05
会場の裏にあるロータリーに風見さんの運転する車が停車する。
どうやら今回風見さんは裏方に回るようだ。
…今回は、と言ってみたが風見さんは司令塔だ。降谷さんが潜入捜査で不在の私たちの班は、実質風見さんの指示で動いている。
「俺はターゲットが予約している隣の部屋に待機する。指令本部は、今回はこの部屋だ。苗字の音声は俺が聞いておく。指令を出すのもその部屋からだ。」
「分かりました。お隣なんて、なんだか安心しますね。」
「気は抜くなよ。」
「もちろんです!」
「それと」
「わっ…!」
にゅっと伸びてきた風見さんの手が私の髪に触れる。
何事かと身を固くしたが、その手は頭や髪をなでるというよりは少しゴソゴソと動き、スッと離れて行った。
「何があるか分からんからな。念のため盗聴器だけもうひとつ。髪の中に隠しているから、もし…先にシャワーを浴びるなんて事になったら気を付けておくように。」
「あ…盲点でした、ありがとうございます。」
いつも相手に先にシャワーを誘導しその隙に情報を頂いて逃亡しているので全く考えていなかったが、そうか。
念には念を入れておいた方がいいだろう。お礼を告げ、車を降りる。風見さんは、私が会場に入ったことを見届けるとそのまま車を発進させた。きっと駐車場に車を停めに行ったのだろう。
会場に着くと、そこには煌びやかな世界が広がっていた。
男性のエスコートがあってはこちらからも声をかけにくいし、万が一ターゲットから声をかけてもらうようなチャンスがあっても障害になる。そのため、明らかにスタッフと分かる男に、ゲストとして案内されているていを装っていた。ちなみにこのスタッフのネームカードを首から下げスタッフに扮している男は公安のメンバーだ。近場のショーケースを指し、適当に会話が始まる。
「カメオでしたら、こちらのデザイナーが有名ですよ。苗字さんはお探しのものはございますか?」
「うーん、カメオはあまり興味がないのよね。それより…」
会場内を見渡しても不自然にならない会話をしながら、ターゲットを探す。
ちなみに私は偽名を使わない主義だ。データ管理はばっちりしているし、私の場合は降谷さんと違って偽名に対して反応が遅れてボロが出るタイプなので、本名で通している。これが案外大丈夫だったりするのだ。
「あ、あの辺りを見てみたいのだけれど。」
SP連れなんかそうごろごろといるものでもないので、有り難いことにターゲットはきっちり目立ってくれている。そちらを指すと、スタッフに扮した仲間も自然な仕草でエスコートに移る。
「ああ、あちらは国際ブランドコーナーですね。イタリアは面白いデザインも多いんですよ。是非ご案内させてください。」
「ありがとう。」
そうやって近づけば、こちらに目を向けるターゲットが視界に入る。
「やあ。素敵なドレスだ。首元の宝石が霞んで見えるよ。」
…この男、思ったよりチョロすぎないだろうか。
こちらの思惑通り…というか出来すぎているくらいだが、無事第一関門突破といったところか。
声をかけてきたターゲットに、まずは相手の出方を見てから流れに任せることにしよう。
少しおどけたように表情を作り、振り返る。
「あら、それは製作された方がさぞ喜ぶでしょうね。代理として、私の方からお礼申し上げます。」
「おや、これは失礼。よく見たら貴女自身の輝きに宝石もドレスも太刀打ちできていないみたいだ。」
「貴方にそう見えるのなら…嬉しいわ。」
「…機嫌を損ねてしまったお詫びに、僕にエスコートさせて頂けないだろうか。美しいプリンセス?」
そういって手を持ち上げられる。
ターゲットは思ったより若く見える。これが幹部?いや…でも間違ってはいないはず。
「私、オウジサマより紳士が好きなの。」
「なるほど。…僕は 和久寺大基といいます。そうだな、君に夜景とそれに見合う素敵な夜を約束しよう。」
ちら、と懐から覗かせたルームキーは間違いなくあの部屋の番号で、本名も間違いない。
スタッフに扮した仲間に「案内はもう結構よ」と告げる。
「早く夜になればいいのに。」
そう目の前の男――今回のターゲットである和久寺に言うと、男は口角をあげその唇を握ったままの私の手の甲に降らせた。うわ、キザ。降谷…いや、安室さんですらここまでやらない気がする。
「可憐なプリンセスのお名前を聞いても?」
「名前よ、大基さん。」
「名前さん…名前まで魅力的だ。夜になる前に君に酔いしれてしまいそうだよ。」
誘導されるがまま、彼の腕に自分の手を重ねる。そのまま腕を組む形で会場内を歩く。今のところイヤリングの受信機からは何も聞こえないため、先ほどのやり取りにもこの進行にも問題はないようだ。たまにノイズが入る為、風見さんと繋がっていることは分かる。
「このジュエリー、名前さんに似合いそうだ。」
「素敵ね。でもこんな高価なもの、私がつけても浮いちゃうわ。」
「君は自分の価値が分かっていないようだ。」
