやはり冷静だった。両手で征陸の右手首の関節を極める。骨を折られたことで、爆弾は征陸の手から放れてしまう。槙島はそれを蹴って、宜野座の近くまで滑らせた。自分の最期を悟る彼の目に、全力で駆けてくる父親の姿が映る−−−何をしている、槙島そいつを放すな。そう叫ぶ間もなく、征陸が爆弾に覆いかぶさったところで、爆発。立ち込める煙の中、宜野座は必死に目を凝らす。視界に捉えた征陸は、すでに虫の息だった。義椀は根本まで吹き飛び、身体は血まみれ。伏せていた槙島がゆっくりと立ち上がり、止めを刺しに向かってくる。刹那、その左耳を弾丸が切り裂いた−−−狡噛だ。リボルバー拳銃から放たれる連射を、槙島は飛び退いて躱す。そのまま逃げ出そうとする彼を狡噛はすぐさま追おうとするが、視界に入った惨状に思わず足を止める。

「っ、とっつぁん……」

そんな狡噛を、宜野座は泣きそうな子どものような顔で見上げる。こちらまで気が狂いそうになる。しかしここで槙島を逃すわけにはいかない。歯を食いしばると、狡噛は再び追跡を再開する。再び征陸に視線を戻し、宜野座は資材棚の下から這い出した。ブチブチと音を立てて、人形のように左腕が千切れるが構わず引っ張る。出血と激痛で朦朧としながら征陸に近寄って膝を突いた。

「馬鹿野郎!なんであんな無茶を……なんで…あんたは刑事だろ!」
「……デカなんて…碌なもんじゃねぇよ。やっぱ、親子なんだなぁ……目元なんざ、若い頃の俺にそっくりだ……」

征陸は涙を流す息子の頬へ、手を伸ばし微笑んだ。そして、糸が切れたようにその手が床へと落ちる。現世こちらへ呼び戻そうと、宜野座は必死にその名を呼ぶ。しかし、征陸がそれに答えることはなかった。

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に痺れた!