カリスマハウスに住んでる夢主です。

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 年が明け、一月一日の深夜零時。カリスマハウスの面々は、今年もまた、揃って近所の神社へ初詣に赴いていた。
 その神社は近隣ではそれなりに名のある神社で、敷地も広く、境内ではお焚き上げや甘酒のふるまいなど、新年ならではの風景が随所に見受けられた。参拝客も多い。
 そんな中、大所帯で連れ立って来ながらも「はぐれないように」などと気を遣う人物は、カリスマハウスにはほぼいない。あっという間に、それぞれの興味の赴くままに散開していってしまう。
 ふみやは甘酒に吸い寄せられ、テラは色とりどりのお守りが並ぶ授与所へ。猿川はお焚き上げの火に目を輝かせ走り出し、その後を理解、依央利が慌てて追いかけていく。天彦は戯れている。

 「新年のっけから自由だねぇ」
 「そうですね……ふふ」

 その後を、大瀬、なまえの二人はぼちぼちとついて歩いていた。慣れぬ人ごみに少し酔ってしまった大瀬に、なまえが付き添っているかたちだ。

 「どう、大瀬くん? すこしよくなってきた?」
 「はい、おかげさまで……」
 「そっか。よかった」
 「ご迷惑をおかけしました……。自分はここで死のうと思いますので、なまえさんはどうぞみなさんと楽しんできてください」
 「大瀬くんも飛ばすねぇ」
 「……?」

 首を傾げる大瀬に、なまえはうふふと笑みを漏らす。そのまま数歩進んだところで、ふと、その視線が横手に動いた。何かに気がついたようで、唇が「あ」の形に開く。

 「おみくじだ。やってこ」
 「おみくじ……ですか」
 「大瀬くんもする?」

 覗きこむなまえに、大瀬は数度まばたきを返した。

 おみくじ。初詣の定番だが、そういった占いの類に大瀬はあまり興味がない。なにせ占うまでもない、クソは毎年死刑が確定しているからだ。
 しかし、なまえにこうして声をかけられると、どうしてか否の言葉が出てこない。強要されているわけではない。ただ単純に、素直に、「自分もやってみようかな」と思ってしまうのだ。
 そんな、ふんわりと背中を押してくれるような響きが、なまえの声にはあった。少なくとも、大瀬にはそう感じられた。本人にそれを伝えることは、なんだか気恥ずかしく、とてもできないが。

 「……やってみます」

 大瀬は頷いた。なまえはにっこりと笑みを返した。

 おみくじは、社務所前に広げられた長テーブルの上に乗っていた。抽選箱のように天井に穴の空いた木製の箱があり、外からは見えないが、中に小さくたたまれたくじが入っている。箱の正面には、一回百円也、の表記。大瀬となまえはそれぞれの財布から硬貨を一枚取り出し、それを箱と一体になった投入口へと滑りこませる。ちゃりん、と、硬貨のぶつかる音がした。

 「大瀬くんからどうぞ」
 「えっ。いやいや、なまえさんから」
 「いやいや」
 「いやいやいや」
 「じゃーんけーん」
 「え? あっ」
 「ぽん!」

 なまえはチョキ。流されるままに、大瀬が咄嗟に出した手はグー。
 大瀬が先に引くことになった。

 取り出し口に手を入れ、適当に中身をさらう。指に引っかかった一つを取り出し、そのまま然したる頓着もなく、折りたたまれたそれを開いていく。
 最初に目に飛びこんできたのは、「吉」の文字。可もなく不可もなく、といったところか。その運勢の詳細について、細かい文字でつらつらと書かれてはいるが、大瀬の感想としては「クソ吉の間違いでは?」程度のものだった。

