「あの人、誰?」

ようやくあり付けた昼飯のサンドウィッチを口いっぱいに頬張りながら、表に停っている車を指差した。
顔までは確認出来ないが、明らかにホークアイ中尉とは違うシルエットの女性が助手席に座っているのが見て取れる。まず中尉だったら、車の窓に肘を掛けて頬杖を着くような事はしないだろう。

対面に座る大佐は、俺の行儀の悪さが気に入らないのか、はたまた質問内容に不満があるのか難しい顔してコーヒーを啜った。アルは窓の外をチラチラ気にしながらも、まずは俺に向かって言う。

「兄さん、喋るか食べるかどっちかにして!」
「全くだな」
「んむ・・・ッ。で?あんな人見た事ないんだけど」
「相変わらず態度だけは一人前だな。人に聞かんで挨拶にでも行って来るといい」
「あぁ?・・・もしかして、偉い人?」
「というよりまぁ、ちょっとした"有名人"だな。それとも何か?挨拶も教えてもらわんとまともに出来ないのかね、鋼の」
「なっ!人の名前聞いたくらいで・・・!!」
「なんか、大佐が言い渋るの珍しいですね」

ポツリと弟が零した言葉にも、何食わぬ顔をして無視を決め込む。──確かに、落ち着いて考えてみればいつも飄々とした面して構えてる大佐も、この話題ばかしはちょっと刺々しいというか、不機嫌というか、やけに攻撃的だ。自分の口から紹介しないのにも、何か理由が?

これは、意外な弱点・・・!?

「やぁ〜〜まあそうだなアル、俺達も立派な大人だ挨拶くらい出来ねぇとなぁ!」
「そうだね!大佐の言う通り、ちょっと僕達あの方に顔だけでも見せて来ます!」

と、兄弟揃って意気揚々その場を立ち上がろうと引いた椅子の背をガッ!と掴み止めたのは、知らない女性。軍服には大尉の階級章が輝いている。
まるで初めて恐竜を見た子供のような、好奇心で爛々と光る目で、俺とアルをなかなかの至近距離で交互に見詰めるので思わず顔が火照る。
なんだこの、絵に描いた様な美人は。

「もしかして、君が"鋼の"?」

その第一声に思わず「えっ」と声が出た。アルも驚いた様子で彼女の顔を見上げる。多分、ちゃんと俺の方を見てその台詞を言ったのは、この人が初めてだ。

「初めまして。私はナマエ・ミョウジ。一応そこの人の部下だから、以後宜しく」
「一応は余計だ」
「"そこの人"・・・」
「"そこの人"・・・」
「聞こえてるぞ」
「で?お名前は?」

なんてやり取りをしながらも大佐は空いていた席から自分の上着を取り、そこにタイミング良くミョウジ大尉が腰掛ける。
「エドワード・エルリックだ。こっちが弟の・・・」
「アルフォンスです」
俺達が名乗っている間にも、顔をこちらへ向けたまま車のキーを取り出し、その手をふいっと軽く傾けただけで大佐が手を差し出し、チャリとその手の平に吸い込まれる様にキーが落ちた。

このテンポの良さは、アレだ、どっかで見た事あると思ったら──。
師匠のとこでよく見る光景だ。

「エドガー・パブリックとアントニオ君。良い名前じゃない、なんか強そうだし」
「覚える気ねぇだろアンタ!!!」
「おぉ、爽快なツッコミ」
「ナマエ、そこらへんにしとけ。話はいいか?これから寄る所があってな」
「え、どこ?」

ようやく大佐の方へ向いた彼女の視線を少し鬱陶しそうにした様子で溜め息をつくと、「例のモーテルだ、視察も兼ねてな」とコーヒー代をテーブルに置き上着を羽織る。

「じゃあ私はエルヴィス・プレスリーと愉快な仲間達の聴取してるから、あとはロイが宜しく」
「エドワードだ!っつうの!!」
「ひゅう〜、いいリアクション」
「褒めんな!!!」
「あっはははは!」

大尉が俺を指差して朗らかな笑い声を上げたその瞬間、もうそりゃあ渋い顔した大佐が負のオーラを全身に纏って彼女の背中越しに威嚇してくるので、思わず凍りついた俺達は、不思議そうなミョウジ大尉を余所に逃げる様に店から退散した。

「・・・大佐の事、名前で呼ぶんだね」
「そういえば大佐もナマエって呼んでたな」

サンドウィッチを食い逃した事をガッカリしながら道を歩いていると、ふとアルがそう言うので、思わず顔を見合わせて来た道を振り返る。
──そこには車の前で何故か鼻を摘まれている大佐と屈託なく笑う大尉の姿があった。


|