夢か現か。何なのかは全然わからないが、その部屋は彼の特性を予め把握していたようだ。

 『二人羽織しなきゃ出られないけど君達はやらなくていいよ』

 壁面に記された指示、その思惑どおりに、猿川は猛反発した。

 「やったらあ!!」

 そして観測中最速記録を叩き出し課題をクリア。現れた扉を眺め、なまえはやれやれと息をついた。

 「なんかよくわからないけど……出よっか」

 そうして猿川を振り返る。しかし彼はしばしの無言の後、どういうわけか、突然その場にどっかりと腰を下ろした。

 「俺は出ねーぞ」

 あぐらをかいた両膝の上に手を置き、なまえの方は見ずにそっぽを向いてこぼす。
 いつもの反発だろうか。そう思ったなまえだが、しかし、への字に曲げたその唇に少しの違和感を覚える。ほとんど脊髄反射とも言える普段の彼の様子とは、どこかしら違う。

 「……どうしたの?」

 とりあえず、なまえは素直に聞いてみることにした。

 「どうもしねー」

 だいたい思ったとおりの答えが返ってくる。

 「じゃあ戻ろうよ」
 「戻らねー」
 「何で?」
 「何でって……」

 問答の末、猿川は一瞬、黙り込んだ。伏せた目に、寄せた眉間のしわ。彼のこういう表情を見かけるごと、なまえは自分の胸のうちを何かがくすぐっていくような、不思議な感覚を覚える。そして誰にも言ったことはないが、それは決して、不快なものではない。

 「……おめーは戻りてーなら戻れよ」

 ややあってからそう言われ、なまえは数度まばたきした。

 仕方ない。胸中でひとつ笑みをこぼし、むすくれる猿川の隣に腰を下ろす。猿川はぎょっとした様子で、ようやくなまえの方へ顔を向けた。

 「いっせーのーでやる?」

 両親指をぴこぴこ立てながらそう問えば、猿川はまた目をむく。

 「はあ? いきなり何だよ、やんねーよ」
 「そっかあ。じゃあ一人でやってよ」
 「は、はあぁ? バカかよんなもん、一人でやっても全然楽しくねーだろ!」

 結局、いっせーのーでは二人でやっても然して面白くなかった。それでも二人は次々と思いつく限りの手遊びを繰り広げ、開いたままの扉は、その後しばらくの間待ちぼうけを食らっていた。


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