「ん〜〜〜!」と、目をきゅっと瞑り、ほっぺたをパンパンに膨らませて、幸せそうに眉を垂らす。

この表情がミョウジ大尉のものだなんて、とても思えない。誰かと頭でもぶつけて中の人格が入れ替わったんじゃないかとか、真剣に考えてしまうくらいだ。中尉に怒られ散らかり切ったデスクを整理していたフュリーも、ちょっと頬を赤らめてこちらを覗き見している。

事は数十分前。廊下ですれ違ったヒューズ中佐に『面白そうだからやるよ』と、気紛れに渡された拳一つ分くらいの小さなケーキボックス。それを執務室に持ち込むなり、箱も開けてないうちに大尉の手中に収まってしまったわけだが、こんな激レアな顔見られたなら、菓子のひとつやふたつ食べ損ねたところでどうだっていいだろう。

「ウマいんすか?それ」
「・・・・あげないよ」

唇をむっと噛んでボックスを引き寄せる仕草は、ちょっとアレだ心臓に悪い。その顔を向けられていないフュリーが耳まで真っ赤にする程だ。
──ここにウチのボスが居合わせていないことに心底ほっとしながら、もちもちした透明な何かをパクパク頬張る彼女の隣に座る。

ケーキボックスの中に挟まっていた説明書きを手に取ると、そこには『メイカ、ミズマンジュウ』と聞いたことも無い単語が書かれている。ごっくん、あっという間に三つ目を平らげたミョウジ大尉がいつもの調子で口を開いた。無邪気な子供のような笑顔もかなり捨て難いが、正直こっちの方が落ち着く。

「水まんじゅう、知らない?」
「いやぁ〜・・・自分は。フュリーは?」
「いえ、僕も初めて聞きました」
「私もどこの国の名物かは知らないんだけど、なんでかヒューズがよく買ってくるのよね」
「多分それ、ミョウジ大尉の為・・・」

フュリーがそう言いかけ、俺の視線が飛んでくるなりゴニョゴニョと言葉を誤魔化した。
まあ言いたい事は分かる。『面白そうだから』と言って俺に渡すくらいなのだから、中佐も珍しいもの見たさで餌付けしているに違いない。

だが、しかし。それを知ったらミョウジ大尉は百パーセント水まんじゅうとやらに興味を示さなくなるに違いない。否、興味はあれど人前ではまず食べないだろう。

つまり、最後のひとつを両手で摘んで、「ふふふ」と笑いを零しながら美味しそうに食べるこの大天使に二度と相見える事がなくなるということだ。

──そんなことあってたまるか!フュリーは俺の目を見てコクコクと深く頷いた。伝わったのか、伝わっていないのかは定かでは無いが空気は読んでくれたみたいだ。

「ハボック、おつかいご苦労様!」
「いやそれ俺が貰ったんすからね!?」

「じゃあ今度はふたつ貰ってきてよ。んで一緒に食べようか、ね?」

幾分機嫌が良さそうな、弾んだ声でそう言うとほんの一瞬ニコリと微笑みかけるのだから、あぁ成程、こりゃ大佐も大変だわと同情の念さえ抱いてしまった。

また別の日、ふと報告書をチェックする大佐に「水まんじゅうって、知ってます?」と聞くと、黙り込む大佐。張り詰める空気。

「あぁ勿論、よく知ってるよ。」

あ、ヤバい地雷踏んだと気付いた時にはとっくに手遅れで、悪魔のような笑みを浮かべながら突き返された報告書を震える手で握り席に座ると、それと同時に離席した大佐の手がポンと恐ろしい程に優しく肩に重ねられ、「──ハボック、打草驚蛇という言葉を知ってるかね?」と頭上から抑揚の無い声が降ってくるのだった。




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