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ここ最近は自宅である3階の部屋より、圧倒的に地下の仕事部屋にいることの方が多かった。
あまり根詰めすぎても、この仕事は精神をやられる。はあと大きく息を吐く。
BARの経営は気まぐれだ。お客さんの多くは知り合いである。そのため、開けてほしいという人は事前に連絡をくれる。反面教師というわけではないが、親がだらしないと子はしっかりするようにマスターがだらしないとお客さんがしっかりしてくれて助かる。
情報屋を始めた最初の数年こそ、名前を売る為に犯罪ギリギリの案件を受けていた(というかその渡した情報を犯罪者が使っていれば完全に犯罪だ)が、名前が売れてからは正規の…というか悪いことに使われそうな仕事は断るようにしている。ただそういったことに限定しすぎると仕事がだいぶん限られてしまうので、贔屓をしてくれる取引相手には、たまにお前それ真っ黒だろという案件も、受けている。ただし、信頼しているお客様限定サービスだ。例を挙げるとするなら、FBI捜査官の彼とか。ここ最近は彼から怪しい依頼は無くなったが、少し前までは明らかにFBIが相手にするような案件ではない依頼が来ていた。
何故わたしが彼をFBI捜査官だと知っているかというと、依頼の内容が内容だからと、一番初めの依頼の際に彼自ら正体を明かしてくれた。わたしは、基本的に顧客とは対面では依頼を受けない。全てネット上でのやりとりであるが、当時FBIとのコネクションはわたしにとって喉から手が出るほど欲しかったものである。お互い信頼関係を結ぶため対面で挨拶をした。わたしにとって初めて素顔を晒した相手であり、それは今のところ彼ただ一人だけだ。彼曰く、私の渡した情報によって昇進したとのことだったので、うまいことギブ&テイクの関係となったのであった。
情報屋"Amber"は、自分の正体は明かさないくせに相手の素性は明らかにしないと依頼を受けない。もしその場のみの偽名やなりすましで依頼をしている場合は、取引は無かったことにしている。依頼人の素性を調べるところから始まるため、初めましての顧客からの依頼は時間がかかることが、わたしに依頼するデメリットと言える。
ちなみに料金制度としては、ネット上でハッキング出来るものは比較的安くで請け負っている――と言っても相場よりは高いかもしれない。しかし、ネット回線を使っていないPCにのみその情報が保管されていたりすると、直接USB型のハッキング道具を使用して情報を頂かなければいけない為、潜入する必要がある。または、指紋が必須だったり。そういった場合は依頼主に確認したうえで潜入し情報を得ているわけだが、リスクが増すため料金は3倍頂いている。直接命の危険がある為だ。
「ん〜。今日は久しぶりにお酒飲みたいかも。」
ぐっと背を伸ばすと、ボキッと嫌な音が鳴った。
客が来ても来なくてもいい。今日はBARを開けるか。
客により、盗聴のスイッチをONにするかどうかを判断している。先日幼馴染が来たときは、店内の盗聴はOFFにしていた。極力身内の盗聴はしない。その代わり2階の個室のみ、盗聴器ではなくボイスレコーダー機能をONにした。後から確認したが、大してためになる情報は流れてこなかった。まあ、BARの盗聴なんておいしい情報がヒットするのはごく稀にしかない。その後裏付けの調査も必要だし、まあこれはネタ集め程度だ。
ここ1週間、外には出ていない。普段はわりと外に出て、コミュニケーションの輪を広げている。もちろん、情報をより多く入手するためだ。うーんわたしってば、仕事熱心だなあ。
ここはもちろん地下の部屋なので窓はない。換気は通気口から行っているが、久しぶりに新鮮な空気が吸いたい。重い腰を上げて、地上に繋がるエレベーターのボタンを押す。この部屋に来るためには、1階から来ることは出来ない。3階の自宅から直通のエレベーターだけが、地下に繋がっているのだ。
