市街の巡察帰り、軍用車のフロントドアに寄っかかり一服しているとふと見覚えのある背中が見えた。普通に街を歩くだけですれ違う人が振り返る程の美貌って、なかなか無いと思う。

花屋の店員が大尉に声を掛けたのを見て、起こしかけた身体を再び車に預けた。一言、二言交わしてすぐにまた歩き始めたので、もしかしたら急いでいるのかもしれない。話し掛けるのはやめて、明日の話のネタにでも取っておくか・・・と煙草を爪先で踏み付けた時、路地裏からタイミングを見計らったように出てきたフードの男が、スタスタ迷いの無い足取りで彼女の真後ろを歩く。少しずつ距離が詰まり、パーカーのポケットに手を突っ込んだ男。

待て待てこれ、ヤバいんじゃ──!

「大尉!!後ろっ・・・」

俺の声は間違いなく届いていなかったと思う。というのも、大尉が振り返ったのと俺が叫んだのがほぼ同時だったからだ。

「何する!離せッ!!!」
「・・・っ、遅かったか」

咄嗟に駆け出し男の右腕を後ろに捻り上げたが、大尉の手にはしっかりバタフライナイフが握られていた。石畳の歩道に、赤黒い血が規則的に落ちては滲む。

「私が何をしたって言うんだ!これは事故だ、彼女が握ったんだ!そうだよ、彼女が私からそれを奪い取ろうとして」
「ちょっと黙ってろっつう──の!」
「ッがァ!?」

腕を掴んだまま体重をかけ地面に胸を打ち付けてやると、倒れ込んだ衝撃で顔を強打したらしい。痛みで悶絶してようやく黙ったストーカー男に手錠をかけようとすると、ジリッ、と彼女の足元から錬成反応が。男は地面に固く縛り付けられた。ご丁寧に口も塞がれている。

「連絡入れた、すぐ憲兵が来るわ」

どうやらさっきの花屋の店員に連絡を指示したらしい、エプロン姿の女性が慌てた様子で店に駆け込む後ろ姿が見て取れた。

それにしたって、背後から命を狙われた直後とは思えない冷静さだ。手首から人差し指の付け根あたりまで、一直線に出来た傷を一瞥しハンカチを口で縛る姿は、あまりにも似合わない。

「あー、利き手じゃなくて良かった」
「良かったじゃねぇよ!」

咄嗟に飛び出た言葉に自分でも驚いた。あまりに突然こみ上げてきた怒りに呼吸が少し荒くなる。ミョウジ大尉も目を丸くしていて、この人のこんな顔は初めて見たかもしれない。
呼吸を整えるように大きく息を吸い込み、ふぅっと肺を空っぽにする様に長く吐き出す。ついでに、このモヤッとした気持ちも全部。

「・・・・・危なっかしいんすよアンタは。そうやってわざと自分を傷付けるような真似、もうやめてください」

いつもそうだ。現場での大尉はまるで自分から身を投げているような、全く生への執着を感じられなくて。その癖、他人のピンチには誰よりも早く対応するのだからタチが悪い。

「よく見てんじゃん」

夕陽を背に微笑む大尉は、悔しいけどめちゃくちゃ格好よかった。いつも読めないのに、こんな時に分かりやすく嬉しそうにするなんて、かなり卑怯だ。
──なんて見とれていないで、さっさと病院に連れてって大将に報告入れないと、減給処分喰らうな。と、新しい煙草に火をつけるのだった。


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