残業プリン

キーボードを叩く音が自分しか居ない事務所に響く。終わらせた書類の山に小さく息を吐いて、私は丸まった背中をぐっと伸ばした。
(おなかすいた)
夢中でパソコンに向かっていた所為で、もう夜の11時だというのに夕食も食べていないことに気付く。あと少しで終わるのだからこのままやってしまおうかと少し悩んだけれど、一度空腹を自覚すると集中が途切れてしまいまったくそんな気になれず、私は休憩をとる事に決めた。

確か買い置きのカップ麺があったはず……そう思い腰を上げた所でバン、と勢いよく事務所の扉が開く。

「Hey!ハニーまだ居たんだね!」
「誰がハニーだ誰が」

突然の物音に一瞬ドキリとした後、類の姿を確認して安堵の息をつく。
Good feelingだよ〜なんてヘラヘラと笑っている類は顔は可愛くてもタチの悪い酔っ払いだ。手を広げて突進してきた類に撫でくり回されながら、遅れて事務所に入ってきた2人に声をかけた。

「硲さん、次郎ちゃん……なにこれ……」
「「酔っ払い」だ」
「それは見たらわかりますけどね!?」

そういえば今日は仕事が早く終わったから飲みに行くって言ってたなぁと、昼間誘われた時の事を思い出す。結局私は仕事が残ってて行けなかったけれど、どうやら飲み会はそれなりに楽しめたらしい。頬がほんのりと赤くなっている3人を見てそう思った。

「で、どうして3人とも戻ってきたの?」
「丁度前を通ったらまだ事務所に明かりがついてたから、はざまさんが覗いて行こうって」
「硲さんが?」

意外な人物の提案に目を丸くすれば「差し入れだ」と近くのコンビニの袋が差し出される。

「ありがとうございます……すごい量ですね」

数種類のデザートとコーヒーを袋から出していくと、おおよそ私一人では食べきれない量がテーブルに並んだ。
一人では食べきれないよ……?と硲さん達を見れば3人とも思い思いのデザートを選び取っていて、なるほど一緒に食べるらしい。
私もクリームの乗ったカスタードプリンをひとつ手に取り来客用のソファに腰を下ろした。

「3人とも、帰らなくて大丈夫なの?」

隣から「ひとくち〜」なんてじゃれてくる類の口にプリンをつっこみながら前に座る2人に尋ねる。最年長グループだろうが曲がりなりにもアイドルである3人があまり遅くに出歩くのもいかがなものか。

「心配無用。明日は休みだ」
「そうそう、久しぶりのオフだ〜」

無表情な硲さんと対照的にへらりと笑って見せる次郎ちゃんがとくに予定もないし、と付け足す。どうやら3人揃ってお休みらしく、一人シュークリームを食べきりみかんゼリーに手を出した類が「俺も!」と手を上げた。

「や、それもだけどアイドルがこんな遅くまで……」
「それは名前も同じでしょ!」
「いや私アイドルじゃないんだけど」
「しかし女性である君が深夜に1人で帰るのは関心しないな」
「へっ」

突然硲さんの低い声で咎められて背筋が伸びる。あれ、これってもしかして心配されてる……?
事務所から私の家まで徒歩で10分もかからないというのに、そしてそれを知っているはずの3人が、わざわざ差し入れ付きで戻ってきてくれたという事実がおかしくもありがたくて、自然と口角が上がるのを感じた。

「あは、ありがとうございます硲さん」
「次回から気をつけてくれれば良い」
「はいっ」
「え〜〜〜名前、俺は?」
「うん、類と次郎ちゃんもありがとう」

このデザートの山は十中八九硲さんの奢りだろうけれど、戻ってきてくれた事にかわりはないので素直に感謝すると、類が「どういたしまして」とふにゃりと笑う。ちくしょうかわいいなこの酔っ払い。

こうなってしまうとあと少し仕事があるとは言いづらいししょうがないよね、なんて心の中で自分に言い訳しながら、きっと家まで送ってくれるのだろう3人を眺めて甘いプリンを口に運んだ。