永遠に枯れぬ想い

※PSYCHO-PASS10周年記念企画に添えて。時系列的には本編後で、狡噛さんがSEAUn入りしてから劇場版の間です。なので、一係は出てきません。



「そういえば、今日の戦闘で仲間が妙な二人組に助けられたらしい」
「妙な二人組?」

狡噛慎也がこの国に来てから、それなりの時間が経った。彼は今、ここで仲間と共に闘っている。今日もまた一つの戦闘が終わり、拠点へと引き上げてきたところだ。この集団のリーダーであるセムが、狡噛にそう声をかけた。言い方から、その二人組はどうやら見ず知らずの奴等らしいと察せられた。通りすがりにしては大層なサービス精神だ。そう思いながら軽く尋ね返したが、次の言葉で狡噛の冷静さは失われる。

「ああ。お前と同じ日本人だったそうだ。片方は変わった色の瞳をした男。もう一人は女で、綺麗な顔をしているのに戦闘中は笑っていたらしい・・・おい、狡噛。どうした?」
「ッ、セム!そいつらに助けられた仲間ってのは?」
「え、ああ……それならほら、あそこにいる連中だ」

そう返した途端、狡噛はその男達のもとへ駆け寄って行った。セムはその背中を物珍しそうに見届ける。あの男もあんな顔をするのか。余裕を欠いた横顔だったが、口元には笑みが浮かんでいた。相変わらず不思議な男だ。

「おい、あんたら。今日見かけたっていう二人組について詳しく教えてくれ。何か会話をしたか?」
「いや、大した事は話していない。旅をしているのだと言っていたが、相当戦闘慣れしているようだったな」
「そいつらは今どこに?ここに来ているのか?」

質問責めの狡噛に、男達は顔を見合わせる。当然だろう。いつも仏頂面の男が急に饒舌になれば、そんな反応にもなる。しかし彼らには別に隠す必要もないことである。逃げる側である彼女からすれば、迷惑な話だが。一人の男が遠くを指差して教えてやる。

「一番街に近い拠点だ。なんでも煙草と銃弾が欲しいと言って・・・ッ、おい!」
「ありがとな!」

男の肩を叩き、狡噛は走り出す。間違いない。響歌と赤井だ。無意識に声が漏れる。この近くに、彼女がいる。逃すものか。目的の場所へと駆け込んで、視線を巡らせた。しかし、それらしい人影は見当たらない。大股で奥へと進み、側にいた男に尋ねる。

「おい、ここに二人組の日本人がいると聞いたんだが」
「ここじゃない。向こうだ。もう暗いから今日は泊まっていくように言ったんだよ」

男は徐に立ち上がると、少し離れた所にあるテントを示し言った。狡噛は浅く息を吐き、気配を消してそこへと近付く。どうする。普通に声をかけるか。まさかこんな風に静かな再会になるだなんて予想していなかった。もっと激しい戦闘の中や、突然の対面になるだろうと思っていた。どちらにしても心の準備をする暇などなかっただろうが、せめて第一声くらいは決めておくべきだったと、狡噛は今更ながら後悔する。この機会を逃さぬように、ただそれだけで後先考えず来てしまった。勿論、引き返すなんて選択肢はない。一度目を閉じて記憶を探り、最後に見た彼女の姿を浮かべれば、勝手に体が動いた。迷う心のままでテントの入口にある垂れ幕へと手をかけた瞬間に、中から伸びてきた何かに手首を掴まれる。力強い感触に、狡噛は身構えた−−−殺気。喉元に銃口を突きつけられたような感覚に飛び退こうとしたが、拘束されていて叶わない。姿を現したのは、予想通りの男。敵と認識していた相手が狡噛だと分かると、男は一瞬目を見開き、笑った。しかし和やかな挨拶に移ることなく、掴んだままの狡噛の腕を引いた。見事に倒れ込む彼を、連撃が襲う。左頬に飛んできた拳をくぐもった声を漏らしながら受け止めて、なんとか反撃に出たが遅かった。瞬時に懐に入り込まれ、強烈な一撃が鳩尾に炸裂する。

