やさしさ相反して毒

休日の昼下がりに私はお母さんと二人、家の庭で個性の練習をしていた。

お母さんの個性は、液体操作。液体に触れることで、自由自在に操ることができる。ちなみにお姉ちゃんもお母さんと同じ個性である。
お父さんは念動力。遠隔操作で物を自由自在に操ることができる。ただし効果は自分の視界の範囲内のみになる。

両親のどちらか、もしくは複合的な個性が出てもおかしくないはずなのに、私はタイムリミットとされている4歳をもうすぐ迎えようとしていた。


「んー!」
「水が自分の思い通りに動くイメージよ!ほら!こう!」


ホースから流れる水に手を濡らしながら睨みつけ、頭の中では自由自在に動く水がしっかりと思い浮かべられている。
お母さんは片手でホースの水に触れると、無数の鳥の形に変えてしまう。太陽の光に向かって飛んでいく鳥の綺麗さに目を奪われていると、お母さんの激がすぐに飛んできた。


「美空!見惚れてないで練習よ!」
「はい!」


いつかは個性も出るだろうと楽観していた私とお母さんが急に個性の特訓を始めたのは、数日前に遡る。

お母さんと一緒にお昼ご飯を食べていたら、玄関のチャイムが鳴り、お母さんははーいと返事をしながら小走りで出ていった。瞬間、お母さんの慌てたような声が聞こえて、玄関が騒がしくなる。
お昼ご飯のチャーハンを一口スプーンで運んだ瞬間、リビングの扉が勢い良く開き、一人のおばあさんが入ってきた。
突然、知らないおばあさんが部屋に入ってきたかと思うと、部屋をぐるりと見渡して、私を値踏みするよに睨みつける。探られるようなその視線に私は居心地悪く俯く。何処かで見たことがある白髪のお婆ちゃんだと思ったら、あの森で会ったお婆ちゃんにソックリだった。


「お母様!待ってください!」


1拍おいて駆け込んできたお母さんは、睨みつけるおばあさんとの間に私を隠すように立つ。


「ど、どうしたんですか、急に」
「娘と孫の様子を見に来て何が悪いんだい?」
「そんなことするような人でしたか?隠居して少しは丸くなったんですか?」


ピンと張り詰めた空気に私はお母さんの背中をソッと覗くしかない。
お母さんが"お母様"と呼んだということは私にとってはお祖母ちゃんと言うことになる。私のお祖母ちゃんは死んだと聞かされていたが、一体どういうことなのだろうか。
それを無邪気に聞けるほど、二人の間に交わされる無言の攻防は優しくはなかった。


「美空の個性はどっちに似てるんだい?"また"お前の個性を引き継いだのかい?」
「っ!"また"ってなんですか!もう二度と私の子供たちには手出しはさせません!」
「怒鳴るんじゃないよ、美空が怖がるだろう?」
「っ、…今更何の用ですか?」


ここまで怒っているお母さんを見るのは初めてだった。お母さんは背を向けていて表情は見えないけど、きっとものすごく怒っている。怒りを堪えるように発せられた言葉の刺々しさに私までも震え上がった。


「逃げたお前には用はないんだよ。…美空、まだ個性がまだ発現してないんだって?」
「だったらなんですか?家には家のルールがあるんです!」
「もう四歳になるんだろ?まさか青蓮院家の娘が無個性なんてことはないだろうね」
「青蓮院家とはもう縁を切ったはずです!」
「馬鹿な娘でも私の最高の個性を受け継いだ娘だ。それに個性婚をしたんだから、複合個性が出ないと困るだろ。お前も若くはない。美空が、駄目なときは次の子を…」


激しい破裂音と共にリビングの扉の横の壁に大きな窪みが出来き、そこから水が流れている。お母さんの手にはテーブルの上に置いてあったコップが握られている。おばあさんは壊れた壁を一瞥し、何事もなかったように話し始めた。


「二人目だからと私が甘く見てたのがいけなかったね。美空の4歳の誕生日までに個性が発動しなかったら、その子は私が引き取るよ」
「そんな…!」
「口答えは許さないよ。これでも譲歩してやってるんだ。青藍と同じ目に遭わせたくないだろう?」
「っ…分かりました。その代わり!美空の個性が発現したら、美空には手を出さないと約束してください!」
「考えといてやるよ。まずは個性を発現させることだね。話はそれからだ」


それからおばあさんは静かに家を後にした。お母さんはその場に力無く座り込み、慌てて駆け寄る。
お母さんの顔は酷く疲れていて、私は何をすればいいのか分からず、今にも泣きそうなのを堪えながらお母さんの手を握った。


「お母さん…大丈夫?」
「美空…!大丈夫、大丈夫よ。美空はお母さんが守るからね」


お母さんは今にも泣きそうなの顔で私を痛いほど抱きしめた。大丈夫と何度も繰り返すお母さんの言葉は私ではなく自分自身に言い聞かせているようだった。
数分もしないうちに家に駆けつけたお父さんはお母さんの表情と家の惨状に何かを察したらしく、何も言わずに私達を抱きしめた。
疲れて眠ってしまったお母さんの代わりお父さんは私に話をしてくれた。
さっき来たお祖母ちゃんはお母さんのお母さん、つまり私とお姉ちゃんのお祖母ちゃんであること。しかし、お母さんとお祖母ちゃんはまだ私が生まれる前に喧嘩して、家を出てから仲があまりよくないこと。この話はお姉ちゃんには何も聞かないこと。
一度に新しいことと約束事をして、私はいっぱいいっぱいになりながら頷いた。
嵐のように現れたお祖母ちゃんは私達家族にとってあまり良くない人だと言うのが分かった。悪い人かというと、よく知らないから悪いとは言えない。
それでも家に帰ってきたお姉ちゃんがお父さんから話を聞いていた時の苦虫を噛み潰すような表情に、お祖母ちゃんのことは聞いちゃ駄目なのだと悟った。




「美空!集中しなさい!」
「ごめんなさい!」


照りつける太陽と休憩なしでずっと集中しているせいで、一瞬頭がクラっとする。お母さんは私以上に辛そうな顔で檄を飛ばしながら、指導する。
お祖母ちゃんが来たあの日から毎日、幼稚園から帰ってくるとお母さんと二人個性の練習をしている。最初は1時間だったのが、2時間、3時間と伸び、最近はお父さんかお姉ちゃんが帰ってくるまで練習は続いた。
もう嫌だ、やりたくないと何度も言いそうになったが、お母さんのあまりに必死な形相はそれすら言わせてくれなかった。
太陽の光を受けてキラキラと輝く水を張ったバケツを見ながら、最近いっちゃんやかっちゃんたちと一緒に遊んでないなと思った。個性が出たら一緒に遊べるんだと自分を奮い立たせて一層集中をする。
でももし、私に個性が出なかったら?その時は、もう二度といっちゃんやかっちゃんたちと一緒に遊べないのかな?
その考えを最後に私の意識は遠のいていった。