「配達でーす」

玄関を開けると傘を差したナマエがケーキの箱を突き出して立っていた。鼻の頭も頬も真っ赤っかで、吐息は白い。びゅうっと吹き込んで来た冷気に思わずその腕を引いてドアを閉めると、「ちょっと」と不服そうな声が。

「受け取ってくれればいいのに」
「差出人の名前も無い荷物を易々と受け取れるか。とにかく上がれ、話はまずその手の霜焼けをどうにかしてからだ。」
「わかったわかった」

箱を受け取ったのとは逆の手で、赤く腫れた場所に触れないよう彼女の手首をそっと握る。
そういえば、さっき聞いていた天気予報で大雪注意報がどうとか言っていたような。そんな日にご丁寧にケーキって何だ、喜びたくても喜び切れない。

浅いボウルに熱めのお湯を張りリビングに戻ると、さっきまで大人しくソファに座っていたはずのナマエがドアのすぐ目の前に立ち塞がっていた。苛ついているような、困っているような。その顔は相変わらず何を考えているか読めない。

「ロイってさ、前からそんなに心配性だった?」
「君が柄にもない事するからだよ。ほら、座る」

ダイニングテーブルにボウルを置き椅子を引くと観念した様に腰掛けたナマエ。
なんの脈絡もないケーキに、中途半端な防寒はそう長く外出する予定ではなかったからか。推測するに、道すがら偶然誰かに受け渡しでも頼まれたのだろう。それで、案の定私に絡まれて不満だとか・・・・。

「それ!早く開けようよ」
「えっ?」

かじかんだ指をお湯に浸した彼女が、思い出したようにぱっと子供みたいに瞳を輝かせるので途端に拍子抜けしてしまった。どうやらまた、読みがハズレたらしい。このご機嫌斜めの原因は、私ではなく寒さのせいなのかもしれない。

色々考えながらもおもむろに箱を開けると、ふわっと鼻を掠めるりんごとパイ生地の香り。そして取ってつけたようなチョコレートプレートには、ナマエが書いたにしては拙い文字で『またあそびにきてね』と書かれている。

「なるほど、ヒューズの所か」
「そう、たまたま近くに用事があったから行ってみたらエリシアちゃんに『お姉ちゃんもいっしょにつくろ!』って。もうあんなにお喋り出来るようになったのね・・・天使だったぁ・・・」

顔をほころばせながらお湯から手を出しグッ、パッと指の稼動を確かめ始めたのでタオルを差し出す。どさくさに紛れて対面から隣へ移動したが、手を拭う横顔はぴくりとも変わらない。嬉しいのやら悲しいのやら。

「で?俺と一緒に食べてと頼まれて律儀に持って来てくれたってわけか」
「ご名答。でもこの寒波の中は心折れた・・・」
「ご苦労だったな」

まだ冷たい髪を撫で、そのまま手を滑らせ口元のマフラーに指を掛ける。クイッとそれを下ろすと露わになった唇に、自分の唇を重ねるとやっと目を合わせたナマエが、「食べないの?」と分かり切った質問をしてくる。

「その前に、ナマエを暖めるのが先だろ」
「・・・・じゃあお言葉に甘えて」
「───!!」

ぎゅっと腰に回された腕に一瞬頭が真っ白になった。首元には彼女の顔が埋められ、耳にかかる息が焦れったい。・・・・本当に、今日は柄にもない事ばかり。

いつもの彼女なら、きっとパイをたらふく食べ、私の誘惑なんてするりと躱して、何も無かった顔して帰って行くというのに。どちらに転んでもナマエの方が一枚上手なのが悔しいところだが。

「・・・・・ナマエ、こっち向いて」

そう言ってわざとリップ音を鳴らしながら首や耳にキスを落とす。きゅ、と背中に回された手が服を握りしめるわずかな感触に我慢ならず、抱き締め返した手を背中から腰へ、なぞる様に伸ばす──と突然、呆気なく引き剥がされる身体。

「はい、おしまい」
「・・・・まだ何も始まってないが」
「もう十分暖まったから。どうもね。」

この高揚を、どうしろと。
そそくさコートを脱ぎアップルパイをカットし始めるナマエにどうやったって、何を言ったって勝てる気がしなくて黙ってパイをかじった。

つまりは、腹が減って不機嫌だったという事か。

とりあえずは幼い天使の名采配に感謝をしつつ、美味しそうにパイを頬張るナマエの笑顔を拝めただけマシかな、とその横顔を眺めるのだった。


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