『──・・・南方司令部?配属は?』
『詳しいことはまだ聞いてないけど、まぁ間違いなく兵器扱いだろうね』

若い頃によくナマエと三人で来たバーのカウンター席に、完全にやさぐれている男の情けない背中がひとつ。発令当日、声も掛けずに出て行ったので探しに来てみればこの有り様だ。
俺の記憶が確かであれば、こんな小さい親友の背中を見るのは初めてで、思わず「うわぁ・・・」と声が出た。

「辛気臭ぇなぁオイ」
「悪いが、一人にしてくれ」
「出来るかよ、今のお前はこの店ごと燃やしかねないからな」
「・・・よく燃えそうだな」

背筋も凍るようなジョークに顔を引き攣らせながら、出てきたビールを煽る。こっちだって可愛い妹分が見送りも許さなかった事に対して悲しい気持ちでいっぱいだというのに、この男と来たら。

「そんな、今生の別れみたいなカオすんなよ。アイツがそこらへんで犬死にするような奴じゃ無いって俺達が一番知ってるだろ?」
「・・・・・・」
「まぁ、そう感情的になれるうちになっとけって事だ。経験あるのみ。」

ウイスキーのグラスをじっと見ながら、蚊が鳴くような声が返ってくる。何を言ったかは聞き取れなかったが、多分、前向きな言葉ではない。

さりげなく煙草を差し出すと、少し迷いは見せたもののすぐ受け取ったのを見て、『あ、これはダメだな』と直感する。
煙草に火をつけると、煙を吐き出しながら微かに唇を動かして言う。

「もう何年にもなるが、恐ろしいよ」

彼の瞳が、居ない誰かを見つめるように動く。

「繋いでいるように見える手が─・・・たまに見えなくなったりする」

成程。俺にはロイが葬式みたいな顔で酒を飲む理由が理解できないわけだ。
・・・俺が見ているナマエと、ロイが見ているナマエはあまりにも違う。仲間ではなく、唯一無二な特別な存在。

ナマエは昔からいつ死が訪れるかわからない軍人として、特別な存在を作る事を恐れていたし、見えない所で一線を引かれていた。

唯一、そのラインを踏み越えたのが彼だとばかり思っていたが、それも曖昧なものだったという事なのだろうか。

「ごちゃごちゃ言われたかねぇだろうが、これだけは言わせろ」

と、無理矢理彼のウイスキーグラスにジョッキをぶつけると、ようやく合わせられた目は動揺で揺れていた。

「連れ戻せ、んで一生離すな」

ナマエもそれを望んでる。俺ならそうする。言うと、煙草を灰皿に押し付けながらやっと綻んだ顔を見せたので、自然と肩に入った力が抜けていった。

「好きだろ、青臭い言葉」
「今のはかなり臭いな」
「お前さんに言われたかねぇよ!」
「・・・だが、悪臭ではなかったな」

まぁ、俺が頭に思い浮かべたのはナマエではなく妻の顔だったが、彼がそれで納得するのだから、きっと"そういうこと"なのだろう。

「ったく、めんどくせぇ奴ら」


|