夢を見ていた。
幼稚園から帰るとすぐに、近くの公園でいっちゃんとかっちゃんとお母さんが迎えに来るまで一緒に遊んで、家に帰るとお父さんとお姉ちゃんと一緒に夕御飯を食べる、そんな夢。少し前なら当たり前だったことが、あの日以降壊れてしまった。私が個性を発現できないせいで。
個性ってそんなに大事なの?かっちゃんの個性はカッコイイと思うけど、いっちゃんは無個性でヒーローになろうと必死に頑張ってる。私も無個性のヒーローじゃダメなの?
目を開けると見慣れた薄暗い天井が見えた。ゆっくりと記憶が蘇り、私は練習中に倒れたことを思い出した。上半身を起こすと、額からぬるくなったタオルが落ちた。
お母さんはどうして私に個性を出させようとするのだろうか。別に個性なんて出なくても私はいいと思っている。こんなに辛くて悲しいなら、個性なんていらない。
グゥと鳴ったお腹にリビングで何か食べようとベットから降りる。階段を一歩一歩降りる度に気分が落ち込んでくる。私の個性が出ないせいでまたお母さんは悲しい顔をするのだろうか、なんでお父さんとお姉ちゃんは止めてくれないのだろうか。
そんなことをぐるぐる考えて、リビングの光が薄暗い廊下に漏れでていた。
「いい加減にしないか!」
突然響いたお父さんの怒号に私はビクリと体を揺らす。お父さんが怒るところなんて初めて見た。お父さんのお気に入りのコップを割った時も笑って許してくれたお父さんが何に怒っているんだろうか。
ドキドキしながらそっとリビングを覗く。
「熱中症だけだったからよかったものの、大事になってたらどうするつもりだったんだ!」
「だって!」
「美空には美空のペースがある!無理に急かしても出ないものは出ないだろう」
「っ、アナタは美空を青藍と同じ目に遭わせたいんですか!あんなボロボロになった青藍を私は二度と見たくなくて、家を出たんです!」
「俺だって見たくないさ!だが!仕方、ないだろう…」
遠くて表情はしっかりと見えないが、お母さんは椅子に座って深く項垂れていた。その背にお父さんは手を置き、慰めている。
「いろんな病院で見てもらっても、あの子には個性が発現するはずだって言われたのよ。なのに、全く出ないの!このままじゃ、お母様に美空を取られちゃう!美空が傷つけられちゃう…!」
「大丈夫だ。美空は私達の子どもだ。きっと素晴らしい個性が発現するよ」
「でも、美空の誕生日は明日よ!明日までに個性が発現しなかったら、お母様が来てしまう!」
「瑠璃、落ち着きなさい。美空は私達夫婦の子どもだ。私達二人で美空を守ろう」
「なんで…なんで、私は青蓮院家に生まれたの?こんなに苦しいだなんて思わなかった…!」
お母さんの泣き顔に私は何か見てはいけないものを見てしまってように、慌てて部屋に駆け戻った。空腹も忘れて布団を深く被り、小さく丸まった。
私が個性を発現できないせいでお母さんを泣かせてしまった。私が個性を発現できないせいでお父さんを困らせてしまった。なんで私の個性は出てきてくれないのだろうか。
「神様…お願い、します。個性を…なんでもいい、個性を私にください…!」
ボロボロと溢れる涙は枕を濡らしていった。何度も何度も心の中で祈り、いつの間にか泣き疲れて眠ってしまっていた。
次の日の朝、私は誕生日を迎えた。
いつもなら楽しい1日なのに、目は重たいし、タオルを濡らすための水に触れて個性を発現しようとしたけど、何の反応もなかった。
とうとう私は個性を発言できずに4歳を迎えてしまったのだった。
「美空、おはよう」
「…おはよう、お母さん」
「美空、お誕生日おめでとう!今日の夕飯はナマエの好きなものたくさん作ってあげるからね!」
「うん!ありがとう!」
お母さんの少し赤くなった目をまっすぐ見れずに、無理やり口角を上げて返事をした。
いつも通りを心掛けていたけど、幼稚園バスを待つ間も何か話すわけではなく、ただ二人手を繋いでいるだけだった。幼稚園につくと、先生やみんなにおめでとうと言われた。
おめでとうと言われるのは嬉しかったけど、上手く笑えずに足早に自分のロッカーに向かう。
「美空ちゃん!」
「…いっちゃん」