そう言いながらスッと男が取り出したのはクレジットカードだ。私が慌てたのが仕草に出ていたのか、視線をこちらに向けた和久寺が、つい と首元に触れた。思わずゾッとしたが、これは表面には出ていないはずだ。
「今日の記念に贈らせてくれ。君には悪いけれど、こんな安物は似合わない。今日だけでいいんだ。僕に勘違いをさせてくれ。」
「でもそんな、頂けません。こんな高価なもの…。」
「僕は、今日の夜にこれぐらいの価値があると思っているけれど…それとも、どうしてもそのネックレスを外したくない理由でもあるのかな?」
スッと細められた目に、心臓が握られているようだ。――気づいている?いや、それであればわざわざ夜の相手に誘ってきたのもおかしい。怪しんでいるとしても、今までのパターンから考えてこの男ならさっさと逃走しているはずだ。こんな――…いや、落ち着け。まだ絶対絶命でもない。落ち着け。
「そんなものは無いけれど…だってそれを貰ってしまったら、今夜は私とっても頑張らなくちゃお返しにならないんじゃないかって。」
「いじらしいね。それも楽しそうだ。じゃあこれと…君、このネックレスに合うイヤリングを見繕ってくれ。」
ブーススタッフにそう言うと、いいカモだと思ったのかスタッフはいそいそとイヤリングをトレーに並べていく。
マズい。盗聴器は風見さんが最後に仕掛けてくれたものがあるとして、これで発信機と音声受信機が手元から無くなる。今のところ飛んできていないが、風見さんの指示が聞けるのはここまでとなる。震える手でイヤリングに触れたとき、微かにノイズが耳に届いた。風見さんがマイクを触ったのだとわかり、耳を澄ませる。
『――大丈夫だ。苗字の声はずっと聞いてる。必ず助ける…信じろ。』
焦る私の耳に、ザザッという音のあと、静かに風見さんの声が聞こえた。
スーッと心に立ったさざ波が引いていく。大丈夫だ、私が焦るのは、最後に風見さんが髪に仕込んでくれた盗聴器がなくなった時だ。
「失礼」と声が掛けられ、和久寺の手でネックレスが外される。そしてイヤリングも。代わりに乗せられたジュエリーはずっしりと重たく、まるで首輪のようだ。
「ああほらやっぱり、こちらの方が君には似合うよ。…この外したネックレスとイヤリングは僕が持っておこうか?」
「結構よ。これ、元彼に貰ったものなの。貴方に持たせるわけにはいかないわ。」
捨てておいてちょうだい。そうスタッフに告げれば、目の前の彼は初めて目を見開いた。これでいいんでしょ。
というか、こいつに渡したところでそれはSPに渡され見ていないところで調べられるに決まっている。ちらとSPの一人が和久寺に目配せをしていたが、彼はそれを手で制止していたからこの場はなんとか躱せたはずだ。
「ああ…待ちきれないな。君は素敵だ。…部屋に行こうか。」
「ふふ。可愛い人。」
ぐいと引かれた腰に乗る手は熱い。夜景だなんだと言っていた割には我慢が出来なかったようで、まだまだ日は高いがその気になってしまったらしい。こちらとしては夜までなんて反吐が出るところだ。むしろ好都合といっていい。
そのまま足はエレベーターの方へ向かう。会場の上がホテルとなっており、恐らくというよりは確実に部屋に行くのだろう。まあ、隣の部屋には風見さんも待機してくれているのだから問題はない。
前に2人、後ろに2人のSPを連れ、ついたのは高層用エレベーターだ。
「…高層用?」
「どうかした?」
「いえ、さっき見せてくださったルームキーが2301と見えたものだからてっきり23階だと思ったの。高層用って30階以上しか止まらないでしょう?ただ興味が湧いただけ。」
「ああ、あれは僕の宿泊用に借りたんだ。でも、まさかそんなところに君を連れてはいけないよ。綺麗な夜景を約束したろう?」
「貴方って本当にいい男ね。惚れ直しちゃいそう。」
まさか別に部屋を取っていたとは。これは公安では把握していなかった。
予定が狂ったが、問題ない。部屋の前に着いたときルーム番号を口に出せばいい。全て風見さんが拾ってくれる。
ポーンという軽い音とともにエレベーターが止まったのは最上階だ。
「まさか一番最高のスイートに連れてきてもらえるなんて思ってなかったわ。夜景以外にも楽しみが増えちゃった。」
「お風呂もとても広いし、君がご所望なら泡でもバラでも僕は構わないよ。」
「楽しみは後にとっておかなくちゃ。夜景の前に、一緒に。」
「他でもない可愛い君の願いなら。」
"一番最高の"スイートという言葉で最上階ということは伝わった筈だ。最上階のスイートは全部で3部屋。5001、5002、5003 さあどれか。5001のドアを滑らかな歩みで通り過ぎる――と思った瞬間だった。突然くるりと振り返った和久寺が、自身の口で私の口を塞ぐ。あまりに迷いなく1つ目の扉を通過したため私の意識は完全に次のドアに移っており、反応が遅れてしまう。――やられた!
