温もりに触れる度

結婚式の前日に携帯が鳴った。表示された名前に顔が綻ぶ。意気揚々と通話ボタンを押した。

「もしもし、琉生?」
「名前姉さん・・・元気そうで、よかった」

のんびりした声が安堵の色に染まる。どうやら琉生も心配してくれていたみたいだ。人一倍優しいから、本人が心労で倒れそう。よく床で寝て右京兄さんに怒られていたっけ。まああれは、心労じゃなく睡魔が理由だけれど。

「椿兄さんから聞いて、心配、してた」
「ありがと、でも大丈夫。不安も迷いも流れちゃったから、あとは飛び込むだけ」

やっぱり椿か、お喋りなんだから。少しイラっとするけれど憎めないのが不思議だ。それにしても、明日会えるのに電話してきたのは何故だろう。

「明日の朝、そっち行く。髪の毛、アレンジさせて」
「え!本当!?・・・あー、でも忙しいでしょ?自分でも何とかなるから別にっ、
「ダメ。僕が、やる」
「オーケー分かった、それじゃあ待ってるね」

普段はふわふわしてるのに髪の毛の話になると人が変わる。そういう時の琉生はある意味狂気を感じることすらある。ここは大人しく従うが吉。棒読みで了承すれば、満足気に電話を切られた。

「琉生にアレンジしてもらうなんて、いつ振りかな」

声を弾ませて、明日の準備に取り掛かる。綺麗なドレスや結婚式という響きに、年甲斐もなくワクワクしてしまって我に返る。そうだ、明日は要も来るんだ。あの日突き放した胸の感触を思い出して、ベッドに寝転がる。最初に何を言えばいいの。そもそもどんな顔で会うのが正解。自問自答を何回か繰り返して溜息を吐き出す。そうして目を閉じたら、そのまま眠ってしまった。

「おいおい、まだ寝てたのか」

パチパチと瞬きを2回−−−呆れたような声で目を覚ます。ばっと身を起こして時計を見れば、長針はてっぺんを、短針は8を指している。声にならない声が出た。完全に寝坊だ。

「起こしてくれてもいいじゃない!」
「もう立派な大人が何言ってる、さっさと準備しろ。要くんに笑われるぞ」
「一言余計!!琉生まだ来てないよね!?」

慌てて洗面所に駆け込む。こんな日に限って寝坊だなんて本当ありえない。マッハで洗顔と歯磨きを済ませて、ドレスを着る。箱から出したときも思ったけれど、これは・・・ちょっと派手過ぎじゃなかろうか。美和さんは私がこれを着こなせるとお思いなの。選んでくれたのだから、きっとそうなのだろう。鏡に映る自分を見て苦笑した。

「名前姉さん、すごい綺麗」
「びっ、くりした・・・ごめん!待たせちゃった?」

いつから居たのか。鏡の前で百面相しているところからだったら恥ずかしい。促されるまま椅子に座ると、優しい手が髪に触れる。美容師なだけあって手入れの行き届いた指先。鏡越しに目が合って微笑まれる。

「今までで一番綺麗にする」
「琉生ったら!今日の主役は美和さんだよ」
「要兄さんに会う、でしょ」
「っ、敵わないな・・・それじゃ、お願いしようかな」
「うん、任せて」

−−−−−

式場に着いて、琉生と別れる。美和さんの所に行く前にお手洗いに寄る。髪はばっちりアレンジしてもらったから問題なし。試しに笑顔の練習をしてみる。まあまあかな。小さく息を吐いて廊下を歩く。

「っ、すみません!ぼんやりしてて・・・、

ちゃんと前を見ていたのに、角を曲がったところで人にぶつかる。本当、今日は駄目だな私。すぐに謝って顔を上げて、強ばる身体。運がいいのか悪いのか。

「かな、め」
「・・・名前?驚いたな、綺麗すぎて一瞬誰だか分からなかった」

気まずさを感じさせない、変わらぬ雰囲気。握られた手首が熱い。やっぱり昨日のうちに第一声を決めておくんだったな。小さな後悔また一つ。『笑え』と恋心やつがまた暴言をぶつけてくる。すう、と息を吸う。

「この前はごめんね、取り乱しちゃって」
「そんな顔は見たくないな・・・ほら、笑って」

必死に繕った笑顔は落第点だったらしい。何だか馬鹿みたいに思えて不機嫌を露わにすれば、驚いた顔をされる。せっかくの演技をこの男・・・。

「髪はるーちゃんがやってくれたの?」
「うん、やっぱりプロだよね。それよりこのドレス派手過ぎない?絶対、服に負けてると思うんだけど」
「いや、さすが母さん。綺麗だよ、もちろん髪もね。着飾らなくたって寝起きでも充分可愛いっ、
「ちょっと、勘繰られるようなこと言わないで!」

確かに寝起きを見られたのは一度や二度じゃないけれど、TPOを弁えてほしい。つい腕を掴んで抗議してしまう。懐かしい、この感じ。貴方の隣だといつだって心から笑える。でも順序を間違えちゃいけない。私はまだ、謝罪も本心も伝えていないもの。