「美空ちゃん!誕生日おめでとう!これ、プレゼ…どうしたの?なんか元気がないね」
「いっちゃん…。ごめんね!大丈夫だよ!プレゼントありがとう!」
不安そうにこちらを見るいっちゃんに頑張って笑うけど、いっちゃんの表情は晴れない。
「ねぇ、やっぱり何かあったんじゃ…」
「美空!今日4歳だろ?個性はもう出たか?」
「!」
かっちゃんの言葉に私の胸がギュウと締め付けられる。お母さんと一緒に何度も頑張ったのに個性はとうとう発現しなかった。
不意に昨日見てしまったお母さんの涙とお父さんの落胆の表情が脳裏に蘇り、ポロポロと涙が零れ始めた。
かっちゃんは珍しくギョッとした表情で、何かを言おうとして口を何回か開閉していたが、それが言葉になることはなかった。
「どどどうしたの、美空ちゃん!?」
「いっ、いっちゃん、かっ、ちゃん、わた、し、個性、が出ないの…!」
「は、はぁ?そんくらいで泣くなよ!デクなんて無個性だぞ?」
「うっ、そうだけど…そんなにハッキリ言わなくても…」
「だ、ダメ、なの…!個性がないと…お母さんが…泣いちゃうの…!」
そこまで言い終わると、涙がとめどなく溢れだしてきた。
無個性であったとしても、私は何も困らなかった。けど、お母さんやお父さんを困らせてしまう。
「なんで、私に個性が出ないの…!」
一度堰を切ったように流れ出した涙は止まることなく、ドンドン溢れだしてきた。溢れだした涙は次第に水たまりを作り、そして教室全体に少しずつ溜まり始めた。
「え?水が溜まってる?」
「オイ、コイツまさか…!」
「うわぁぁん!」
周りがザワザワと騒がしくなってくる。先生たちも異変に気づき、慌てて水を出そうと扉を開けようとした瞬間、美空を中心に水の勢いが急激に激しくなった。不幸にも扉とは反対側にいた先生はその激流に足元を掬われ、前に全く進まない。
他の園児は噴水のように無作為に噴射され始めたそれに叫びながら逃げ始める。
「美空ちゃん!おおおお落ち着いて!!」
「うわああん!」
「オイ、泣き止め!!お前個性出てんだろ!!」
「かっちゃんの嘘つきー!出てないもんー!」
「周り見ろ!!出てんだろうがぁ!!」
「そうだよ!すごい個せ、ブワァ!!」
大声で泣き声をあげていた美空は二人の声に周りに目を向けた。そしてそのあまりに酷い惨状に泣くことを忘れてしまった。
通い慣れた教室は大しけの海の様に激しく波打っている。自分を中心に水があふれ出していることに気づき、慌てて立ち上がると勢いが更に増した。
最も激しい水の流れの中心にいる美空に近づいた緑谷はその流れになんとか耐えていたものの、どこからともなく噴射された水に吹き飛ばされていた。
「な、なにこれ!?」
「いいから止めやがれ!」
「どうやって止めるの!?」
「そんなの自分の個性なんだから、気合だろ!」
「かっちゃん、説明が雑だよ!!」
かっちゃんの言葉に私は目を閉じて、意識を集中させる。水を止めるイメージ、止めるイメージ、止める…
「!?」
水を止めようとしていたのに、一瞬にして水が教室いっぱいに溜まった。突然水中に放り投げられたため、息を十分に吸い込むことができずに、すぐに息が苦しくなる。
「(どうしよう…私のせいだ)」
「たく、個性がやっと出たと思ったら、暴走とはね…誰に似たんだろうね」
弾けるように教室の水が一気に無くなり、肺に空気を何度も送り込む。
少し咳き込んでいると、お祖母ちゃんが私を見下ろしていた。
「あ…」
「約束は約束だ。お前はここで暮らしな。だけどね、自分の個性くらい使いこなせるようになるんだね」
お祖母ちゃんはそれだけを言うと、何処かに行ってしまった。
それから少ししてお母さんが顔色を変えて私を抱きしめながら、先生たちに謝っていた。それから生徒の保護者にも一人一人謝罪をしていた。それでも、生徒は誰一人として怒らず、むしろ美空の個性はすごいと持て囃した。
みんなに謝り終わった帰り道、お母さんと手を繋いで無言で歩いていく。
「お母さん、あのね、」
「だから言ったでしょ。美空の個性は私と同じだって。だって、私の大切な娘なんですもの」
「…うん!」
その時お母さんの目尻に涙が浮かんでいたのは、私だけの秘密だ。