薄紫のロングカーディガンを鏡で合わせながら、イマイチといった表情でそれを戻したナマエと目が合った時、訊ねられる前につい口が開いた。

「ふたりが名前で呼び合うの、昔からよね」

ナマエは『えっ?』と、声は出なくともそんな感じの顔をして、若干上の空で今度は黒のカットソーを手に取った。我ながら突拍子も無い質問で、ポーカーフェイスがお得意の彼女も流石に驚いているようだった。ウーンと渋い顔して暫く唸った後、言葉を選ぶように途切れ途切れ言う。

「昔から、ていうか・・・最初から・・・というか」

カットソーを自分に合わせそう呟いたナマエは、次は値札を見てそっとそれを元に戻した。思わず苦笑いが零れる。
手持ち無沙汰になり私も服を物色し始めると、カチャ、カチャとハンガーが当たる音がその場に響いた。沈黙を破ったのはナマエの方からだ。

「初めは名前なんて知らなかったよ。いつの間にか横にいて戦っててさ、『ねえ』とか『オイ』とか呼んでた」

ふと彼女の横顔を見たが、またいつもの何を考えているか分からない表情に戻っていた。声音は非常に穏やかで、思えば、彼女とイシュヴァール殲滅戦の話をするのは数年振りだった。

「で、お互い名乗りもしないで二日くらい同じ部隊として共闘してたんだけど、ある時彼の部下に散々当たり散らかされてさ。女の癖にしゃしゃり出るなって」

──それに対して私が『戦場に身分は関係無い、アンタらに指図される覚えは無い』って反発したら、ロイに名前を聞かれて。

『名前は?』
『・・・・・・ナマエ』
『私はロイ、改めて宜しく』
『・・・どーも』
『・・・ナマエ。明日も援護を頼みたい、着いて来れるか?』

「あの頃に"ナマエです"って名乗って嫌な顔されなかったの、ロイくらいだわ」なんて冗談めかしてへらりと笑ったナマエの顔をぼんやり見詰めていると、数年前のとある記憶が蘇って来た。

それは、彼女が中央に着任した日。何故、中尉の私が補佐官続投なのか訊ねた時、大佐は少しも言い淀まかなった。

『彼女は私の部下じゃないからな』と。

数年越しにようやく腑に落ちた。出会った瞬間から二人の間に順位も肩書きもなかったという事なのだろう。

「ところでこれ、リザに似合ってるね」

些か強引に話題転換した彼女は、淡いピンクのブラウスを私の体に宛てがった。右肩を身体を回すように引っ張られると、正面には姿見。鏡越しに目が合ったナマエは不敵な笑みを浮かべている。

「うん、綺麗だね」

目指す先も、戦法も、思考も、趣味も好みも、何においてもまるで違う二人だが・・・「そういうところ、被るのよね・・・」なんて溜め息混じりに言葉を零すと、聞こえないフリしたナマエがにこりと愛想笑いする。そういうとこまで、本当そっくりなんだから。


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