冷静になってみればちょっとヤバイ状況である。どんな状況かというと、出張先でトラブルがあり遅くなった為に乗れる列車がなく、上司とモーテルに泊まる事になり、空きがないので同室。私はシャワーを浴びているという状況だ。

まぁ、あんな彼の事だから間違いなく同じベッドで寝るつもりだろう。そしてやっぱり彼の事だから、これを回避する手立てはない。

いや、ないことは無い。

だが、私が駄目なのだ。迫られた時に少しでも嫌な顔をチラつかせてしまうと、ほんの一瞬彼が見せるあの目に私は心底弱い。
例えるなら、『ウチはお金が無いからみんなと同じオモチャは買ってあげられないの』と言われた息子が母親に微笑んで、聞き分けがいいふりをするような感じ。って、分かりづらいか。

とにかく心が痛むのだ。だから私は日常的にそういったムードや場を回避する事に慣れ切っているわけだが、今日という日ばかりはかなり不利だ。

「・・・お風呂空いたよ」

どうやら雨まで降り始めたらしい。窓を閉める彼の背に声を掛けると、何も言わずにこちらへ近付いてくる。思ってたより早いなと考えながらまだ生乾きの髪にタオルを被せると、そのタオルに彼の両手が伸びてくる。そのまま、引き寄せるようにして口が塞がれた。

「今夜は冷える。風邪引く前に寝なさい」
「はーい、ダディ」
「・・・いい子だ」

ワシワシと雑に撫でられ視界を奪われた隙に、彼がパタリとバスルームの扉を閉める音。私はタオルで目の前を覆い尽くされたまま、拍子抜けし立ちすくんでいた。

もしかして、タオルで誤魔化した?

途端に襲って来た不安感に何も考えずバスルームの扉を開けていた。シャツのボタンに手をかけたまま振り向いたロイはポカンと口を開けていて、あぁよかった、私が恐れていた表情でないことに安堵した。

「あのなぁ──、人がどんな思いで紳士に振る舞ったかわかってるか?」
「あぁ、それに関してはごめん。超ジェントルマンだったと思うよ、ちょっとドライヤー貸して」
「阿呆、騙されるか。・・・・そうやって」

余計な心配するから、と耳元でどこか安心しているような低い声音。その声にどんどん心臓が締め付けられる。押し付けられた唇で息も荒らげ、少しずつ視界がぼやけてきて。

「もう逃がしてやれないよ」

この怖さが何なのか、理解出来る日はまだ遠い気がした。


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