「…っ!ん、」
口を口で塞ぎ片手で後頭部を固定される。これは、応えない方が不自然だ。唇をぬるりと舐め上げる舌を受け入れる。
後頭部を固定していない手が、ドレス越しに全身を、特に表面から確認しづらい脇から脇腹、尻の割れ目からタイトスカートから触れる範囲の内もも、胸を弄るように動く。おそらく、部屋に入る前にボディチェックをされている。風見さんの言った通り、拳銃は持ってこなくて正解だった。こんな、SPがいる前で見つかりでもしたらどうなっていたことか。
「あ、ん…!恥ずかしい、こんな、…んう、」
SPの前でと遠回しに伝え早くSPには撤退してもらうよう促すが、目の前の男はどこ吹く風と構わず続けている。
くちゅくちゅと音が鳴るのが、恐らく風見さんにも聞こえている。これ、結構苦痛だ。
「は、とても可愛いよ。君が構わないなら、ギャラリー付きで楽しんでもいいんだが。」
「はあっ…意外な趣味だわ。でも、あなたとの初めてには無粋じゃない?私…貴方だけに見てもらいたい…。」
「っ、ああ…すまない、拗ねないで。――お前たちは戻っていろ。もう、この階はいい。23階の部屋で待機しておけ。」
その指示でSPは一礼し下がっていく。よし、順調だ。
そのままキスをしながら部屋になだれ込む。少し会話で探りを入れたいが、この流れでは難しい。ちらと時計を見る。今から30分。それが許されたタイムリミットだ。
「っねえ?、貴方が私の好みだったから付いてきてしまったけれど、貴方って何者なの?あっ…こんな、素敵な部屋を借りられちゃうんだもの、っ」
「うん?知りたがりなプリンセスだな…何者、か。君の期待には応えられないかも知れないな。」
「あっ…まって、ねえ、」
――試みてはみたが、やはり話に持っていくのは難しいかもしれない。服の上から弄る手は、次第に色を持ったものに変わる。しつこく首元を這っていた舌が引っ込み、唇を押し付けられた直後ちくりとした痛みが走った。
「ねえ、シャワー浴びたい、お願いっ」
「僕はこのままの君がいいな。」
「や、…!」
ジジ、と音と振動が伝わる。背中のファスナーが下げられている。
きっとこの状態で私が何を言っても、こいつは聞く気がない。なんとか、少しでもいい。こちらに意識を持ってこさせたい。咄嗟に和久寺のボトムに手を伸ばし、くるりと撫でまわす。
「!」
半ば抵抗ばかりしていた私が急に積極的になったことに驚いたのか、ひくりと和久寺が身を引く。やっと、熱に浮かされた瞳とかちりと視線が交わった。今しかない。
「――ねえ、私、さっきSPさんの前で見世物にされたこと、ちょっと怒ってるの。」
言いながら、くるくると色気なく円を描く。手のひら越しに少しずつ固くなっていくものを、まるで粗末に扱うように。
「…うっ」
「それに、秘密を共有するってとっても甘美だと思うんだけど…より忘れられない夜になるって、そう思わない?シャワーの間待ってあげるから、とっておきの秘密、用意してきて?…そしたら私も。」
じっと見つめると、目の前にはハアハアと息を荒くする男。いけるか?見たところ五分五分だ。もうひと押しかな…?つい、と形の浮いた竿の部分の輪郭を撫で上げると、ぐ、と喉仏が上下するのがはっきりと見えた。
「私の機嫌、とりたくない?」
「…負けたよ。僕が先に?」
「聞き分けのいい人って好きだわ。」
ちゅっと頬に口づけを送ると、やれやれと言った様子でジャケットを渡される。ハンガーにかけておくわと伝えながら重みを確認すると、恐らく財布とスマホは入っている。…この幹部の男、結構抜けているのかもしれない。