「よぉ、誰かと思ったらナマエか!」
「お邪魔してまーす」

ソファの上にはナマエがいつも着ているシャツとスラックスが綺麗に畳まれていて、本人はと言うと姿見をじっと観察しては首をかしげていた。

レトロな丸襟が女性らしい、紺色のシャツワンピースに、黄味がかったベージュの華奢な革ベルトで着飾っている姿は確かに、なんだか違和感がある。彼女らしくない格好だ。・・・まあ、何着たって美人な事には変わりないわけだが。

「あら、早かったのね。おかえりなさい。ナマエちゃんの着せ替えがつい楽しくなっちゃって」
「こんな服持ってたか?」
「この前実家から送られてきたの。昔はよく着てたけど・・・・ね?あんまり似合うから折角だしあげちゃおうと思って」
「えっ?」

グレイシアはそう言ってニッコリ、満面の笑みを彼女に向けた。驚くナマエを余所に、どこからか取り出して来たらしい紙袋に有無を言わさず着てきた服を詰め込むとそれをナマエに強引に持たせた。反論する隙もないまま、さらに畳み掛ける。

「ほら!時間、時間!」
「・・・時間?」

ナマエの肩を押して玄関へ誘導するグレイシアにこっそり耳打ちすると、「・・・・ロイさんの所に用があるんですって」とイタズラっぽく口角を上げる彼女の、楽しそうなこと。ナマエ相手にここまでやる俺の妻も相変わらずお見事なもんだ。

楽しんで来いよ!と、二人で半ば追い出す様に見送ると、不貞腐れた顔をしたナマエが振り向きざまに、「覚えてろよ」と捨て台詞を吐くのだった。



「・・・・・デートのお誘いかな」
「残念。これ、マダムから預かって来た」
「・・・それだけ?」
「そ、じゃあまた明日」
「まあ、ゆっくりしていくといい」
「っちょ・・・!!」

腕を引く力が想像の三倍は強くて、よろめく様に彼の家へインする。バタンと玄関のドアが閉まると同時に、茶封筒をシューズボックスの上に置いたロイの両手が肩に置かれる。
彼の目線が爪先から頭のてっぺんまで舐めるように何度も行き来するが、その表情は不満げだ。

まあ確かにこんなフェミニンな装い似合わないのは百も承知だが、いざ言葉を失っているところを真正面から見せられると心が痛む。

「言っとくけど、ヒューズの奥さんの趣味だから。服に罪は無いんだからそんな顔しないでよね。」
「あぁ、成程。それならいい。」
「へ?」

耳朶を擦る指先の感触に反射的に肩を竦めると、すかさず塞がれた唇。何度も角度を変えて、たまに離れて、薄目を開けると色っぽい顔したロイの目と目が合って、また目蓋を閉じて。

『それならいい』──もしかして、私が粧し込んだ理由が自分じゃない人と会う為で無いならいいと。そういう事だろうか。

「──このまましたいな」
「ちょっとロイ!」
「似合ってるよ、ナマエ。綺麗だ。」

「うそつけ」

似合ってるわけないじゃん。
何となく口をついて出た言葉は、思いの外不機嫌そうな声音になってしまって。
聞き逃さなかったロイの動きがふと止まったかと思えば、顔を上げた瞬間、噛み付くようなキスをされた。

「んっ、待っ・・・・・!」
「・・・そんな風に照れるのは、卑怯だな」

鎖骨の辺りをなぞる指先に背筋がぞわぞわする。背中の板一枚挟んだ向こう側はすぐ外だ。声が漏れないように口をきつく結ぶと、それを許さない様に唇が重ねられる。

指が首に、耳裏に、後頭部に。這う順番が完全に自分を知られているようで妙に恥ずかしかった。

「わかるまで、いくらでも言うよ」

「わかったわかった、超美しい私がこの世で一番美しいしこの服を着こなせる。絶ッ世の美女。」
「──まずその可愛くない口を塞いでやろう。」


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