飲み




成人済みの何人かでお酒を飲みに来る事は今までも結構な頻度であったものだが、彼のこんな姿ははじめて見たなと名前は戸惑いのため息を吐く。彼女の悩みの原因となっている人物は、すよすよと気持ちよさそうに寝息を立てている。
名前の、膝の上で。

「……硲さんってお酒弱かったっけ?」
「ん〜、強くもないけど弱くも無いって感じ?最近忙しかったしSo tiredなんじゃないかな」

硲と向かい側に座っている舞田は、体をズラしクスクスと笑いながら硲の髪を撫でる。
嫌がる事なくされるがままの硲を見るに、冗談ではなく本気で寝ているらしい。最も、彼は冗談でこんな事をする人間ではないのだが。

「でも名前の膝枕はI’m jealous!」
「……英語はわからないけどありがとう?」
「別に褒められてないと思うよ〜ソレ」

目の前に座る山下の言葉に名前は驚きの目を向ける。わかるの、英語。言われずともそう思われているのを感じた山下は「るいと付き合ってるんだからこれくらいはね」と笑った。

「羨ましいとかそんな感じでしょ、多分」
「That't right!ミスターやました!」
「あ、それは私でもわかる……って、そんな話はいいの!」

なんだか英語の教室みたいになってしまったのをやめやめ!と手を振って、ソーダで割った果実酒を飲む。
名前の問題は膝の上の彼だ。別に嫌ではないが妙にむず痒いというか、正直な所恥ずかしい。これが舞田か山下ならば放っておく事も叩き起こす事も出来るが、如何せんこんな彼を見るのは初めてなので扱いに困る。
ビール2杯でこんなになってしまうのだから本当に疲れているのだろう。それでも自分と舞田の思いつきの飲み会に文句も言わず付いてきてくれたのだから彼は付き合いが良い。もしかしたら、彼自身忙しいスケジュールがひと段落して浮かれていたのかもしれないが。

「でもおじさんも羨ましいな〜名前ちゃんの膝枕」
「いやいや、そんな良い物でもないし……」
「え〜」
「それにセクハラっぽい……ひゃっ」
「?どうしたの名前?」

首をかしげる舞田と山下になんでもないと笑って、名前は目線を下に落とす。
驚きの原因となった硲は相変わらず気持ちよさそうに寝息を立てているが、寝返りを打ったことにより彼の鼻と眼鏡がヘソの下あたりを擦ってくすぐったい。……目が覚めた時きっととても慌てるのだろうなと、名前は小さく苦笑した。

「ところでさ、名前ちゃんって他の事務所の人間は名前で呼ぶのにはざまさんははざまさんだよね」
「definitely!なんで?」

酒と料理を口に運ぶペースが落ちてきた頃、山下が思い出したように疑問を口にする。
なんで、なんでと言われても……名前は口ごもる。特に深い意味などない。ただ彼の風貌と雰囲気から「硲さん」と呼ぶのがしっくりきているだけで。

「なんとなく、かなぁ……年上だし」
「俺は?」
「……次郎ちゃん」
「ミスターやましたは名前なのに」
「もしかして名前ちゃんはざまさんの名前知らない?」
「そんなわけないでしょ!」
「じゃあ呼んでみたら?きっと喜ぶよ!」
「えぇ〜そんな事で硲さんが喜ぶワケないよ……」

そんな問答を2人としていると、そろそろ起こさなきゃいけない時間だしLet's try!と満面の笑顔の舞田に促される。
もしも仮に。本当に硲さんが私の呼び方を気にしているのなら申し訳ないとは思うが、どう考えてもこの2人の悪ノリだ。急に名前で呼ばれた所で困るだけなんじゃ……
名前は半信半疑のまま、けれど言う事をきかないと収まらないだろう場の空気を読みため息を吐く。
ええいもうなるようになれ。名前は体をズラし硲の肩を軽く揺すった。

「み、道夫さん、そろそろ帰るよ……」
「ん……」
「名前ちゃん、もう1回」

にやにやと嫌な視線を送って来る山下と舞田をじとりと睨んで、まだ半分意識が覚醒していない硲に声をかける。

「道夫さん、起きて」
「……名字くん?」
「おはよう、道夫さん」
「……すまない、寝てしまっていたよう……だ……」

数度瞬きをした硲が、自分がどこで寝ていたのかを理解し動きを止める。やはりもっと早くに起こすべきだっただろうか。なんとなく気まずさを感じた名前は助けを求めて向かいの2人を見るが、笑っているだけでなにも声をかけて来ない所を見るに面白がっているのだろう。

「申し訳ない……私は、その……」
「ああ!大丈夫!大丈夫気にしてないよ!」
「しかし……」
「道夫さん疲れてたし、しょうがないよ」
「っ……」

戸惑いを隠しきれず顔を赤くする硲に、名前は釣られて頬に熱が集まるのを感じた。名前を呼んだだけでそこまで動揺されると思わず、どういう事だと2人に視線を送る。が、相変わらず2人は嫌な笑顔で見ているだけだった。

そこまで嬉しそうにされると自惚れてしまいそうだ。名前は耳まで赤くした硲をみて小さく息をついた。