「かっ、く……容赦ないですね、赤井さん」
「フッ、手加減できるほど君は弱くない。しかし、驚いたな。随分と早い再会だ。鬼ごっこは君の勝ちか。流石は猟犬といったところ。鼻が効くな」
「まさか。偶然ですよ。俺もまだ夢心地で」

軽口を叩きながらも、狡噛の心は急いていた。赤井との会話が苦痛なわけではない。ただ今は、一刻も早く彼女に会いたい。まるで狡噛が尋ねるのを待っているかのように、赤井は何も言ってこない。本当にいい性格をしている。意地が悪い。口元に浮かぶ笑みを隠そうともしない。狡噛はとうとう我慢できずに、少し視線を逸らして訊いた。

「ッ………あいつは、中ですか?」
「あいつとは誰のことかな・・・ふ、くく、冗談だ。中で寝ている。寝起きは良い方ではないが、起こすのが君なら大丈夫だろう。優しく起こしてやってくれ、王子様」

ポンと狡噛の肩に手を置いてそう言うと、赤井は横を通り過ぎ去って行く。余裕綽々なところは悔しいくらいに変わらない。その背中を見送って、今度こそテントへと足を踏み入れる。端に置かれたベッドの上にその姿はあった。とても快適とは言えないだろう場所で、響歌はスヤスヤと眠っている。以前と変わらぬ艶のある髪、白い頬、細く小さな手。あれから、日本とは比べ物にならない危険な世界で生きてきたというのに、彼女はどこまでも彼女のままだ。胸の奥底から言い様のない感情が湧き上がってきて、狡噛は堪らなくなった。そっと手を伸ばし髪を払えば、あどけない寝顔がよく見える。屈んで顔を近付けてみても、全く起きる気配がない。

「襲うぞ、阿呆。おい、起きろ……響歌」

少し強い声で名前を呼ぶ。肩を揺すれば、不機嫌そうに瞼を上げた。そして安眠を妨害した相手の姿を捉えると、ゆっくりと身を起こす。ぼんやりとこちらを仰ぎ見られて、狡噛はなんとなく居心地が悪くなってきた。視線を逸らしかけた瞬間、腹に衝撃が走り、咄嗟に蹲る。そうして初めて、殴られたのだと理解した。

「あれ、本物だ」
「お、まえ…本気で殴ったな・・・クソったれ」

腹を押さえてそう言いながら、狡噛は笑う。甘い再会など期待していなかったが、安定すぎる。やっと痛みが収まってきた頃、響歌はベッドから下りて座り込むと、狡噛と向かい合った。そしてその頬に両手を伸ばし包み込むと、凝視してくる。

「老けたね」
「喧嘩売ってんのか?」
「ふふ。いいよ、喧嘩しようか────久しぶり、狡噛」

あまりに柔らかく笑うものだから、狡噛は面食らった。答えることができずに、ただ見つめ返す。そんな彼を不思議そうに覗き込んだ後、響歌は辺りを見回した。相棒を探しているのだろう。それがなんとなく癪で、狡噛は尋ねられるより先に教えてやる。

「赤井さんなら外してる」
「そうなんだ。ねぇ、少し散歩しない?」

素っ気なくそう答えて立ち上がると、響歌は手を差し出してくる。細い手を取れば、思いの外強い力で引っ張られた。解かれると思っていた手をより強く握られて、狡噛は戸惑う。自分とは違う、滑らかで柔らかな感触。まるで子どもに戻ったような心地がした。未だに導かれるのは自分の方なのかと、そっと視線を落とす。そんな彼の心を他所に、響歌は迷わず人気のない方へと足を進めた。無言のまま暫く歩き、先程のテントが小さく見える川沿いで、立ち止まる。日は沈みかけ、頭上には星が瞬いていた。繋いでいた手を解放すると、空を見上げながら彼女は狡噛に背を向けたまま言う。

「捕まっちゃったか、残念。油断し過ぎてたかな・・・それで、伝えたい事とやらはまだ生きてるの?」
「ああ。手紙に書いただろ、何年経とうが消えないって。まさか疑ってたのか?」
「いや、そうじゃないよ。ただッ、