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風見の幼馴染である名前さんのBARに行ってから、3週間ほど経っていた。
気に入ったとはいえ、頻繁に通えるほど時間に余裕があるわけではない。報告で風見に連絡を取った際、風見はあの後1度だけ店に行ったと言っていた。警視庁に近いこともあり、ちょうど良いんだろう。
その際、「あいつは気まぐれに開店しているので、突然行っても開いていないかもしれません。」と告げられた。一人で時間を作ることは比較的簡単だが、風見と調整するのはかなり難しい。先日はたまたま奇跡が起こっただけだ。事前に連絡をしようにも、連絡先を聞いていない。風見から聞くのも、ちょっと違う気がした。
まあ、いいか。開いていなかったらおとなしく帰ろう。
普段の行動範囲は米花町付近であるからわざわざ名前さんのBARに足を運ぼうとは思わないが、今日は警視庁に立ち寄った帰りだ。ついでだからと自分に言い聞かせた。
いったん車で確認しに行って、開いていたら”降谷零”の方の自宅に停めて店に行こう。あの後きちんと調べてみたら、降谷の方の自宅からは車で5分ほどの場所に店はあった。そういえば前回は、名前さんのゴリ押しで料金は払わせてもらえなかった。開店の祝いにと花も持って行かなかったのに、とふと思い出す。そういえば店内は色とりどりの花であふれていた。3年間海外に行っていたと言っていたのに、こちらにも友達が多いんだろう。"安室"は置いておいて、"降谷”とはかけ離れた人間なんだな。そんなことを考えながら、店に確認に向かう車は寄り道をしていた。
車を走らせ店の前まで行ってみたが、…あれは開いているのか?
相変わらずOPENやCLOSEの札もかかっておらず、オレンジの明かりがぼんやり灯っているだけだった。
ドアを開けて確認するしかないのか?それで、開いていたら、車を置いてきますってまた店を出る?
いや、でもあの灯ったランプを営業中とみなして車を置いていざ来てみたら開いてませんでしたっていう方が馬鹿げている。
意を決して、重いドアを押す。ドアは開いたが、車を置いてくる旨を話さなければならなくなった。代行は、なんとなく嫌だ。
「あ、ふるや、さん。」
店内では、何故かマスターである彼女が一人で酒を飲んでいた。
店の中は、初めて来たときのピアノの自動演奏ではなく、ジャズがスピーカーから流れている。
カウンターの中でぴしりと背筋を伸ばしていたはずの彼女も、今日はカウンターの席に座り、驚いたようにこちらを見た。白シャツに黒のソムリエエプロンは前回と同じだが、ベストは脱いで隣の席に置いてある。
「…!あ、ごめんなさい、いらっしゃいませ!」
ハッと今気づいたように立ち上がる彼女に、大丈夫だと手で制す。
「今日はCLOSEでした?すみません、突然来てしまって。」
「いやいやいや、BARに突然来てすみませんなんてそんな馬鹿な…。」
「ははは、それもそうだ。」
持ってきてしまったので、もう先に渡してしまおう。前回用意するべきだったのですがと前置きをしながら、手に持っていた花束を渡す。驚いた様子の彼女は、なぜか一歩後ずさりした。
「…まぶしい。」
「え?」
「降谷さんってこないだ会ったときも思いましたけど、スマートですよね…すごい、気障だ、なんかもう…裕也とタイプが違いすぎて、……ありがとうございます。」
正直彼女の言っていることは全く意味が分からなかったが、顔にはありありと嬉しいと書いてあったので間違いではなかったんだろう。なんとなく彼女に似合う色は白かなと思って、白の花とグリーン系の葉で花束を作ってもらった。生憎花には詳しくないので、「白と緑で」というおざなりな注文になってしまったが、受け取った彼女にはやはり似合っていた。
「王子様かと思いました。」
「え?」
「いや、降谷さんって白が似合うんですね。」
どうぞ座ってくださいと腕を引かれた。手や袖を掴むのではなく腕をがっしり掴むところに、やはり彼女には色気がないなとぼんやり思った。でも嬉しそうに笑う顔は、綺麗だ。
頭の隅で「あ、車…」と思ったが、それはこの手を振りほどくほどの原動力にはならなかった。