「俺は、勘繰られたって構わないんだけどね」

だから、小さな呟きは聞こえない振りをした。隣を歩くなんて久しぶりだ。それだけで浮かれそうになる恋心こころを宥める。控室の扉を開けて迎えてくれたのは4人−−−父さんと、新婦の美和さん、新郎の麟太郎さん。そしてもう一人、たぶん彼女がうわさの"妹"。

「おや、なんだ。5分の間によりを戻したのか」

この父は光と椿を足して2で割ったような性格だ。自分にもその遺伝子が受け継がれていると思うと恐ろしい。引きつる私を無視して要へと歩み寄る。

「和眞さん、お久しぶりです」
「要くんも、元気そうで何より。またいい男になったんじゃないか。お義父さんは嬉しいよ」

貴方くらいですよ、要の頭を撫でるのは。マイワールド全開の父を見ない振りをして、今日の主役2人に向き直る。目が合うと、にっこり微笑まれる。とても13人の母親とは思えない、まさに美魔女。

「美和さん、おめでとうございます。それと、ドレスありがとうございました」
「見立て通りね、可愛いわ。ねえ?」
「あ・・・初めまして、苗字名前です」
「こちらこそ初めまして。彼女から聞いているよ、朝日奈家の皆とは家族同然だって。絵麻にとってはお姉さんに当たるわけだ」

促されるように振り向けば、緊張した様子の彼女。家族同然のくせに今まで挨拶すらない女は、姉だなんて呼ばない。身を固くする姿が微笑ましい。

「えっと、絵麻ちゃんって呼んでもいいかな?」
「は、はい!あの、椿さんや梓さんからお聞きしてっ、お会いするの楽しみにしていました!!」

食い気味な挨拶に身を引いてしまう。皆にもこんな感じなのだろうか。驚きで身動きできなくなった私を見て、焦ったような顔をする。忙しい子だな。

「ご、ごめんなさい!実はお姉ちゃんって憧れで・・・つい興奮してしまって」
「ちょっと妹ちゃん、俺達に会ったときより嬉しそうじゃない?やっぱり、量より質ってこと?」

想像していた"妹"と違い過ぎて、どんな反応をすればいいのか分からない。家族を取られるとか、要がこの子を好きになるとか、胸を支配していた心配事が萎んでいく。それがどうしようもなく馬鹿みたいで笑う。そんな私の気持ちを理解しているのは、たぶんこの場では父さんだけ。

「これからよろしくね、絵麻ちゃん」

−−−−−

控室を出て歩いていると『あ!』と聞き覚えのある声がした。来る、と予感がして振り向いたと同時にお腹に巻き付く腕。

「名前ちゃんだ!!ドレスすっごい綺麗!」
「ありがと。弥も凄くかっこいいよ」
「本当?かなかなよりも?」
「もちろん、一番素敵」

ここで要を出してくるのは無意識なのか。目線を合わせて微笑めば、嬉しそうに笑う。本当、可愛いな。

「あれ、名前?」
「雅臣兄さん!今日は寝癖ないんだ」
「さすがにね・・・名前も凄く似合ってるよ」

ふわりと笑ってそんなことを言う。この人の場合、本当にそう思ってるから恥ずかしくなる。要にしたって冗談か本心かくらい長い付き合いだから判断できるけど、雅臣兄さんは本心しか言わない。

「ありがとう、皆は一緒じゃないの?」
「ああ、向こうにいるよ。行くかい?」
「いいかな、少し疲れちゃったから」
「名前ちゃん、大丈夫?あっちで休もう!」

一回り小さな手に引かれるまま歩く。弥が長椅子に案内してくれる。私が座ると、雅臣兄さんも隣に腰掛けた。目の前でミミレンジャーごっこを披露する弥を微笑ましく眺める。

「弥、学校は楽しい?」
「うん!勉強も運動もすっごく頑張ってるんだ!」
「そっか偉いね・・・・寂しくない?」
「どうして?まーくんも、おねーちゃんも、皆もいるから、すっごく楽しいよ!!名前ちゃんもいるし」

無意識に出た質問にも笑顔で答えてくれる。きっと私の意図は伝わっていないだろうけれど、内心焦った。そんな私達を見ていた雅臣兄さんが小さく笑う。そして自然な動作で頭を撫でられた。

「ごめん、口が滑っちゃった」
「僕ら兄弟のことを気にかけてくれるのは嬉しいけれど、名前だって僕の大事な妹だよ。だから幸せになってくれないと困るな」
「分かってるよ、善処します」

ほらまた、そうやって泣かせにくる。優しいのに、不思議と従わなくちゃという効力がある。こうゆう所が長男らしい。涙腺が緩んできて下を向いたら、弥が覗きこんでくる。

「名前ちゃん、まーくんにいじめられたの?」
「ううん、元気もらったの」

そう言って笑えば、天使のように笑い返してくれる。兄さんが結婚しない理由がよく分かるな。堪らなくなって、ぎゅっと抱きしめてキスをした。

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とヒロインの関係が好き