規則正しく上下する背中。そろそろ切った方が良さそうな前髪は無防備に目蓋にかかっていて、ここ数日間の多忙を物語っているようだった。

「黙ってれば美人だよね」
「・・・・・あまり男性に使う言葉じゃないわね」

応接用のソファでぐっすり眠るロイを報告書片手に観察していると、背中からリザの声。振り返るとしっかり私服に着替え鞄を手にしていたので、彼女もようやく連勤から開放されたらしい。

「お疲れ様、ゆっくり休んで」
「あなたも早く帰るのよ」
「これにサイン貰ったらね」
「戻りましたー・・・って、中尉は上がりですか」
「ハボックもお疲れ様」
「・・・大尉それ、何やってんすか」
「ん?」

髪留めがないのでボールペンのクリップ部分で前髪をあげてやると、ぴくりと眉が吊り上がったが起きる気配は無い。

我ながら幼稚なイタズラにハボックもリザも呆れ顔だ。興味無さそうな割に、やる?と提案すると満更でもなさそうなリアクションが返ってくるので思わず笑ってしまった。
と、その時ぐわんと視界が左に振れる。

「──っわ、なに?」
「何はこっちだ」

片腕をグイッと引っ張られた勢いで、彼の肩に顔を埋める体勢になる。視界はソファの背もたれでシャットアウトされロイの顔は見えないが、シャキッとしない呂律といい、高い体温といい、恐らくは半分夢の中だろう。

左腕を掴まれたまま身体を離すと、彼の肩越しに目を点にして固まってる二人が見えた。これは少し不味ったかなと掴まれた手を解くと、今度は顎にグイッと手が掛かり、目の前にはまじまじと私を見つめる瞳が。

「──ッ、待って」
「待てない」

完全にスイッチが入ってる顔に一瞬怯みかけたが、寸での所で彼の額を手の平で押さえ付ける。私はかなり不服そうな男を無視して報告書を突き付けた。

「はいコレ、サインして。私達もう帰るから。」

"私達"という言葉で色々理解出来たのか、やっと私に迫るのをやめ髪にぶら下がっていたボールペンで内容も見ずにサインを入れる。

リザとハボックがデスクを片付けるような素振りをしながら出て行くタイミングを見計らっていると、ロイはそちらに目もくれず言う。

「中尉、ハボック、長い事ご苦労だったな。しっかり休んで明日に備たまえ。」
「えっ、ちょっと私は?」

その問いには答えず、無言で頬に手が添えられる。いくらなんでも公私混同が過ぎると口から出そうになった時、チャンスとばかりに二人が執務室を出て行くので彼らも大概だ。助け舟も出さないなんて。私が好きで彼に付き合っていると思われているのだろうか。

「もう待ては聞かないぞ」
「駄目」
「ウチ来るか?」

首に這う唇の感触に思わず身を捩ると、荒い鼻息と共に腰に手が回る。軍服の中に侵入したもう片方の手で優しく背中を撫でられ、身体の力が抜ける。

「ロイ、ストップ。本当に駄目。」
「──我慢してる顔もそそる」
「無茶苦茶言わないでよ」
「本気だよ、可愛いな」

子供を寝かせる様に優しくソファに押し倒され、キスされながら服に手がかかる。一瞬、流されそうになった自分に鞭を入れロイの手首を本気で掴む。流石に彼も驚いて動きを止めた。

「・・・・・ナマエ」
「家、行く」
「ナマエ」
「・・・ここは嫌」

ここまで迫っておいて、抵抗したらそんな顔するなんて卑怯な男だ。

私ほど頑丈な女はそうそういないのに、壊れ物みたいにそっと抱き締めるのは、きっとこの世界に彼だけだと思うのだ。


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