言葉が途切れた。思い切り腕を引かれ振り向いた途端、響歌の視界が黒一色になる。土と汗の臭いに、目の前にあるのが狡噛のシャツだと理解した。厚い胸に寄せた耳から、ドクドクと鼓動の音が聴こえる。予想外の状況に、響歌が瞬きを繰り返していると、さらに強い力で息が詰まりそうなほど抱き締められた。一方で狡噛は、いつかと同じ柔らかな感触を味わうように深く息をして、無意識に呟く。

「会いたかった」

鼓膜に直接触れるような掠れた声に、響歌は瞳を見開き身を硬くする。その声音に恐怖と同時に心地良さを感じる自分に、戸惑いを隠せない。狡噛は微動だにしない彼女に気分を良くしたのか、背中に回した掌でその後頭部を撫でる。そこから頸を伝い、背骨に沿ってゆっくりと手を滑らせた。味わったことのない感覚に、響歌は小さく肩を震わせる。その様子を面白がるように喉を鳴らしながら、狡噛はそっと彼女の耳元に唇を寄せた。

「そんな状態で受け止められるのか?」

振り回されるのは常に自分の方だと思っていたが、そうでもないらしい。触れるだけで強張る身体も、言葉一つで戸惑う様も、全てが新鮮で愛おしく、優越感にも似た何かが胸を支配していく。その姿を知るのは自分だけだと、そう思うだけで幸福感に包まれる。会えなかった時間に蓄積された感情が、一度に溢れてくるようだった。抵抗しないのか、それとも出来ないのか、どちらにしても狡噛には好都合。首元に顔を埋めて、思い切り呼吸をする。唇から吐いた息が熱いのが自分でも分かり、ふっと笑う。力を緩めると、響歌は真っ直ぐに見つめ返してきた。昂る思いに逆らうことなく、狡噛は小さな耳を撫ぜると、顔を近付ける。

「ちょっと待った」
「なんだ、キスくらいさせろ」
「いや、まだ何も伝えてもらってないんだけど」

咄嗟に「何をだ?」と尋ねそうになる。密着していた身体を離すと、彼女は真顔で狡噛を見上げていた。なし崩し的に、なんてとても無理そうだ。手順をすっ飛ばしたのはこちらだが、この女に段階を踏めと言われたことは心外である。そもそも、流れに任せて伝えるのと、待ち構えている相手に伝えるのとでは、後者の方が圧倒的にやりづらい。ガシガシと頭を掻いて、覚悟を決める。だがそれも、無意味であった。視線を交わらせた途端、言葉が勝手に出てくる。まるで外に出るのを待っていたかのように、目の前の女に向かって飛んで行った。

「お前が好きだ、愛してる」
「……なんとなくそんな気はしてたけど、ド直球だね」
「この期に及んで隠す必要性を感じない」

淀みのない声と瞳に、響歌はそっと目を伏せる。こういう男だと、分かっていた。どこまでも追いかけて来る。表情には出ていないだろうが、愛を吐かれた瞬間、確かに胸が高鳴った。いつか、繕うことすら出来なくなるのが怖い。

「私は、貴方を一番には愛せない。それでも、
「構わない。俺がお前じゃないと駄目だからな。迷う理由はそれだけか?それとも他に男でも出来たか?」
「全てを委ねられる人ならいるよ」
「あの人は理由にならない。それくらい、もう分かってるだろ。お前が何かに躊躇するのは初めて見るな・・・今もまだ、怖いのか?」

揶揄うでも責めるでもない。ひどく柔らかな声色に、響歌は息を詰まらせる。相手が狡噛だからこそ、怖いのだ。優しくて強いこの男の愛を受け入れてしまえば、弱くてもいいのだと、そう錯覚しそうになる。そういう点に於いては赤井もまた同じだが、彼の傍はいい意味で緊張感がある。背中を預け合っているから、倒れるわけにはいかない。自分の死は、彼の死だ。だから響歌は、赤井の前で気は許せても弱さは見せないと決めている。そしてそれを良しとしている。否、むしろ最良。だが狡噛の前では、その安心感が途端に恐怖に変わる。

