05



久しぶりに食べた名前のご飯は、相変わらず美味しかった。本人曰く凝ったことはあまりしていないらしいが、別に隠し味やややこしい工夫をこらさなくても美味しいものは美味しい。いつか、豚肉に塩コショウかけて焼くのが単純に一番おいしいと豪語していた。それぐらいの気楽さが、素直にいいなと思った。

降谷さんも、美味しいですと感想を述べながらパクパクと食べていた。顔は小さいのに一口が大きい。可愛らしい(と本人には口が裂けても言えない)顔立ちとは裏腹に、案外降谷さんは男らしい人であった。

そういえば彼を上司であると伝えていなかったため、名前の口からはヒヤヒヤする発言が飛び出した。ちらりと降谷さんの顔を覗いてみたが、特に気にしてはいないようだったので一安心だ。というか、年齢云々は関係ないような内容だった気もする。まず降谷さんも降谷さんだ。普段女なんてじゃがいもと同じような扱いをするくせに、安室透のような歯の浮くセリフを吐いて見せた。俺の幼馴染だから気を遣っているのだろうか?要らぬお世話だ。それに残念ながら名前は軟派な男より硬派な男が好きだ。残念でしたね降谷さん。…俺は何を考えているんだ。

3年前には顎あたりでさっぱりと切られていた髪は背中まで伸びていた。後ろでひとまとめにされた艶のある髪は切れ長で幅の広い二重を少し引っ張っているようだった。確か今年で26歳になったはずだ。年相応の大人の女性になっていた。

しみじみと幼馴染の成長を噛みしめていると、ふと奥の方から足音が聞こえてくる。先ほど言っていた先客であろう。
見た目は外人のように見えるが、もしかしたらハーフかもしれない。見送りをするためにカウンターから出てきた名前が見上げるほど高い身長の持ち主である二人組は、あろうことかそれぞれ頬ずりと手の甲へのキスの挨拶で店を出て行った。ここは日本だ。婦女暴行で現行犯逮捕してやろうかと思ったが、あの感じからするとそれなりに親しい人物なのだろう。そうは思ってもこのまま笑って見過ごすのはどうしてもできなかった。重たい扉が閉まったのを確認して、声をかける。


「おい、なんだ今のは。」

「うん?ああ、少し前にLAで友達になったの。今は日本にいるんだって。お店開いたんだって言ったらお祝いのお花をプレゼントしたいって言われちゃって!」


ほら見てよあの大きい花束だよと呑気に俺の視線を誘導しようとする手を、バシリと叩き落とした。「いたっ!」と聞こえたが自業自得だ。


「そんなことを言ってるんじゃない。そんなことは至極どうでもいい。距離感がおかしい。」

「ちょっと待ってよ、裕也ってば日本男児すぎ。挨拶でしょ?」


何のことを言っているのか理解しているだけ、コイツの成長を感じた。昔からそっちのことには無頓着で危機感が薄い。なんで俺が口酸っぱく指導しなければいけないのかと当時は思っていたが、こうして多少実を結んでいる様を目の当たりにすると報われた思いにジーンとした。まるで


「まるで兄妹のようだな。」


ふは、とそれは面白そうに、カウンター席に座った降谷さんが笑ってそう言った。笑いごとではない。多少むくれた様子の名前は、帰った客の後片付けをしてくると2階に上がっていった。2階に続く階段は店内にあるのか。まあ、それはそうだな。

さて、なかなか酒が進んでいる。そのためか降谷さんは上機嫌であるし、自分は徐々に眠気が襲ってきていた。ハンバーグを食べる時、そういえばワインをもらったから開けようと名前から提案があり、すでにワイン2本と、ウイスキーを3杯ほど飲んでいた。


「…降谷さん、明日の予定は…。」

「明日はポアロのバイトだけで、向こうは動きなしだな。お前は大丈夫なのか?」

「そう…ですね。そろそろ帰って明日に備えようかと。」

「それがいいな。ふ、風見お前、わりと酒に弱いんだな。それとも、気が緩んでいるんじゃないのか?」


普段の厳しい顔はそこにはなく、優しく問われる。
面目ないやら恥ずかしいやら。先ほどのやり取りで、俺が名前を妹のように可愛がっていることはどうやら筒抜けらしい。


その返事をする前に、足音。どうやら名前が戻ってきたようだ。







「あれ、裕也眠そうだね?」

「…ここの所、激務が続いたからな。今日はよく眠れそうだ。」

「名前さん、今日はご馳走様でした。そろそろお暇させてもらいます。」

「はーい。お粗末様でした。裕也は家近いし、タクシーでいいよね?大丈夫?あ、降谷さんはお近くですか?」

「ん〜そうですね〜…。」


降谷の家は近い。が、今日帰る予定なのは安室のセーフティーハウスなので、わりと遠い。
別にどちらでもいいのだが、言い淀んだ様子に家が遠いのだと勘違いした様子の彼女が、ひらめいたという顔をした。――まさか…


「あ。泊まっていきますか?ほら、3階自宅なので。ベッドお貸ししますよ。」


案の定、さらりとそう言ってのけた。苗字名前という女性は、頭は悪く見えないのにもしかしたらバカなのかもしれない。

彼女越しに見える風見の顔が、それはそれは歪んで見えた。
残念ながらお前の教訓は彼女にあまり響いていないみたいだな。哀れ、風見裕也。


「いやあ助かったな。ちょうど終電が終わったところみたいで。お邪魔しても?」

「構いませんよ〜。あ、でも降谷さん結構肩幅広いから…コンビニでシャツと…あと下着も買った方がいいかもですね。」

「ンッフ、そうだな、ああ、いえ…アドバイス助かりますフフ。」

「…降谷さん。」


ダメだ、笑ってしまう。そんな目で俺を見るな。
俺がからかっているのがわかったのか、風見は呆れたような表情で止めに入ってしまった。なんだ、もう終わりか。


「名前さんあなた、先ほどのやりとりを覚えていないんですか?そんなのでBARなんかやっていたらそのうち丸ごと食べられてしまいますよ。」


きょとんとした顔をする名前さんは、しばらくしてやっと思い当たったのかハッと風見を見る。しかし表情は納得していないようだった。


「なんです、人を節操なしみたいに。だいたい、降谷さんはそんなことしないはずです。わざわざ大切な部下の幼馴染をどうこうしなくったって、ショーケースのデザートを選ぶように、選び放題でしょう?」

「おや、そんなに評価が高いとは。光栄だな。」

「褒めてませんが。」

「まあ、男は好きだという気持ちがなくても女を抱けますから。これを聞いたうえでお誘い頂けるのなら、ぜひお邪魔しようかな。」

「…買いかぶりすぎました。降谷さんって思ったより意地悪なんですね。」

「残念。」

「…。」


俺たちが使ったグラスを片付けながら、名前さんは、風見をじっと見つめた。
その目は、貴方もそうなのかと問うているようで。


「…馬鹿だな。」


そう言いながら、隣の男は幼馴染の頭を撫でた。
優しい時間だな、と思う。からかったことで俺は少し嫌われてしまったが、この空間は心地いい。


貴重な”降谷零”でいられる空間だ。
また立ち寄ってみようか。そう思えるくらいには、心は癒されていた。
prevnext