今日も夜中という非常識な時間に急な呼び出しをしてきたかと思えば、その女は悪戯成功にご機嫌といったいつもの様子ではなかった。不機嫌丸出しで助手席に乗り込んだ女に、運転をしている男は多少の興味も込めて声をかける。
「どうしたんです?随分とご機嫌斜めのようですが?」
ちらと運転席を見た女は、好奇心を含んだ視線の挑発にのる様子もなく窓の外に視線を移し、頬杖をついていた。
「気に入っていたおもちゃが壊れてしまったのよ。」
「貴女のいうおもちゃは――きっと物ではないのでしょうね。人の死に感傷的になるだなんて、貴女らしくもない。」
「自分の知ったところでならいいのよ。でもこっそり壊されてちゃいい気はしないわ。その子はアナタも知っているはずよ、バーボン。」
「誰です?ライですか?」
彼女の気に入ったおもちゃと言っているにもかかわらず自身の気に食わない人物の名前を口にしたバーボンに、ベルモットは呆れたようにため息をついた。
「ベレッタよ。」
「――え?」
「アナタ聞いていないの?ジンの差し金よ。…まあアナタなら知らされてないのも無理ないわ。」
「それって、確かな情報なんですか?確実に死んだところを誰か確認してるんです?」
「そうね…遺体は処理済だったけれど。確かに彼女が組織の薬を飲んだ証拠はあがってるわ。盗聴した限りでは実行していたし、地面に残された唾液から彼女のDNAと薬の溶けた成分が確認されてるから間違いはないわね。」
「そう…ですか。」
ハンドルを握る手が震えるのが伝わらないよう、バーボンは手に力を込めた。死んだと教えられた部下のコードネームが何度も頭に反響する。3日前に電話をしたときは、彼女はいつも通り凛とした声で話をしていたのに。
「本当は、ライを試すのに彼女は利用されただけだった。…今度ライはジンと一緒に組む予定だったみたいね。彼にベレッタに飲ませるよう指定した薬物も、ただのビタミン剤。何度か任務を共にした仲間でも躊躇なく手にかけられるかどうか――とりあえずそれを彼女に飲ませればいったん彼は白と判断が下りるはずで…それをあの子が自分で本物の毒薬も全部飲んでしまったのよ。……ホント馬鹿な子。」
「……それは…はは、ずいぶん間抜けな…。」
「あの子…いつも通り馬鹿みたいに怒っていたわ。"私が死んで泣くんじゃないわよ"ってね。本当、最後まで子供みたいで――…聞くに堪えないわよ。」
「音声を?」
「…聞きたいのなら、ジンにでも頼むのね。」
それきり、ベルモットは何も言わなくなってしまった。いつもより数倍饒舌に話した女は、それだけで本当に彼女――ベレッタのことを多少は気に入っていたのだとわかる。音声があるとこの女は言った。彼女の最期の音声が。聞きたいようで聞きたくないその声を、ジンに聞かせてほしいと言えるはずがなかった。表面上組織に入った時に軽く挨拶をした程度の相手の死に興味をもつなんて、それこそ命がけで自分を組織に招き入れてくれた彼女に対しての最大の冒涜だった。枯れたはずのなにかがこみ上げたような気がして、ぐっと押し込める。
いつもは饒舌なはずの男が言葉に詰まるのを、女は指摘しなかった。
ただ静かな空間だけが広がる車内で、亡き人を悼む二人がそこにあった。
指定の場所までベルモットを送った安室もとい降谷はベルモットが座っていた助手席の座席下やサイドボードを確認し、盗聴器の類が仕掛けられていないことを確認する。
いつもは冗談半分で仕掛けられるそれらのものは仕掛けられてはいなかった。
スマホの時刻を確認すればAM2:00と表示されている。公安の直属の部下に連絡をしようかと考えたが時間が時間なだけにおとなしくそのスマホをしまった。
苗字名前が死んだ。
その事実が頭の中で何度も反芻する。警察学校で一つ下の後輩の彼女は努力家で、首席で卒業したと聞いた。
とくに伊達や荻原なんかは妹のように可愛がっていた。景光だって――
「また、なのか…。」
ドン、と手をぶつけたハンドルからみしりと嫌な音が鳴る。
やりきれない気持ちをぶつけても、慰めの言葉など降ってくるわけもなかった。自分はひとりだ。
今回の件は、スコッチの時とはまた違う。そう頭では分かってはいるのに、納得ができない。