 隣で、なまえもまたくじを引いていた。周囲の喧噪にまぎれ紙をめくるかすかな音がし、次に聞こえた「あっ」という声に、大瀬は手元から目線を上げた。

 「凶」
 「…………は?」

 その単語の意味を解するのに、大瀬はしばし時間を要した。
 そして、自分の顔からみるみる血の気が引いていくのを感じた。

 「……えっ。どうしたの、大瀬くん。顔青くなってるよ。また気持ち悪い?」
 「……ありえない」
 「え?」
 「自分が吉で、なまえさんが凶なんてこと、あってはいけない……。交換しましょう」
 「えぇ? いや、おみくじってそういうものじゃないし」
 「では、もう一回引きましょう。自分がお金を出します」
 「いや、いいよ。ってか、そういうものじゃないし」

 それでも大瀬は納得いかなかった。自分でもなぜこんなにムキになっているのか、よくわからなかった。とにかく、凶。いささか困惑ぎみにこちらを見つめるなまえの手の中に、その一文字が収まっていることがどうしても許せなかった。

 押し問答の末、なまえはもう一度くじを引いてみることにした。珍しく押しの強い大瀬をなんとか宥めすかし、お金は自分で出した。

 ところが、再度引いたくじに書かれていた結果は、なんとまたしても凶。なまえは吹き出し、「かえってすごくない?」と声を弾ませるが、大瀬は社務所に乗りこんでその場で喉を掻き切りたい気分になった。そんな迷惑行為、なまえのそばでするわけにもいかないが。
 
 沈む大瀬。そんな大瀬をなんとか励まそうとするなまえだったが、ふと思い直すところがあった。

 「でも、このおみくじ当たってないよ」
 「……?」

 その呟きがふくむ柔らかさに、大瀬は顔を上げた。

 隣で、なまえは賑わう境内のほうへ目を向けている。小さく笑みを作る唇から白い息が漏れ、その瞳の上で、灯篭の温かな光が揺れる。

 「だって、こうしてまたみんなで初詣に来れて、それだけで大吉って感じなのに」

 「……ね」そう言ってはにかむ頬は、寒さのせいか、少し赤くなっていた。

 ぐしゃっ、と、紙の握り潰される音がした。

 「え?」
 「え?」
 「大瀬くん、手」
 「手?」
 「おみくじが」
 「へ……あ、わぁ!?」
 「セクシーです! お二人とも」
 「わあぁっ!?」
 「天彦さん」

 突如、二人の背後から顔を出した天彦に、大瀬は文字どおり飛び上がって驚いた。なまえも数度、目をぱちくりする。
 「戯れていたのでは?」とその顔を見上げ問うなまえに、「ええ、戯れていました」と微笑んで返す天彦。

 「このおみくじは、結んで帰りましょう」

 そう言って大瀬の手から取り上げられたそれは、なまえが引いたくじだった。「凶」の文字はくしゃくしゃになって、読めなくなってしまっている。
 大瀬はぽかん、と口を開け、そのくしゃくしゃになったおみくじに見入った。


 「あ、こんなところにいた。おいおまえら、早くしないと甘酒なくなっちゃうぞ」
 「たっだいま〜。見て見て、お守り買ってきた。この神社のどれも可愛いんだよね〜」
 「おいおめーら! 焚火! めちゃめちゃあったけぇ!」
 「あぁ、みなさん! やっとまとまってくれた……」
 「もぉ〜、みんな自由すぎ」

 わいわいと、社務所の前に皆が集まってきた。どうやら天彦がそばにいると、頭抜けて背が高いために、目印になるようだ。

 「ん? それ何ですか? おみくじ?」
 
 依央利の声を皮切りに、皆がそちらへと興味を移す。僕も俺もと小銭を取り出す面々に、理解が控え目に笛を吹き鳴らす。

 「まずはお詣り! もう、何をしに来たんですか。初詣でしょう」


 それから、皆で横並びに並んで、お詣りをした。おみくじは、大瀬となまえの分、合わせて三枚とも結んで帰った。天彦の計らいで一番高い段に結んでもらったが、七夕じゃあるまいし、そのことに意味があるのかどうかはわからない。

 結んだおみくじを眺め、大瀬となまえはちいさく笑い合った。

 「また来たいね」
 「……はい」


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