世間はバレンタインムード一色。恋人と物を贈り合うイベントだが、どうやら今年はどこかの店が女性向けに上質なスイーツを売り出したのがきっかけに『チョコレート』を贈り合うのが流行りのようだ。

去年の今頃は、南方でバレンタインデーのバの字も聞かない生活をしていたため、街の至る所に蔓延るカップル達に私は驚愕していた。今までどこに隠れていたのかと訊きたくなるくらい、右を向いても左を向いてもカップルばかり。なんならイチャイチャという擬音が聞こえてくるくらいだ。

気持ち良く定時で帰れたのも、あの上司がこの日の為に早々に仕事を終わらせたからか、なんて納得していると、ブーッ!とこれまた一際耳障りなクラクションが真横で鳴った。

「何回言えば大人しく私の車に乗るんだね、君は」
「えっ、何?」
「言っただろ、車で待ってるって」

ロイは車からわざわざ降りてきたかと思えば、助手席のドアを開けて「ほら」と催促してくる。私は頭の上にクエッションマークを浮かべながらも、誘導されるがまま車へ乗り込んだ。再び運転席に乗り込んだ彼を凝視して、ようやくその違和感に気付く。

「お洒落してる」
「・・・ナマエは時々察しが悪いな」
「え、もしかしてフラれたの?」
「阿呆」

彼の機嫌の悪さと、車が向かう先を見て段々と答えがみえてきた。そうなると一つの問題が浮かび上がってくる。
ドレスコードはこれでいいのか?滅茶苦茶普通の私服だが、なんならスラックスなんて履いているわけだが、いいのか?

「着いたぞ」

豪華なシャンデリアで装飾され何人ものウエイトレスにお出迎えされるレストラン──を想像していた訳だが、そこは洗礼されたモダンな雰囲気の漂うホテルだった。知ってる、この街でもかなり有数なホテルだ。
部屋に足を踏み入れるなり目に入るのは、見た事ない大きさのベッド、雪が降り始めた街がよく見渡せる大きな窓。大人三人は優に入れる広いバスタブ。ウェルカムドリンクには、当然のように高級ワインが置かれている。

「この時期どこも混むからな・・・こういう贅沢もありだろ」

私のマフラーを解きながら言うロイの眼差しが、まるで我が子を見るような優しさを孕んでいて、なんだか魅入ってしまっているその間に当たり前のように重ねられる唇。

「今日はやけに大人しいんだな」
「・・・ひとつ聞いてもいい?」
「どうぞ」
「これ、バレンタインデー?」

思いがけない質問だったのか、彼は目を丸くしてから、「そうだよ」と言うとすぐ微笑んだ。

私自身、何が腑に落ちないのかちゃんと分かっていた。バレンタインデーは、恋人同士が物を贈り合う日。カップルのイベントである。

コートも脱がずソファに座り込んだ私を見て、ロイも手にしていたハンガーとマフラーをベッドの上に置いた。視界の隅でこちらに近付いてきたのを感じて視線を上げると、先程の柔らかいものとまた違う、真剣な瞳がこちらに向けられていた。

「好きだよ」

唇が寄せられるかと思ったら、私の前に絵本の王子さながら跪いて、そのまま手の甲にキスを落とした。その姿が様になってしまうのだから、とんでもない男だ。

私がじっと動かないでいると、抵抗しないのを確かめるようにゆっくり脚と背中に手が回り、抱きかかえられる。二人で寝るには大き過ぎるベッドに着地したかと思えばすかさず額に、瞼に、頬に彼の唇が順番に肌を這う。

手を包むように握るその温度も。
首元からほんのわずかに香る匂いも。
いつもよりワントーン低くて落ち着いた声も。
甘えるみたいに寄せられる身体の重みも、全部。

なんでこんなに、安心するのか。

「・・・ロイ」
「ん?」
「・・・・・・口にして」
「・・・勿論」

もう答えなんて出てるのに。

──それでも私達は多分、恋人を名乗らない。この心地良ささえあれば、この関係に名前は必要無いのだ。





朝、目が覚めるとカーテンが全開になっていて、飛び込んでくる朝の光に思わず眉を顰めた。そこにナマエの姿は無い。まあ、彼女らしいし想定内だ。欲を言えば、この腕に納まって寝息を立てていて欲しかったものだが。

「──ん?これは・・・」

ただ、サイドテーブルに置かれた私がよく飲む銘柄のウイスキーボンボンとネクタイピンのプレゼントは、この上なく嬉しい予想外だった。


Bを選んだあなたが求めている恋人との関係は、「自分を愛してくれる人」


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