04
久しぶりに幼馴染と会えると思ったら思わぬおまけつきだった。
降谷零と名乗る人物は、我が幼馴染である風見裕也と同じ部署に所属しているのだという。興味が無いこともなかったが、まあ調べようと思えばいつでも調べられる――名乗った名前が本名であるならば。でも一介の警察官が偽名を使うなんてことはないのだから、恐らく本名だろう。情報屋という職業柄、すぐ相手を”調査対象”として見てしまうのは悪い癖だ。
職業やよく行く場所などを聞くと、脳が自然と『ああ、じゃあこの人を探るときは〇〇に潜り込めばいいや』とか、『〇〇を使って情報を抜き取るのが最善だな』と考えてしまう。私って意外と仕事熱心だったんだなあ。感心しながらハンバーグが眠っている鍋に火をつける。ちなみにこれは昨日作ったビーフシチューに3日前にこねまくって冷凍していたハンバーグを入れた派生料理だ。まずくはないと思うが、美味しいかは人によるだろうな。幼馴染だけだと思っていたから適当な料理だけどまあいいやと思って提案したのだが、失敗したな。
ふるやれい。
綺麗な名前だなと思った。
カフェオレみたいな肌も、毛穴がなくてきれいだった。いやあるんだろうけど、見えないほどきめ細やかだったのだ。
外から入り込んだ風でサラサラと揺れた髪の毛はさわり心地がよさそうで、あれはブロンド?ミルクティーみたいなキラキラした髪の毛は、恐らく染めているわけではないのだろう。BARのオレンジの暗めの照明が、蒼い瞳にきらりと反射した。
そういえば、垂れ目釣り眉っていいよねって誰かが言っていた。先ほど初めて会ったふるやれいという男も所謂イケメンなのだろう。我が幼馴染の目に慣れているからか、大きな瞳はわたしの悪い部分を見透かされそうで怖かった。――正直に言おう、苦手なタイプだ。
名乗る際、ほんの少し探るような目で幼馴染を一瞥したように思った。そして、幼馴染が委縮しているようにも。同じ部署に所属していると言っていたが、同期にしては彼は幼く見える。確か裕也は30歳だったはず。30歳よりも上?あの顔で?でも後輩ならずいぶんと態度のでかい後輩だ。先ほど見たばかりの顔を思い浮かべても、26歳の私と同じくらいか、下に見える。
うーんと頭をひねってみたが、わたしは今まで人の年齢を当てることができたことはない。諦めて本人に聞いてみるか。熱の通ったハンバーグをお皿によそう。しょうがないので作り置きのポテトサラダもつけておくか。あ、レタスもある。何個も洗い物を出すのは面倒だったので、それらをすべてプレートによそう。所謂カフェプレートのような仕上がりだ。幼馴染のほうにはちょっと似合わないかもしれないな、と一人で笑ってしまったのは内緒にしておこう。
▽
「そういえば、早めの時間に予約があるって言っていた客はどうしたんだ?」
ハンバーグを持って1階に戻ってみれば、店内に自分たち以外の客がいないことに気付いたらしい幼馴染が、改めて店内をぐるりと見渡す動作をして見せた。
「ああ、個室にいるよ。」
「個室?」
「2階が完全個室になってるの。3部屋あるよ。」
「へえ。すごいんですね。でも1階と2階に分かれているのであれば、おひとりでは大変なのでは?」
「2階の個室を利用するお客様は、ご自身でお酒を作って頂いているんですよ。だから、私に作ってほしい人は1階を利用してもらってます。」
「なるほど。効率的ですね。」
「どうも。あ、これどうぞ。たいしたものではありませんが。」
「ありがとうございます、頂きます。」
「もらう。ありがとう。」
どうやら、降谷零という男は話をするのが根本的に好きなようだった。だって裕也との会話に割り込んできたし…別にいいけど。裕也は聞き上手であるから、この二人がプライベートで飲みに来るくらい仲がいいのは本質が合っているからなのかもしれない。イコール、私とは合わない。せっかくイケメンなのに残念だよ、ふるやれい。
その後は、そういえばあのニュースがどうだとか、世間話に花が咲いた。お互いのことは何も知らなくてもその場を暖めるくらいの会話は出来るものだなあ。わたしは話すことが好きであるし、目の前のカフェオレ色した彼も、そういうのは得意そうだもんな。と、ぼんやりと思ったりした。
▼
ミルクみたいに白い手が、ロックアイスを手の中でまあるく削っていく。
