騒がしい食堂はあまり好きでは無い。昼食はもっぱら付近の喫茶店まで足を伸ばす方だ。ロビーまではロイと一緒の事が多くて、なんでも"ランチデート"なのだとか。というのも、ハボックやブレダから聞いた話で、本人の口からは一度も聞い事ないのだが。

「この時間は人が少なくていいな」

今日は午前中の仕事が延び切りロイと食堂へ。飲食スペースには四、五人程度が黙々と昼食をとっていて、喋り声は殆どしない。厨房の水道の音や食器が重なる音だけが静かに響いている。なかなかに落ち着く空間だ。

同じカレーをトレイに乗せ対面に座ったロイが、真面目な顔して「キャサリンとデート」だとか「エマの飼い猫が」と女性関係の話を始めるので私は相槌も打たずに耳を傾ける。彼がやる暗号式の会話はややこしいから苦手なのだ。
どうやら、グラマン中将から連絡があり近い内に東部に行くようだ。彼が直々に出向くということは何かありそうだ。

「──聞いてるか?」
「だいたい分かった。ところで"ランチデート"は今日はよかったの?相手に連絡した?」
「ッ!ゲホッ!・・・・誰から聞いた」
「誰からって、アンタが皆に言ってるんでしょ?ランチデート行ってきますって。」

紙ナプキンで口を拭うと目を細め、怪訝そうな顔をこちらに向ける。目だけで『何?』と返すとそのとぼけた顔を見てハァ、と深く溜め息を零した。

「訂正しよう。デートではなく情報収集だ。」
「ついでにデート?」

面白がって彼の顔を覗き込むが、カレー皿をじっと見て黙々と食べ進めるので目は全く合わない。小さい男の子が親に嘘をつくみたいな構図に、沸々と笑いが込み上げてくる。

「・・・・してない」
「してるんだ」

ようやく目線を上げた彼は、面倒くさそうな半開きの目を向けて来たものの、私がニコニコ笑っているのを見るなりパチリと目を見開いた。

この顔には見覚えがある。確か私とリザが射撃場にあるベンチで昔話に花を咲かせ涙が出るほど笑い転げていた時も、通りがけにこんな顔をしていた。・・・その時、若い頃のロイのモノマネで盛り上がっていた事は彼は知らない。

「・・・少しは妬いてくれたかと思ったら、随分楽しそうなんだな」
「妬く?そうじゃなくて、情報収集の一環ならサボっていいんだ〜いい事聞いたな〜と思っただけ」

私が同じ事やっても情報収集ならオッケーなんだよね?と挑発するなり、彼はやっとカレーを掬う手を止めて少し考えると、水を一口含んでから答えた。

「随分、後輩思いなんだな」
「別に普通でしょ。下が上に文句がない職場が一番だと思ってる。"デート"も程々にね。」
「君にそう言われたら仕方ないな」

その言葉を聞き少しだけ胸を撫で下ろした。これで、デートとかこつけて戻って来ない上司への不満でピリピリする休憩終わりの職場のムードが、少しは緩和されるといいわけだが・・・・。

サラダにフォークを突き立てながら頼むぞプレイボーイ、と願うと唐突に唇に手が伸びて来て、口の端を拭うように親指が動く。ドレッシングでもついていたのか。
彼が、誰の目があるか分からない所でこういう事をするのは初めてで、思わず目を丸くする。

「──笑ってた方が可愛いな」

その翌日から、休憩時間の五分前に戻って来るようになったロイを不気味そうに扱うリザが面白くて一週間は笑いが絶えなかった所、彼から『笑うな』と怒りを買う羽目になるのだった。


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