「・・・なんだか最近、減りましたね」
「何がだね?」
「大佐宛ての一般回線からのお電話とお手紙です」

中尉はそう言ってコーヒーと少しの封筒をデスクに置いた。ついこの間まで、腕から溢れんばかりの上質な純白の封筒達を抱えて眉間に皺を寄せていた彼女の顔が見違えるように穏やかだ。渡される手紙はどれも仕事か身内からの物ばかり、香水がぷんぷん匂うようなのはもう無い。

「ミョウジ大尉のおかげでしょうか」
「分かっているのに聞くかね?」
「・・・・・いえ、失礼しました」
「"意外と素直だな"って顔に書いてあるぞ」

二人の間にふっと笑いが零れた時、執務室の扉がガチャリと開く。ナマエは大きめの茶封筒に入った紙に目を落としながら自席に着いたかと思えば、それをそのままくず入れにスローインした。

「保険の勧誘?」

何も無かったようにペンを握るナマエに向かって中尉が声を掛ける。その言葉に顔を上げた彼女は"ノー"の意味なのか舌をべっと出して言う。

「それよりもっと見る価値のないヤツ」

見る?と一旦は棄てられたそれをペラリとつまみ上げ中尉に渡す。そのリアクションからして中身を見なくても予想が着いた。
彼女は私に負けず劣らずモテる。

「なかなか素敵な文章を書く人ね」
「えぇ〜?こんな自己陶酔しきったポエム、二百年前の貴族じゃないんだし」
「そうね。詩集か、脚本だと思えば読めるわ」
「私は出版社でも配給会社でもないですぅ」
「いいじゃないか、手紙は古き良き慣習だよ。人によっては、目で見るより気持ちが浮き彫りになる───違うかな?」

二人の会話に割って入り、引き出しから取り出した一枚の葉書をぺらりと顔の高さまで掲げると、げっ、とカエルが踏まれたような、まあ可愛げのない声が発せられた。

「こんな便りを貰ったら、他の女性からは受け取れなくなると思わないかね?中尉」
「えっ?」
「ちょっ・・・!ちょちょちょタンマ!は?なんでそんなの持ってんの?」
「君が送ったんだろう」
「そうやって私をおちょくるために取っておいたんじゃないでしょうね」
「人聞きの悪い。まあ、丹精込めて書かれた手紙をすぐゴミに放るような情緒の無い人間にはわからんだろうが」
「情緒の話してるんじゃないわよ。卵アレルギーだって言ってる人にスクランブルエッグ出す家政婦がいたらクビでしょ?」

やんや言い合っているうちに執務室には休憩を取り終えたファルマン、ハボックが戻って来ていた。
「何やってんすか」と遠巻きに中尉に訊ねるハボックに、もちろん冗談でだが葉書をくれてやろうとした時、手首をグイッと強い力で取り押さえられた。デスク越しに迫るナマエの顔は、息がかかるほど近い。

「ちょっと──!本当にやめてってば、ロイ」

眉をひそめ、ほんの少しばかり紅潮している頬。弱った様な、私にだけ聞こえるくらいの声音。
これだけ長い事付き合っていると、嫌でも分かってしまう。これも彼女の策略の内だと。こうすれば私が黙って葉書を引き出しに仕舞うことを分かっていてやっているのだと。

まあ、まんまと仕舞ってしまうわけだが。

「これに懲りたら、君も中世の紳士からラブレターなんぞ受け取らない事だな。」

ブスッと不機嫌そうなナマエと、久し振りの彼女との舌戦に満足した私を見比べた中尉が、呆れ返った溜め息をつき「・・・ヤキモチも程々にしてください」と零したのだった。


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