その現場にいなかったベルモットが当時の状況を知っている――尚且つ”音声”という単語を使ったということは残っているのは映像ではない。おそらくその場もしくはライ自身に盗聴器を仕掛けていたのだろう。完全な二人きりの状況を作る必要があったとはいえ、試すようなことを行っているのだ。現場付近には監視がいたはず。そんな状況で相手を殺せと言われれば、自分だってそうしていただろう。もし指示されたのが直前であれば策を練ることは難しい。それに彼女はなぜ盗聴器があることを知っていた?これは、ライが苗字に教えたのではないか?彼女が先にその現場に到着し盗聴器の有無を確認していたのであれば、それを先に破壊するかジンに連絡をして苦言を呈すかするはずだ。
状況を推測すればするほど、あの男を――ライを庇うような言葉ばかりが出てくるのに、恨む気持ちが一向に消えてくれないのはどうしてもスコッチの一件が頭をよぎるからだ。あれだって赤井が手を下したなどとは思っていない。でも止めようと思えば止めることができたはずだ。それをできるくらいの男だと自分の中では認めてしまっている。では今回はどうだ。止めることができたのではないのか?いや、でも当時の状況を推測すると――
頭の中で同じことをループしている自分に気づく。車を停車させたまま運転席で考え込んでから、すでに1時間が経とうとしていた。
また失った。
まるで呪いでもかけられているようだと降谷は思う。
こんな組織の潜入を彼女みたいな若く有望な人材がおこなう必要があったのか?全てはその有望さと、彼女の知人に組織から依頼を受けている人間がいたことがきっかけだった。組織からなんの疑いもなく潜入した彼女の任務は降谷零を裏から手をまわして潜入させること。降谷が主体となってこの組織の壊滅に携わることが決定してから、よりその任務を確実にするためにいわば囮となったのだ。こんなことになるなら潜入が成功してからさっさと脱退させるべきだった。
そう後悔の念が押し寄せていた。
そしてふと思う。スコッチの時は自分がこの目で死体を確認した。だからすんなりと死を受け入れることができた。では今回はどうか?死体はあがっていない。自分が後悔をするのは確認してからでも遅くはないのではないか。
そう考えたとき、自然とスマートフォンを手に取っていた。スケジュールを確認し、次にライと任務につくのはいつだったかを確認する。
とりあえず、自分で納得するまで探ってみないと納得ができない。
彼女に祈りをささげるのは、そのあとでも遅くはないはずだ。
「…もう少し、待っていてくれ。」
そう呟き、運転席のドアを開けた。
とりあえず現状だけは、夜が明けたら公安へは伝えよう。
『降谷さん、ちゃんと寝ていますか?日に日に顔が怖くなっていますよ。あんまりバーボンである自分に浸かってしまうと、元に戻れなくなりますからね――。』
3日前に連絡を取った際、彼女はのんきにそんなことを言っていた。
彼女は、公安にいようが組織にいようがいつも彼女のままだった。それが羨ましいと感じる時もあれば、危なっかしいと感じる時もあった。嘘がつけない彼女は、なりきってしまうと自分に自分が騙されて元に戻れなくなるのだという。
「この任務が終わったらなにがしたい?」
「ん〜。というかまず普通の暮らしがしたいですね。」
「一理あるな。」
「こんな警戒しっぱなしの生活なんてごめんですよ。」
「いちいち盗聴器の確認したりとか?」
「なんだかどんどん一般人とかけ離れていっちゃいますね、私たち。」
「潜入捜査なんてそんなもんだろ。」
「いいんです。この任務が終わったら降谷さんにフレンチのフルコース連れて行ってもらうから。」
「だれがいつそんなことを言った?それにお前フレンチなんか量少ない割に食べづらくて無理って言ってたろ。」
「相変わらずの記憶力ですねえ。カップラーメンでもなんでもいいんです。この任務が終わったら…降谷さんと、風見さんと、あと公安のみんなと、ゆっくりご飯が食べたいです。」
「そんな死亡フラグみたいなこと言うなよ、縁起でもない。」
「あはは。」
ある日の夢を見た。電話で交わした会話なのに、夢の中で隣に座る彼女は笑っていた。
洗面台の鏡に映る自分の顔は完全に降谷零に戻ってしまっていた。気のすむまで数回手のひらで顔を叩き洗顔を済ませ、顔をあげれば鏡に映る自分は探り屋バーボンだ。調べることは決まっている。