英雄のアイデンティティー

ガタガタと震え上がる体に鞭打って、目の前のかっちゃんたちと対峙する。
後ろには完全に戦意喪失をした男の子が目に涙を浮かべている。


「これ以上は僕が許さゃなへぞ!」
「無個性のくせにヒーロー気取りか、デク!」


かっちゃんは笑いながら、派手な爆発音をたてながらゆっくりこちらに向かってくる。かっちゃんの爆発という個性は幼稚園の中でも一番目立って派手だった。攻撃威力が極めて高い個性に加えて、今まで振るわれてきた痛みの記憶に体の芯から震え上がる。それでも後ろで怯える男の子を見ると、戦闘態勢は崩せない。
そしてなにより、もう一人の幼馴染と交した約束がある限り、僕はここで見て観ぬふりや逃げることはない。
だって僕は、


「僕はヒーローになるんだ!」




「諦めたほうがいいね」

なかなか発現しない個性に、お母さんと一緒に行った病院で告げられたのは今時珍しい何の個性も宿っていない型、つまり無個性だということ。
足の指の関節がどうと言っていたが、そんなことはもう頭に入ってこなかった。無個性ということは、ヒーローになれないということだ。ずっと抱き続けてきた夢が呆気なく崩れ去り、その現実を直視できずにいつものオールマイトのデビュー動画を見続けた。
動画の中のオールマイトは危機的状況の中でも笑って人を助けている。たった一人の笑顔と行動で多くの人の絶望が希望に変わる。そんなヒーローに僕はなりたかった。


「どんなに困ってる人でも笑顔で救けちゃうんだよ…超カッコイイヒーローさ。僕もなれるかな?」
「ごめんね!ごめんね、出久!」


泣きながら謝る母さんに胸が苦しくなった。謝って欲しいわけじゃない。ただ一言無個性でもヒーローになれるよって慰めでもいいから言ってほしかった。
お母さんの涙が僕はもうヒーローになれないんだとそう言っているようで、ボロボロと涙が溢れた。
明日幼稚園に行ったら、皆になんて言われるんだろうか。ヒーローなんて無理だとバカにされるだろうか。
そうだ。美空ちゃんにも言わなくちゃ。もう一緒にヒーローは出来なくなったって。


「無個性だって、ヒーローになれるよ!」


美空ちゃんに無個性だと打ち明けると、美空ちゃんはあっけらかんとそう答えた。無個性なんてなんてことないように当たり前のようにヒーローになれると彼女が言うものだから、ついそうなのかと納得しそうになった。


「もー、ビックリさせないでよー。いっちゃん、すっごく深刻そうな顔してるんだもん」
「へ?え?あ、あの!僕無個性なんだよ!」
「うん」
「何にも個性が無いんだよ?」
「無個性の意味くらい分かるよー」


ケラケラと笑う美空ちゃんは強がりや慰めのから元気ではなく、屈託のない笑顔で言っていた。あまりに予想外のことで思考が追いつかなかったけど、無個性でもヒーローになれるなんて、慰めでしかない。個性があってはじめてヒーローは務まるのだ。


「個性がないのに、ヒーローなんて無理だよ…」
「無理って誰が決めつけたの?」


美空ちゃんの強い目にドキリとしてしまう。雲1つない空のように澄んだ瞳は睨まれているわけでもないのに、視線を外すことは出来なかった。
あまりに純粋な瞳につい希望を持ってしまいそうになる。それでも、物を引きつける個性も火を吹く個性も出なかった僕にヒーローになれる要素なんてどこにある?
美空ちゃんは僕の両手を包み込むように握ると、柔らかく笑った。


「個性がないとヒーローしちゃダメなんて言う決まりは無いでしょ?」
「そ、そうだけど…」
「今まで無個性のヒーローが居なかっただけで、なれないわけじゃないよ」
「でも、」
「私はいっちゃん以上にヒーローになれるって思った人居ないよ。いっぱい頑張ってるいっちゃんがヒーローになれなかったら、みんなヒーローになれないよ!」
「…」
「いっちゃんが無個性でもヒーローになれるんだよっていうことを証明してよ!そして一緒にオールマイトみたいなヒーローになろうよ!」


あぁ、美空ちゃんは本気で言ってくれてるんだ。本気で僕がヒーローになれると思っているんだ。
無個性がなんだ。かっちゃんみたいな派手な個性はないけど、人を傷つけるようなことはしたことはない。誰よりもヒーローについて勉強してきた自信がある。ここまで頑張ってるんだから、本当に無個性でも僕はヒーローになれるんじゃないか。いや、なってやるんだ。
そう思ったら、涙が止まらなくなった。


「えぇ!?いっちゃん、なんで泣いてるの!?」
「うぅっ、ごめ、涙がぁぁぁー」
「デク泣かせてやんのー!先生にチクってやろ!」
「ちょっと待ってかっちゃん!これ、私が悪いの!?」
「俺が知るか!せんせー!美空がデク、イジメてるぞー」
「わー!かっちゃんのバカー!イジメてないもん!ね?そうだよね?いっちゃん!」


大号泣する僕の前で顔を引きつらせながら慰める美空ちゃんとそれを面白がるかっちゃんの声に先生が慌てて駆け寄ってくる。
美空ちゃんが僕をイジメるなんてことするわけないけど、嗚咽を漏らすほどの大号泣しているため、ただ事ではないと先生も察したらしく、美空ちゃんにどうしたのか聞いていた。


「美空ちゃん、出久くんはなんで泣いてるの?」
「わ、わかりません!急に泣きだしちゃって!」
「美空がイジメたんだろ」
「イジメてない!かっちゃんは黙ってて!」
「美空ちゃぁぁばぁ、悪ぐぅ…ああああ!」
「ほら、美空が悪いんだろ」
「そうなの!?」


涙で言葉が上手く話せない代わりに、美空ちゃんの言葉に勢い良く頭を横に振る。それにホッと胸をなで下ろす美空ちゃんと大きく舌打ちをするかっちゃん。
美空ちゃんから事情を聞いた先生はなんとなく僕が泣いている理由を分かったらしく、タオル持ってくるねと僕の頭を優しく撫でた。


「グズッ…美空ぢゃん」
「何!?」
「ありがどう」


わんわんと声を上げて泣いたせいで声はガラガラだったが、美空ちゃんにはこれだけは伝えなくてはと手を強く握った。
美空ちゃんはその言葉に嬉しそうに笑って、僕の目元の涙を拭ってくれた。


「うん!でも、ヒーローになるならもう少し泣き虫直さないとね」


その言葉に止まりかけていた涙腺が大崩壊して、美空ちゃんを困らせたのは言うまでもない。
美空ちゃんはこの時から僕にとってはオールマイトにも匹敵するほどのヒーローだった。