その要人が『美人が苦手』であるという話は東方にいた頃からかなり有名で、彼とまともに会話した事のある女性は稀だ。対して若手の男性職員からの評判はすこぶる悪い。とにかくワガママで、横暴な人なんだとか。

彼の北方司令部視察への護衛に白羽の矢が立ったのは、私とナマエ。正直、話を聞いた時真っ先に彼女の口から『行ってみたい』と出て来た事には驚いた。

けど、今となっては理解出来る。通常の倍、仕事を溜め込んだ大佐が鳴らない電話をしきりに見つめては隙をついてサボる。そんな日が早三日経過している。
きっと今頃、誰の目も気にせず任務という名の旅行を楽しんでいるだろう。

「やぁー暑っついすねぇ、今日なんかはノースシティの方が過ごしやすそうだわ」
「そういえば、ミョウジ大尉はもう向こうに着いている頃ですかね。報告が無いですけど・・・」

ファルマンは言ってから『あっ』という顔で大佐のデスクを恐る恐る覗き見る。何も無いようにサラサラと筆を執る彼だが、多分心はここに在らずだ。昨日あの書類に目を通したらスペルミスだらけだったのを私は知っている。

私は呆れて、ハボックとファルマンは会話に気付かれていなかった事に安堵して、「はぁ・・・」とお互いに溜め息を吐く。するとようやく顔を上げた大佐が私達を見て顔を顰めたその時、今日初めて電話が鳴る。

「ロイ・マスタングだ。──あぁ、繋いでくれ。」

電話の主がナマエで無い事はその口ぶりからして明白だ。これももう何度も目にした光景で、もう彼自身も電話にはあまり期待していないようだ。

──しかしこれには、執務室に居た全員が声を上げて驚いた。バン、と突然開いたドアの向こうに立っていたのは、土産袋を抱えたナマエだった。

「ただいまー」

変わらない呑気な声にほっとする。大佐はと言えば、表情までは崩さないものの「・・・かけ直す」と言って早々に電話を切ってしまったようだ。

「大尉・・・!おかえりなさい!」
「どうしたんすか!随分早かったんすね!」
「行きだけでいいよって言われたから。向こうにスンゲー美人が居たから、多分帰りはその人が付くんじゃないかな」
「でっ、それは俺達に・・・・・?」
「ん?ああそうそう、これ美味しかったからみんなで食べようと思って」

ブレダが真っ先に取り出した箱の中には、光沢が美しいフロランタンが。他にもお酒に合いそうなナッツや有名なブランド物の紅茶が次々に出て来て、「おーっ!」と歓声が上がる中、ひとつ別包装になった袋を取り上げる。

「ナマエ、これは?」
「あ、それはロイの」
「えっ?」

正直、彼女がこんなにお土産を買ってきただけでも驚いているというのに、まさか大佐にだけ個別に買うだなんて事、完全に予想外だった。なんだかんだ、愛着あるのかな。なんて思って袋を破く彼女を眺めていると、出てきたのはシロクマのパペット。
・・・前言撤回、嫌がらせだ。

「なんかロイに似てない?」
「・・・・大尉、お土産のご披露の前に上官の私に何か言う事は無いのかね」
「見れば分かるでしょ、戻りました」
「あのなぁ・・・」

腕組みをしトントンと指で貧乏揺すりをする様子はかなり不機嫌そうだが、なんだかんだ言ってナマエを見据える瞳は優しく、どこか安堵しているようにも見えた。
そんな彼をじっと見た後、彼女は手に嵌めたパペットを大佐の顔に近付け、頬に押し付けた。

随分可愛らしいキスだこと。

「そんなもんじゃ足りないな」
「物好きだね。じゃあはい、ほれほれほれちゅー」
「むがっ・・・・、そうじゃない!」

「大尉も食べましょうよ」と声が掛かると、パペットをパクパクさせながら「はーい」と気の抜けた返事をするナマエ。みんなの元へ戻る時、大佐の方を振り返り『あとでね』と音には出さずに口を動かす彼女は彼女なりに、寂しかったのかもしれない。


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