「二人羽織? そんなのぜんぶ僕がやってあげる!」
大歓迎、とでも言うように両腕を大きく広げた依央利に、壁はややあって文章を差し替えた。
『一人じゃ二人羽織にならないので却下』
当然のごとく、依央利はぶうたれる。
「ええ〜? ケチな壁だなあ。このくらい犬の負荷にもなりゃしないのに……」
「ま、まあまあ、依央利くん。そこの壁……? の言うとおりだよ。出られないのも困るし、ここは協力しよう」
「は〜い、仕方ないなあ……まあ、晩ごはんの時間もあるしね。奴隷の仕事が疎かになっちゃいけないか。ごめんねなまえさん、負荷をかけて」
「うううん。私も負荷じゃないから。依央利くん、どっちやる?」
問われて、依央利はうーんと首を捻った。手元には、針葉樹のように濃緑の羽織が持たされている。
「僕が着るよ。気がついたらこれ持ってたし」
「ん、わかった。じゃあお願いします」
なまえが頷き、背を向けた。依央利は両腕を羽織に通すと、「失礼しまーす」と声をかけなまえを背中から包んだ。
そして少しの後には、先程の不満な様子とは打って変わって大興奮していた。
「僕の四肢がなまえさんのものになってる!?」
いかにもな喜びように、なまえは思わず苦笑する。二人羽織と言ってもこの部屋はその先の芸までは求めていないようで、熱々のおでんなどが忽然と現れなかったことには安堵した。依央利なら嬉々として食べさせようとするに違いない。もちろん、しっかりふーふーして冷ましてくれた後で。
それにしても、少し手持無沙汰だった。指示が遂行されたにも拘わらず、部屋に扉は現れない。と言うよりこれは夢であるはずだから、もうそろそろ目が覚めてもいい頃合いではないかと思うが。何にせよ、覚めないならば仕方ない。なまえはしばらくの間、依央利の手足を使って遊ばせてもらった。
一方で依央利は、喜んでなまえの指示に従いながらも、少し不思議に思っていた。自分の中に生じている、快い感情について。服従は気持ちいい。それはいつものことなのだが、今自分が感じているこれは、少し性質が違うもののように思う。
腕の中で、なまえが笑っている。あっちに行って、こっちに行って、指ハート作って、と。これは負荷なのだろうか?
「は〜い、喜んで♪」いつもの笑顔の裏に、依央利はその疑問をこっそりと仕舞い込んだ。
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