実際冷たいのか暖かいのかは触ったことがないのでわからないが、自分とは違う真っ白な手は冷たくなっているんじゃないかと、勝手にそう思ってしまった。
銘柄を変えるなんて言わなければよかったな。
グラスと氷を変えようと手を伸ばしてきたのでそのままでいいと申し出たが、やんわりと断られてしまった。
「降谷さんは優しいんですねえ。」
口許にゆるく弧を描きながら彼女が言った。目線は手元のロックアイスに注がれている。伏せられた瞼から延びるまつ毛はきっとマスカラで伸ばされているのだろうが、それにしても長かった。真っ白な肌に漆黒のまつ毛。隣に座る男も似たようなものを持っているというのに、彼女の造形を彩っているというだけで特別なものに見えた。それぐらいには、目の前に立つ女は世間一般的には綺麗な顔をしているといっていいだろう。
「名前さんの手が冷たくなるのを見ているのが忍びないだけですよ。」
そう浮ついたセリフを言ってのけると、氷に注がれていた彼女の視線が奇妙なものを見るようなものに変わり、こちらに向けられる。反応を見る限り、見た目にそぐわず割と色気がないんだなと思った。残念だ。ちなみに、隣に座る男からはゴフッとむせたような音がした。
「…そっちですか。」
「そっち、とは?」
「あ、いや…グラスはそのままでいいって言ってくださったのは、てっきり洗い物が増えたことを気遣ってもらったのかと。」
「名前さんは謙虚なんですね。」
「さらっと名前呼だし。降谷さんはだいぶ、なんというか…慣れてらっしゃるんですねえ。」
「名前、あんまり失礼なことは―――。」
咎めるような風見の呼びかけに、ぐるんと首を回しそちらを向いた彼女は、「それ!!」と大きな声を上げた。
「降谷さんは、おいくつなんです?どう見ても裕也より上には見えませんし…後輩でその感じなんですか?地毛だと思っていたんですけど、その髪色も染めてらっしゃるとか?だとしたら怖いんですけど。」
カロン、とグラスに落とされたロックアイスは、それはもう綺麗な球体に仕上がっていた。風見曰く最近になって突然BARを始めたらしい割には器用な手だし、しっかり技術はあるのだろうが如何せん失礼な女性だ。初対面で相手の容姿についてぶっ込むって、なかなか図太いのではないだろうか。隣にいる風見は開いた口はそのままで固まってしまっていた。それを全く気にしていないような素振りで、新しいウイスキーを入れたロック用のクリスタルグラスが、カウンターへと置かれる。適度に重さのあるグラスは、気持ちよく手になじむ。
「なぜこれが染めた色だと怖いんです?俺は警察官だ。ヤクザでもチンピラでもなんでもないんだが。」
「え?違いますよ、自分に似合ってるのがわかってる感じがなんかもう女の敵って感じで怖いです。顔がいい男ってなんか信用できなくて。すみません。」
きっぱりと言ってのけた目の前の女。歯に衣着せぬ物言いは嫌いじゃないが、お前の目の前の幼馴染は死にそうになっているぞ。
「…名前、降谷さんは、俺の一つ年下だが上司だ…もう、もうやめてくれ…。」
「げっ!29歳!?え、嘘ですよね!?サバ読んでませんか!?」
「…読んでませんよ。」
童顔と言われることは心外だが、なんだろうか…媚びていないこの感じが、嫌いではない自分がいた。別に好くもないが、悪くはない。きっとこういう、『いつもの女は俺に媚びてくるのに』という姿勢が彼女の気に障るのだろうな。
「うわ、でもそれならわたしより年上なんですね…すみません…。」
案外素直な彼女に、自然と頬が緩んだ。
ここでも、仕事について彼女から詳しく追及されることはなかった。
そんな軽い会話をしていると、奥から足音。どうやら2階への階段は室内にあるようであった。
2階から降りてきている足音に気づいた名前さんが、カウンターから出て声をかけた。
「今日はありがとう。」
「いや、花を持ってきただけなのに、お邪魔してしまって悪かったね。また来るから。それまで君が健やかでいてくれることを願うよ。」
そういった背の高い男が、彼女の頬にすり寄り挨拶を交わし出ていく。後に続いた男は無言で彼女の手を取り、甲にキスをして出て行った。
まるでここが日本ではないみたいだった。
俺は何を見せられているんだ。風見は、これでもかというほど眉間にシワを寄せていた。