05
「っ!おえぇっ」
べちゃべちゃと音を立てて吐瀉物が地面に落ちる。
「また明日だ」
一本とってみせろと言われたが、近づく事すらもできず足を一本踏み込んだ瞬間には腹部や頭に突きを受けて終了してしまう。
師匠は倒れる私になんの助言もなく立ち去り、そしてまた次の日を迎える。すでに1週間経過した。この1週間なんの進捗がないのが己にもわかる。
悔しい、悔しい、悔しい。
褒めてもらえるほど成長したと思ったのに、全く歯が立たない。
嘔吐による生理的なものか、悔しさからか涙が浮かんだ。
「…よしっ」
ぐっと口元をぬぐい、立ち上がった。
泣いていても仕方ない。進むしかないんだ。
自分は才能も高くないし天才型ではないことは重々承知である。この一年を通して痛いほど知ったじゃないか。実直に、堅実に。ただ努力するしかないんだ。
川で口をゆすぎ、そしてそのまま川の中で胡座を組む。
師匠が言うように私の呼吸は薄い。練度不足だ。型を習得しても一つ一つの打撃が弱いと意味がない。
イメージだ、イメージが足りないんだ。
水は自由だ。何もかもをすり抜け、時には穏やかに、時には荒々しく。そして水は全ての生き物の源である。自分の身体の半分以上が水なのだ。自分の身体のように使いこなせなけばおかしいじゃないか。
目を閉じ、全集中の呼吸を繰り返す。
呼吸を細切れに使うのではなく、ずっと使えるようになれば。
毎日、雨が降ろうと雷がなろうと毎日、毎日続けた。
ガガッ
水の呼吸 参ノ型 流流舞い
だめだ、いなされた!
水の呼吸 壱ノ型 水「がぁっ!!!」
いなされたその流れで強打され私の身体は地面に叩きつけられる。
「また明日だ」
「ぐっ!」
数ヶ月経つのにやっと木刀をふりおろせる程度だ。
ぐっと地面の土を握りしめる。なんで、なんでどうして自分はこんなにも才能がないんだろう。
頑張ったじゃないか。よく、ここまでやってきたじゃないか。どうしてこんな痛い思いをしてるんだ。
「ここで諦めるか?」
そうだ諦めてもいいのかもしれない。
本心をつくその言葉に心が揺らぐ。
いつもはそのまま立ち去る師匠が、立ち止まった。
「お前は何のために今そこに這いつくばってんだ?何のために悔しがってんだ?金か?地位か?名誉か??…なんでお前が、今ここにいるか考え直せ」
「はあぁ〜〜〜」
空を仰ぐ。視界に入る腕にはたくさんの痣や傷があり、同年代の女子と比較すれば腕も足も筋肉により肥大している。
いつかはお嫁にいくんだと思っていた、あの頃に戻りたい。みんなと一緒に過ごしていたあの頃に。
戻りたい、戻れない、戻らない。
「よしっ、やる」
家族のために死に物狂いで生きる
パンっと両手で頬を叩いた。
▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽
師匠が右に避ける。そこを狙って、外す。
呼吸を整えつつ一度下り、また攻撃体制にはいる。
徐々に師匠の動きも追えるようになった。
最初は気づかなかったが、左から攻撃すると師匠の動作はごく僅かに遅れる。
一瞬にも満たない時間だが、そこを狙うしか私に勝ち目はない。
水の呼吸 弐ノ型 水車
水の呼吸 陸ノ型 ねじれ渦
なんとか左に回り込めるよう、回転と周囲から攻撃を繰り出す。
身体が柔らかく小回りが効くことに関して、己の性別に感謝している。
もっかい!
水の呼吸 陸ノ型 ねじれ渦
「!」
ザリッと師匠のつま先が乱撃により露出した石にかかる。
ほんのわずか、左半身がずれた!
いま!この瞬間に己の全速を出せ!!!
「うわああああああ!」
水の呼吸 漆ノ型 雫波紋突き!!!!
「っ、っ!っふっ、ふっ、、」
からんと音を立てて能面の右半分が落ちた。
「よく、やったな」
勝敗のことを忘れ、この時私は初めて師匠の顔を見ることになる。年は己より10以上上だろうか。
割れた白色尉から見えるのは顔の右側だけだが、隙間からも分かるほどに右額から左側にむけてに大きくえぐるような傷がある。
こちらを見る右眼は優しく細められており、罵詈雑言を吐くようには見えなかった。
肩で息をしながらその顔と、地面に落ちた半分の白色尉をみる。
そして、数秒置いて己の勝利を理解した。
「う、うわああああん!!!じじょーー!やったー!やった!私やりました!やりまじだぁ゛ぁーー」
きついつかれた頑張ったぁぁーうわあああん
「うるせぇ喚くな汚ねぇ近寄んな」
喜びで抱きつこうとする私を足蹴りするのは間違いなく、師匠だった。
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