返答に迷う響歌を、彼は黙って見つめていた。目的の為なら沼だろうが海だろうが迷わず飛び込むくせに、これだ。どうやら愛するという行為は、彼女にとって余程難しいことらしい。無理もない。人間として自然なその行為を、今までずっと拒んできたのだから。きっと今の彼女は、大海原に丸腰で放り出された赤子のような気持ちでいるのだろう。遥か昔から大勢の人々が通ってきた道でも、彼女にとっては初めての経験なのだ。迷い子のような顔しているのが愛おしい。それならば、自分がその手を引こう。

「踏み出せない理由が恐怖だけなら、飛び込んで来い。そんなもの、俺が一掃する。安心しろ、受け止めてやるさ」

そう言って、狡噛は右手を差し出した。それに唇を震わせると、響歌は小さくその名を呼ぶ。彼が言ったことは当たっていた。ただ、恐怖だけではない。胸にあるのは、恐怖とそして期待。やると決めたらやる男だと、よく知っている。そして恐らく、重いのは最初の一歩だけで、宣言通り彼はこの恐怖を容易く拭い去ってしまうのだろう。やけに優しく自分を映す瞳を見返せば、感じたことのない胸の高鳴りがした。響歌が不安げに左手でその掌に触れると、狡噛はふっと目元を緩め微笑む。初めて見る表情だ。それが珍しくて覗き込んだ途端、手を引かれてバランスを崩す。そのまま倒れ込み、硬い胸板に鼻をぶつけた。

「見るな」
「ごめん、つい・・・今のどういう気持ちの顔?」
「俺も男だからな。柄にもなく舞い上がってるんだよ」
「舞い、上がる……そんなに嬉しいものなんだ」

不思議そうに言うものだから、狡噛はまた頭を抱えたくなる。この想いを、どうしたら思い知らせることができるだろう。いっそドロドロになるくらい甘やかし尽くして、犯してしまおうか。そんな思考が頭を掠めた。

「舞い上がるってどういう感じなのか知りたい」
「…あのなぁ。さっきのは惚れた相手だからこそだ。お前は別に俺に惚れてるわけじゃないだろうが」

呆れたように、狡噛は溜息と共にぼやく。好奇心旺盛なのは悪いことではないが、こちらの身にもなってもらいたいものだ。その時、そんなことを考えている狡噛の心に、大波を立てる発言が落とされた。

「私、狡噛のこと好きだけど」
「そりゃどうも・・・・おい待て、今のはどういう意味だ?赤井さんの次に好きってことか?」
「いや、なんでそこであの人が出てくるかな。全く別物でしょ。比較対象にもならない」

首を傾げて、響歌は否定する。傾げたいのはこっちの方だと叫びそうになった。まさか、と狡噛は唇を震わせる。空転する脳をなんとか働かせようとするが、どうにも上手くいかない。彼女は今、赤井に対する想いとは別物だと言い切った。つまり、親愛の類ではないということだ。

「いつからだ?」
「え、普通に顔が怖い・・・いつからって、いつから好きかってこと?」
「ああそうだ。さっさと答えろ」
「なんで喧嘩腰?んー、たぶんアメリカから帰国した後……かな。自覚したのは日本で別れる少し前」

なんてことないように響歌が答える。しかし狡噛からすれば、衝撃の事実であった。今さら責める気も起きず、やり場のない感情を鎮めるように座り込む。地面に尻をつけて、項垂れた。結論を言えば、自分達は両想いというわけだ。全ての感情を乗せて狡噛が息を吐くと、響歌も隣に座って控えめに言い訳を並べ始める。

「二度と会わないつもりだったから、伝える気もなかったんだよ。まさかこんな風に貴方が追いかけて来るなんて思ってなかったし」

眉を下げる顔が珍しくて、思わず見つめ返す。これ以上すれ違うのは御免だ。過ぎたことを考えるくらいなら、1秒でも長く触れていたい。そんな衝動に身を任せて、狡噛が細い手首を掴む。握りしめていても、指の間をすり抜けて何処かへ行ってしまうような女だ。確かな絆が欲しい。その口から明確な言葉が聞きたい。

