「二人羽織……?」
 「二人羽織というと、あれですか」
 「あれですね」

 頷くなまえの横で、理解は足元にあった羽織を拾い上げる。染めも紋もない、真っ白で無垢な羽織。見回すほどの広さもない白い部屋の中を、それでも律儀にざっと見回し、再び目の前の壁面へと目を戻す。

 「これを使ってやれ、ということでしょうか」
 「そうみたいだね。でも、何のために」
 「わかりません。しかし、理解は理解しています」

 落ち着き払ったその声に、なまえは首だけ動かし隣の理解を見上げる。

 「これは夢です」

 なまえを安心させるためだろう、微笑すら浮かべ言い切る理解に、なまえもまた素直に納得した。そうか、夢か。

 「ならばさっさとやってしまいましょう」
 「え、待って。本当にやるの?」
 「? ええ。何か問題が?」
 「え。えっと、問題っていうか……二人羽織だよ?」
 「ええ」
 「理解くん知ってる?」

 その問いに、理解は些か心外だとでも言うように眉根を寄せた。

 「勿論知っていますよ。寄席や宴会の余興として演じられるあれでしょう。昨今は低俗なバラエティ番組で時折見かける程度ですが、一応我が国の伝統芸です」
 「ああ、うん、まあ、そんな感じかもしれないけど……」
 「やらなければ出られない、つまりは目が覚めないのでしょう。ならばこうして問答している時間も勿体ない。現実に今が何時なのかはわかりませんが、私は朝五時半起床、夜九時にはinおふとぅんです」
 「えー……あー……はい……じゃあ、わかりました……」

 勢いに飲まれ、なまえは静々と頷く。じゃあどちらがどちらをやるかと問えば、理解は「私が後ろに回りましょう」と言って、さっと羽織に袖を通した。

 「では、いきますよ」
 「はい、どうぞ」

 なまえが、ちょん、とその場に立つ。羽織を着た理解がその後ろに回る。袷の縁を両手でつまんで、ふわりとその内へなまえの身を包んだ。

 「…………あれぇ!?」

 唐突に、理解が叫んだ。次いで、なまえの後頭部に「ふふふふふ」と勢いよく息が吹きかかる。恐らくはいつものように笛を吹こうとして、しかし笛がなかったために呼気だけが空回りしたものだろう。

 二人羽織。名称そのものは至って単純だ。二人で羽織るから二人羽織、それだけのこと。何の色気もない。しかし実際にやってみると、両者の距離が信じられないほど近くなるということに、理解はいまいち理解が及んでいなかったようだ。

 だいたい想像したとおりのオチに、なまえは「ほらあ、言ったじゃん!」と叫び顔をしかめた。


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