「・・・うわっ、なつかし」

脱衣所から顔を出し声の方に目をやると、電話の脇に置いてある万年筆を手に凝視していた。バスローブを羽織り廊下へ出ると、ナマエの顔がこちらを向く。

「意外と物持ちいいね」
「大事に使ってるからな」
「へえ?外では使わないの?」
「失くしたら困るから持ち出したりしないよ」

何それ、と呆れ口調で言う彼女の背中を後ろから包み込むが、こういう時に黙って抱き締められてくれる彼女では無い。電話台へ万年筆を戻すとそのままの体勢でリビングへ向かうので、まるで子供がする電車ごっこのようになってしまった。
挙句、私の手を握って「しゅっしゅっ、ぽっぽー」と間抜けな声を出すので思わず笑ってしまったところ、ナマエが振り向いて

「はい、私の勝ち」

と、腕を振りほどきソファに寝っ転がった。
どこまで愛おしい生き物だというのか。ぶかぶかのガウン一枚でそうも動かれると際どいものがあるが、なんでか彼女からは一切の色気が感じられない。・・・私は洗脳でも受けているのだろうか。そんなとこまで可愛いとさえ思えるのだ。これはナマエの言う通り、完全敗北を認めざるを得ない。

「アレあげたの、いつだっけ」
「ちょうど三年前の今日だな」
「えっ、今日?誕生日とかじゃなくて?」
「とぼけるなよ、君はそんなに馬鹿じゃない」

彼女の横に腰を下ろすと、さっきまでのとぼけ顔はどこへやら、真剣な瞳がこちらに向いていた。彼女の顔の横に手を置き、覆い被さるようにして顔を近付ける。

「だから今日、家に来たんじゃないのか?」

数秒、睨めっこのように見つめ合ってから彼女がぷいっと目を逸らす。どうやらこれは私の勝ちのようだ。露わになった耳にキスをすると、ナマエの手がそれを制止しようとするので、その手を握り返す。

「──大事にするよ」

握った左手の薬指に唇を寄せると、いつもの不敵な笑みではなく、たまに見せる困った顔でもなく、優しい眼差しが向けられていて、「・・・放っておいたら、失くしちゃうよ」なんて囁いて目を細める姿がやけに官能的で、夢中で深いキスを繰り返した。





「これは驚いたな──」

ナマエとのミーティング中、大佐が突然彼女の上着に手を突っ込んだので驚愕したが、取り出されたのは一本の万年筆。それを大事そうに自分の胸ポケットに仕舞うなり、あのなぁ・・・、と低い怒気を含んだ声を絞り出した彼を見る限り、職務中に妙な気を起こしたわけでは無さそうだ。

「この一週間、私の部屋がどれだけ綺麗になったか分かってるのか・・・・塵ひとつ無い程片付けた所で見つからないわけだ。」
「言ったでしょ、"放ったらかしたら失くす"って」
「あの場合、万年筆の事ではないだろ!」
「見抜けなかったロイの負けってことで」
「窃盗の罪で君の負けだ」
「こういう時に負けてあげるのが男でしょうが」
「譲るとまた同じ事するだろ、ナマエは」
「しないしない」
「嘘つけ」

二人の痴話喧嘩はもう見慣れたものだが、いつも不思議に思う事がある。言っている事は完全に憎まれ口だし、表情も険しいものの、何故だか会話を楽しんでいるように見えるのだ。

一先ず気が済んだのか、むっとした顔で黙り込んだ大佐を余所に、ナマエが「ごめんね、リザ」と呆れた顔で言う。二人の顔を見比べて思わず零れた笑みに、不思議そうな眼差しが向けられた。

「──本当に、お似合いですね」


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