視察から戻り、上着を肘掛にバサリと投げ置きクタクタの身体を硬い事務椅子に沈めると、先程まで中尉と談笑中だった大尉の目がこちらを向く。
"おかえり"だとか、はたまた"だらしない"とかいう言葉が飛んでくる事を予想していたが、彼女は段々俺の視界に入り込み、ついには目の前で止まるとその手を伸ばしてきた。

ひたり、頬に触れる自分より冷たい温度が絶妙に心地好い──・・・じゃなくて!

「ッなんすか!?!」
「アンタ熱いよ、風邪?」
「はぁ!?」

もうすっかり見慣れてしまって感覚が麻痺していたが、彼女は老若男女誰もが認めるスーパーミラクルな容姿の持ち主だ。そんな美女が眼前に迫って来て、顔を撫で繰り回し、体調を気にしてくれるなんてエデン、一生に一度あるかないかの話だというのに─・・・・!

「上司が体調を案じているというのに、返事がなってないな、ハボック?」

この男の醜い嫉妬のせいで、これじゃあ天国どころか地獄だ───!!

軍議で何を言われたのかは知らないが、朝から大層ご機嫌ナナメな大佐からの凍てついた視線が肌に刺さる。そんなの耳にも入れていない様子の大尉はといえば、今度は自分と俺の額に手を当て熱を測り始めた。さらに深くなる大佐の眉間の皺。
頼むから病人をいたわってくれ。

「そ、そういうばちょっとダルいかも知れないっすね・・・あはは」
「医務室行く?無理ならあがんなよ」
「いえ、そこまでは・・・」

大尉がいつも部下に甘いわけではない。この人が優しくするのは士気を下げない為であったり、作業能率が低下した時のフォローだったり理由がある。っていうのも、全部中尉から聞いた話の受け売りだけど。

推測するに、明日はブレダとフュリーが非番で俺が来れないとなると仕事が詰まるので、早めに引き継ぎを受けたい・・・といったとこか。
そうなると大尉に負担がかかるだけだ。もうすぐ三時になる時計と、デスクの上の散乱した書類を交互に見て本日の残業を覚悟し、気怠い体に活を入れて立ち上がった。

「じゃあ・・・お言葉に甘えて仮眠だけ・・・」
「ハボック」
「はい?」
「休むなら仕事は私に引き継げ」

その言葉に俺だけでなくその場にいた全員が手を止めて彼を見た。いつもなら大尉か、もしくは中尉が言うような台詞を、まさかあの大佐が。
目を丸くして思わず「どうしたんすか」なんて失礼な言葉を口走る。大佐はサラサラ書面にサインしながら、さも当たり前のように言った。

「大尉は明日、大事なご予定があるから残業は出来ないそうでね。私が今日中に片付けるよ。」

大尉はその言葉を聞くなりなんの躊躇いもなく舌打ちをかますので、あぁ、と腑に落ちた一同はまた仕事に戻り、デートのボイコットの為に家に帰らされる所だった俺はとぼとぼ医務室へ向かうのだった。


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