「あっ!ミョウジ大尉も見てください!ほら、こんな立派な子ここら辺じゃまず見られないですよ!」

いつになく輝かしい笑顔のフュリーが右手で摘み上げているのは、カブトムシの成虫。ブブブブブと重厚な羽音を立てて逃げようとするその姿を三秒見るなり、バタン!!!と豪快に閉まった執務室の扉。大尉の姿は、跡形もなく消えた。

「・・・・・・大尉?」

目を点にしてぽかんと立ち尽くすフュリーの手から問題のカブトムシ君を盗み取り呟く。

「虫、苦手なんすかね」

女性で虫嫌いなんて五万といるだろうが、まさか俺が人生で出会った中ではトップスリーに入るほど逞しい女性が、たかだか角一本生えた程度の昆虫にビビるとは。俺も犬ばっかりは苦手だが、こいつには牙も無い。どこが怖いんだか。

なんて、色々言ったがあのリアクションはむしろ人間味が湧いて好印象だ。

「私も初耳よ」
「なんか意外っつうか」
「あ、ブレダ少尉、羽が傷つくので角を持って上げてください・・・・」
「ハヤテ号といい、お前は生き物好きだなぁ」
「はい!あの、中尉は平気ですか?」
「ええ。でも可愛げは無いわね」

中尉がバッサリ吐き捨てた直後、ギイッと音がして徐ろに執務室の扉が開かれた。大尉かと思い振り返れば、先頭には大変深刻そうな顔をしたウチのボスと、その後ろに隠れる様に縮こまっているミョウジ大尉が。
なんだか嫌な予感がし、俺は慌ててフュリーに例のカブトムシをパスした。

「職場にカブトムシを持ち込んだらしいな、一体どこのどいつだ?」

カツカツとフュリーの目の前まで歩み寄った大佐の顔は非常に険しいが、その左手はしっかり彼女の手を握っていて、何かがおかしい。
フュリーはその手が見えていないのか、しゅんとしてカブトムシを差し出す。するとまたもやブブブブブと鈍い音を立て抵抗するカブトムシに、大尉がビクッと肩を揺らし両手で彼の手をぎゅっと握り締めた。そしてあからさまに口角が綻ぶ大佐。

あぁ、成程。と中尉と俺の頭の中はきっとシンクロしたに違いない。

「僕です、すみませんでし・・・」
「良くやった!!!」

興奮気味にフュリーの手を握った大佐の後頭部にゴッ!と強烈な鉄拳が入る。これはコブになるやつだな。
すると、ようやく背後の大尉に気付いたらしいフュリーが「ごめんなさい!」と慌ててカブトムシを見えないように両手で包み込み、開けた窓から空に放った。

「ん、こちらこそごめんね、フュリー」
「大尉・・・!あの、僕」
「いいからまずその手を洗ってこようね」
「・・・・・・ハ、ハイ」

ミョウジ大尉の意外な一面が見れたその日から数日経ったある日、大佐が電話口で、「ヒューズ、今度来る時はバッタでも連れて来い」と真剣な声音で言うのを聞いて、どうしようもないやつだなと頭を抱えるのだった。


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