「あ、ちょっと待って」

応接用のソファに仰向けになり放り出していた左手で、執務室を出ようと立ち上がったヒューズの上着の裾をギュッと掴む。
ちょっと後ろに仰け反ったヒューズはポカンとした顔で振り返ると、「どうした?」と言って私の目線までしゃがみ込んだ。逆さまの彼の顔が視界を覆う。

「例の件、考えたんだけどやっぱ遠慮しとく」
「ああ、懇親会の件か。まあナマエならそう言うだろうと思って断っておいたぜ。むしろ即答じゃないだけビックリ」
「あのねぇ、そこまで薄情じゃありま・・・せん!」
「痛ッ!おぉ?やったなぁ〜・・・・!」

デコピンした手をすかさず握り、もう片方の手で私の眉間に狙いを定めるヒューズの顔は、完全に子供と遊ぶ父の顔だ。なんだ、こいつも変わったなぁと心のどこかで遠く感じながら、構い上手なお父さんのデコピンを躱そうと身体を起こした。

──が、しかし、掴まれていた手が放されることなくグッと引っ張られ、バランスを崩してまたソファに倒れ込んだ。ヒューズの顔はさっきまでと同じ位置にあるが、何故か凄く近く感じる。

「お前さん、もーちょい考えた方がいいぞ」

さっきまでのお父さんはどこへやら、真面目な時しか出さないドスの効いた声音と、強ばっている表情をじっと見つめて彼の言葉を反芻する。
私は馬鹿でも、その方面の初心者でもない。おまけにヒューズの説教は聞き慣れてるし、大方の予想は出来る。

「ナマエからしたら、俺相手だから良しとしてるだろうがな、惚れてる男からしたら相手が誰であろうが気が気じゃないんだからな・・・マジで!」

はぁ、と深刻な溜め息を吐いて掴んでいた手をパッと放すと、いつものヘラヘラした顔つきに戻ったヒューズが立ち上がる。なんとなく私も身体を起こしソファに座り直すと、ゴンッ、頭に割と痛いゲンコツが振ってきて。

「ッて!」
「あの坊ちゃんのヤキモチを受けるこっちの身にもなれっての!」
「だから!私に言わないでよ、大体アイツがちゃんと捕まえておかないから妬くんでしょ!」

「・・・・・・まるで捕まえていて欲しいみたいに言うんだな、ナマエ」

それはイリュージョンの如く。お馴染みのその声に驚いて視線を上げると、執務室の扉の前にはヒューズでなく苛立った様子のロイが立っていて。予想外の登場に言葉を詰まらせると、タタタタと軽快に廊下を駆ける音が僅かに聞こえた。おのれヒューズ、運の良い奴だ。

二人きりの時にソファという位置取りは危険だ、よく知っているのですかさず立ち上がったが彼もこちらの思考は読めるようで。ずんずん近寄り私をソファの上に追い込むと、両手は背もたれに、右膝を座面に乗せギッ・・・と体重を掛け前のめりになると、私の肩に顔を埋めた。

「・・・・捕まえた」

首筋にかかる息に反射的に肩を揺らすと、その反応を楽しむように鎖骨に舌が這う。耳朶をなぞる手を引き剥がそうと彼の腕を掴むが、全く止める気がないのか今度は唇が重ねられ、早々に割り込んで来た舌からその興奮が伝わってくる。
ロイの手が軍服を捲りあげ、アンダーシャツの上から胸に触れたとき我に返って、慌てて身体を突き放した。

「これ以上はだめ、無理」
「もう遅い」
「っ!ロイ、ちょっと待っ・・・・!」

肩を掴まれそのまま押し倒されたかと思えば、しっかり両手に指が絡められ深いキスが繰り返された。彼の脚が間に割り込み、動く度に擦れ思わず声が漏れる。やっと唇を離した彼が、ここに心がないみたいな表情して、

「離したくない」

って、熱を持った目で見つめられ。やっぱりこの男は全然わかってない。体だけ寄り添わせたところで意味無いのに。捕まえて欲しいのは心の方だって、いつになったら、気づいてくれるのだろうか。


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