「なぁ、虹村さん。それなに」
低い地を這うような声が耳を震わした。獣のようにギラギラと光る彼の目がなめるように私を見つめて、ゆっくりと東方常助との戦いによりできた傷がある所を探していくように滑る。自分がおびえているのがわかってしまうのに、反感するための言葉が喉がひきつり出ない。
「なぁ、どうしたの。」
先程までキッチンに立っていた筈なのに、ゆっくりと追い詰められて壁に背中をあずけてしまう。冷たい壁に、電気のつかないリビングに、青白い彼の顔が浮くように見えてもう後ろには行けないのに足を下げた。バランスがとれなくてするすると腰が落ちて行く。だめだ、座ってはいけない、立たなくては、逃げられない
「そんな、恐がんなよ…」
私より年下で、細身の、このクズな家の三男なのに、どうして私は…。上に覆い被さるようにしてじんわりと迫ってくる彼、ゆっくりと、這うように、時間をかけて恐怖を遊ばれている感じがする。白い指が頬をなぞり、身震いした。
「虹村さん…今日さ、なんで用事もないのに昼間出かけたの?買い物とかは全部終わってたはずじゃん?」
「ぁ……っ」
「大丈夫、怖がらないで、痛くはしないから…ね?」
優しい声に騙されるな、この男はこんな夜中に私を待ち伏せしていたのだ、気づいたらスタンドを出す前に壁に追いつめられていたのだから、逃げられるはずなのに…。肩越しに見えるそれはなんだろうか、くらくてよく見えない。
「大丈夫、酷いことする気はないし、父さん達にも言う気はないから…ほら、怖がらないで……」
甘い蜂蜜に砂糖を混ぜてドロドロしたものを余計に固まらせたような飴を知っているだろうか、あれはくどく甘く、苦しく感じるお菓子だ。あれを、纏うような声が落ちてくる、背筋がゾッとするような。ゆっくりと両頬を両手で包まれ、彼のあたたかな人肌が伝わる。こわい、内側からは甘い言葉で、外側からは彼の温度で浸食されるようで、こわい。
「誰に怪我させられた?勤務内の外出ぐらい気にしないけどさ、怪我してきたら別だよな。なぁ虹村さん。すぐに手当てしてあげるよ」
肩越しに見えた動物のような鋭い目が、彼の目と同じようにぎらついた。
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