うたたね


「こんにちは〜…あれ?」

休みにも関わらず近くを通ったので事務所に顔を出せば、普段明るく出迎えてくれるはず山村の姿は無く代わりに誰かの寝息が小さく耳に届く。
暖かくなってきたとはいえ日が落ちればまだすこし肌寒いこの季節に昼寝とは……風邪ひく前に起こした方が良さそうだ。
どうせ漣君か春名君あたりだろう、そう思いソファの背中から覗き込めば、予想外の人物に思わず声が漏れた。
「え、硲さん……?」
読んでる最中に寝てしまったのか小難しそうな本を膝に乗せ、すよすよと寝息を立てている硲さんは普段からは全く連想されず(彼はどちらかといえばだらしがないのは嫌いなはずなので)、驚きで目を瞬かせる。
起こそうなんて意気込んでみたものの、珍しい人物の珍しい姿がどうにも勿体無いような気がしてしまいあたりを見渡し、丁度自分用のひざ掛け毛布がある事を思い出した。
(よく寝てるなぁ)
ついでにホットの珈琲を入れ、毛布をかけた後厚かましくも硲さんの隣にそうっと腰を下ろす。
誰かが近寄ると飛び起きてしまいそうな見た目のイメージに反して、警戒心が薄い硲さんは私が隣に座っても目を覚ますことなく熟睡していて、無意識にまじまじと見つめてしまう。

彼と次郎ちゃんは自分達の事を「キラキラとは程遠い」と表現していたけれど、今は伏せられている目は切れ長で意外と睫毛も長いし、うっすらと開いている薄い唇は色っぽくてどきどきしてしまう。彼は彼が思っているよりも綺麗で格好良いのだ。それはもちろん、次郎さんもなのだけど。
……まぁ、私にとってはどんな美人もイケメンも硲さんの前では霞んでしまうのだから、恋は盲目とはよく言ったものだ。

「硲さん」

試しに一度、声をかける。本当に起こすつもりならもっと大きな声を出すべきだろうに、無防備な彼をもう少し眺めて居たいという自分の欲求に素直な私は、自分でも驚くほど小さな声で彼の名前を呼んだ。
ただの事務員でなんのとりえも無い私が、事務所のアイドルに恋するなんて笑い話にもならない。そもそも最初は自分にも他人にも厳しい彼が苦手だったはずなのに、類や次郎さんを通じて少し話すようになって、ふとした瞬間の笑顔をもっと見たいと思うようになって。今ではこうして彼の隣に居たいだなんて思ってしまうのだから、本当にどうしようもない。
「起きてない、よね」
いまだ規則正しい寝息を立てる硲さんの、毛布から出てしまっている左手の下にそろりと自分の右手を差し込む。丁度手を繋ぐような形だ。手大きいなぁ……自然と口元が緩んでしまってもう変態以外の何物でもないけれど、こんな所で寝ている硲さんだって悪いんだから、なんて本人が聞いたら呆れてしまいそうな台詞を頭で考えながら軽く手を握る。あぁ、
「すき、だなぁ」
「……名字くん」
「っ…!!??」

呼ばれた反射で顔を上げると伏せられていた筈の綺麗な目が私を映していて慌てて手を離す。けれど一度離れた私の手は何故か彼によってもう一度捕えられた。
「ご、ごめんなさい!あの、深い意味はないというか、その、ちょっとした好奇心というか!」
半泣きで弁解する私を、怒っているのか呆れているのか読めない表情をした硲さんがじ、と見つめてくる。
あぁもう穴があったら入りたい、むしろ誰か私を埋めてくれ!
「ほんと、起こすつもりじゃなくって、あの」
「……少し落ち着きなさい」
ため息と共に窘められて、居たたまれない気持ちで「はい」と返事をする。
ダメだ、この場をスムーズに誤魔化す手段が浮かばない。そもそもいつから彼は起きてたんだろうか。
「……」
「……」
沈黙が辛い。握られた手だけが自分の物ではないように熱をもっていて、それが更に恥ずかしい。
「あの、硲、さん……?」
「君は」


「私が、好きなのか」

やっぱり聞かれてた!!!!!!!!これが他の人だったならばきっと聞こえないフリでもしてくれただろうに、真面目でまっすぐな彼は容赦がない。そんな彼だからこそ好きになったのだけれど、今ばかりはそんな事も言ってられなかった。
「えっと」
「こちらを向いて」
「うっ……」
「名字くん」


「……すき」

言ってしまった。身体中の熱が顔と繋がれた右手に集まってしまっているように感じる。バクバクとせわしなく動く心臓は、近寄られたら硲さんにも聞こえてしまうのではと心配になるほどうるさい。怖くて彼の顔が見られずに顔を伏せると、繋がっている手を強く引かれた。
「ははは硲さん?」
彼の胸に顔を押し付けるような形になってしまい、慌てて顔を上げれば両腕で強く締め付けられる。離れたてのひらが寂しいだなんて感じる余裕もない。
「……そう、か」
「え、」
見上げた彼の顔が、私に負けないぐらいに赤くなっていて目を疑う。はじめて見る表情に、きゅんと胸がなった気がした。
そんな表情されたら、勘違いしてしまいそう。

「私は―――……」


「Hey!ミスターはざま!お弁当買ってきたよ〜!」
「すいませんねぇ、るいが途中でどうしても駅の向こうの弁当屋がいいって言い出して……って、名前ちゃん?今日お休みって言ってなかった?」
「あぁ、たまたま近くに来たから!」

あぶなかった、あぶなかった、あぶなかった!!
扉を開ける音と同時に入って来た類と次郎ちゃんに笑顔を向けソファから立ち上がる。勢いよく硲さんを押し退けてしまったのだけが気がかりだったけれど、私と同じように立ち上ったところを見ると平気らしい。
「ありがとう舞田くん、山下くん」
「you're welcomeだよ!」
「お茶は私が淹れよう」
「おっ、ありがとうございま〜す」

いまだに忙しく動く心臓と熱い頬を落ち着かせるために小さく息を吐きながら3人のやり取りを眺める。硲さんの言葉の続きが気になるけれど、私の記憶が正しければ3人はこの後仕事があるはずなので、おそらく待っていても無駄だろう。
「名字くんはどうする」
「へっ、あ、ありがとう。でも私はそろそろ帰るよ」
話しかけられるとは思っておらず少し声が上擦ってしまって恥ずかしい。え〜もう帰るの、なんて言っている類と次郎さんに軽く手を振り、事務所の扉に手をかけたところで肩を掴まれた。見なくてもわかる、硲さんだ。

「仕事終了後に君の家まで迎えに行くので予定を空けておくように」

2人に聞こえないよう耳元で囁かれ、私は黙って頷くしかできなかった。