「それなら今聞いてやる。俺だけ言わされるのはフェアじゃないだろ」

グイと顔を近付けると、響歌の瞳が僅かに大きくなる。そこに映る自分の顔は、やけに楽しそうだった。一言一句聞き流してやるものかと思いながら、常に掻き乱す側だった女が戸惑う様をずっと眺めていたい。そんな願望が表情から見て取れた。しかしその余裕を嘲笑うように響歌は狡噛の腕を解くと、地面に座り込んでいる彼の脚の間へと身体を滑り込ませる。そして唇が触れ合いそうなほど顔を寄せて、呟いた。

「貴方が好き」

たった六文字で、狡噛の顔から笑みが消える。この女が素直だということを失念していた。そう気が付いても時すでに遅し。咄嗟に身を引こうとしたが、できなかった。首に腕が回され、唇が触れ合う。驚きで開いたそこを響歌が軽く食めば、いとも簡単に侵入を許してしまった。微かな音を立てながら幾度も啄み、より熱の籠った声でさらに追い討ちをかけてくる。

「好き」

とんでもない破壊力だ。こんな場所で致すわけにいかないと頭ではきちんと理解しているのに、身体は欲望にあまりに忠実だ。地面に突いていた手が勝手にしなやかな背中へと回り、腰へ。引き寄せるように力を込めれば、響歌が小さく息を漏らす。それすらも欲を引き立てる要素だ。暴力的なまでの誘惑に、狡噛は音を立てて唾を飲み込んだ。その間も、舌は口内を好き放題暴れ回っていた。誘うような舌使いに、屈服しそうになる。超えてはならない境界へと、じりじりと追い詰められるような感覚。好きにしていいと、そう言われている気すらした。そんな葛藤などお構いなしに、響歌はその舌を吸い、再び絡ませようとしてくる。そこでやっと理性が仕事をしたかのように、狡噛は彼女の肩を掴んで引き剥がす。

「ッ、もういい」
「お気に召さなかった?」
「逆だ、馬鹿」

どこか不安そうに尋ねる姿に堪らなくなって、胸元へと引き戻した。押し当てた耳から感じる鼓動の速さに、響歌の胸も呼応するように高鳴る。痛くて甘い、感覚。クセになりそうだ。大人しくなった彼女の髪を撫でながら、狡噛はすっかりその気になっている身体を鎮めるように深呼吸をした。ここが外じゃなかったら、確実に抑えられなかっただろう。

「狡噛の腕の中、なんか落ち着かない」
「お前なぁ…あの人と比べるな」
「不満を言ったんじゃないよ。落ち着かないのに、離れたくない・・・変なの」

不思議で仕方ないといった声音でそう呟くと、狡噛の背中へと腕を回した。態とやっているのかと疑いたくなるほど純粋だ。相手をする方は堪ったものではないが、それすらも愛おしく感じる。大概だな、と狡噛は苦笑した。それが恋なのだと言ったら、どんな顔をするだろうか。彼女にその感覚を与えるのは、一生自分だけであればいい。

「戻るぞ、赤井さんが心配する。積もる話もあるしな」

そう言って、狡噛は徐に立ち上がる。それに倣い響歌も歩き出そうとすると、肩を組まれるように抱き寄せられた。咄嗟に身を硬くした彼女の額より少し下、眉間の辺りを狡噛の唇が掠めていく。視線を合わせたまま、無防備な肌に吐息を落とし、笑った。

「頼むから、隙を見せるのはあの人だけにしろ。俺の前でも警戒を解くな」
「命令ばっかりだね。大人しく従うと思う?」
「いや、ただの保険だよ。後になって拗ねられるのは御免だからな。理性なんて有って無いようなものだ。俺はあの人のように待てが上手くない。正直、一度箍が外れたら、たとえお前が泣き叫んでも抑えられる自信がない」
「別に抑えなくていいよ。我慢は身体に毒だし、人間は欲望に忠実であるべき」

か弱い女らしく怯えて見せる、なんてことはやはり起こらない。挑発に乗るように、響歌は振り向きざまに笑った。それを咎めるが如く目を細め立ち止まった狡噛に、一層笑みを深くして向かい合う。両手でその頬を包み込むと、花が咲くように微笑み彼女は言った。

「教えてくれるんでしょう?愛ってやつをさ」

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