時間稼ぎと動機
4時間程の車での移動を経て、アリーチェが連れられて来たのは幼少期に彼女の誕生日パーティーが開催されていた ディーノと初めて出会った別荘だった。
父が亡くなった際に売りに出したが、買い手がつかなかったためにキャバッローネが買い取っていた。
「(皮肉が過ぎる……)」
「アリーチェが体を動かすことが好きだとは知っていたが、銃まで扱えるとは知らなかったな。麻酔銃ってところがお前らしいが。」
「私もミルコがキャバッローネにいることは知っていたけれど、乗っ取りを計画してたなんて知らなかった。お母様達はどこ?」
窓際のソファに腰掛けているのはアリーチェとディーノの小学校から付き合いのある友人であり、現在はキャバッローネの幹部のミルコだった。
小学校時代の放課後、よくキャバッローネの屋敷の庭でサッカーをしていた記憶がある。
「そう焦るなよ。旧友に会った感想はどうだ?」
「最悪。お母様とお義父さんの無事を確認させて。話はそれからよ。」
「仕方がないな。まあ、お前の親を大切にするところは好きだから、それに免じてその態度は許してやろう。お前の新しい父親は手当てして今は痛み止めの副作用で寝ている。母親は父親についている。2階の奥の部屋にいるぜ。」
アリーチェはすぐに階段へと駆けた。
当然、アリーチェを攫った男達は一定距離を保ちつつ、警戒態勢でついてくる。
両親が寝室として使っていた奥の部屋に着き、アリーチェは大きな音を立てて勢い良く扉を開けた。
「お母様!お義父さん!」
「アリーチェ…!!なぜ来たの…!?」
アリーチェはベッドに横たわり目を瞑っている義父を見て、口を抑える。
そして小さい声量で母の叱責に近い質問に答えた。
「お母様とお義父さんの命を犠牲にして得られる幸せなんてありません。それにディーノは私が捕まろうが捕まるまいが、シマの誰かが捕まった時点で人質救出は絶対にやり遂げます。今は耐え忍ぶ時です。」
「アリーチェ………でも、今回あなたはただの人質じゃ…」
「大丈夫です。ディーノがクーデターに気付くまで辛抱すれば良いんですから。」
アリーチェは母と両手を繋ぎ、声は抑えているが力強い口調でそう言った。
「そりゃ、困るな。」
後ろから嫌な声が聞こえて、アリーチェは振り返る。
「………」
「家族の無事は確認できたんだ。もう良いだろ?」
「……お義父さんの側にいたいんだけど。人質は分散しない方が監視しやすいんじゃないの?」
「おばさん達は人質だが、お前は違う。来い。」
ミルコはアリーチェの手を強引に取り、部屋を出た。
そして奥の寝室から少し離れた、アリーチェが使っていた寝室へと足を運ぶ。
「この部屋は……」
「アリーチェ」
ミルコはアリーチェをベッドに押し倒した。
そして彼女の上に覆い被さる。
「今から抱くつもり?そんな時間あるの?」
「イタリアに残ったキャバッローネの連中で従わない奴は全員この屋敷に捕まえてある。ディーノが異変に気付くまで早くてもあと4時間はある。その間にお前の体を堪能しておくのも悪くない。」
「部下を働かせておいて?」
「上に立つ者の特権さ。」
「まあ、いいや。ディーノ対策を取る時間を削れた方が私にとって好都合かも。17年分だっけ?好きにしたら?」
そう言いつつ、スクアーロとの契約に早速違反してないか、アリーチェは若干不安が頭を過った。
余裕たっぷりなアリーチェの様子にミルコは眉を顰める。
「……………いくらなんでも冷静すぎないか?」
「私がディーノの弱みとして人質として捕まったのが今回だけじゃないことくらいミルコも知っているでしょう?」
「ああ、知ってる。だが、お前は自分が弱い立場にあると自覚してないようだ。」
「してるよ?自覚してるから体の1つや2つ、気軽に差し出すんじゃない。ああ、それとももっと怖がったり、恥ずかしがる反応を期待してた?ごめんね、私処女じゃないもので。」
「それは知ってたさ。お前の元カレ3人を狂わせたのは他ならないオレなんだから。」
「!?」
アリーチェは目を見開いた。
今まで彼女は3人は元々そういった性質を持っていて、アリーチェと付き合ったことでそういう側面が表に出てきたのだと考えていて、自分の存在が3人の男を狂わせたという自覚はなかった。
それが今覆されようとしている。
「アリーチェは変なとこで寛容で、来るもの拒まずだからな、ローマに行って早速男を作った時は発狂しかけたぜ。」
アリーチェは自分がずっと前から監視されていた事実に悪寒が走った。
「でも蓋を開けてみりゃ、ソイツはその場のノリで生きていて少し煽てりゃ調子乗る奴だった。これなら対処のしようもあると思った。」
「彼がギャンブル中毒になったのはミルコが…?」
「ああ、そんなに難しくなかったぜ。」
「2人目の日本人留学生の依存と浮気は?」
「アイツはイタリアに来て日本で培った全ての自信を失ってたからな。どんな相手にも疑心暗鬼になってたから、お前以上に甘くて優しい日本人女を宛てがっただけさ。」
「……聞きたくないけど3人目は?」
「アイツはオレもあそこまで狂うなんて予想外だったさ。3人目ともなると、アリーチェが相手に惚れていなくてもとりあえず来るもの拒まずで付き合うってわかってたからな、アイツに近付いてちょっとした悩みを聞いてやって、絶好のタイミングで聞いてやったのさ、お前の女は本当にお前を愛しているのか?淡白すぎないか?って。そしたらお前も知っての通りさ。」
3人目の元彼は酷いメンヘラと化してアリーチェの周囲の人間関係を壊そうとしたり、彼女を監禁しようとしたりしていた。
結局こればかりは自力で解決できず、アリーチェはロマーリオを頼って彼を無理やり精神病院に入院させた。
以降、彼がどうなったかはアリーチェは知らない。
「ああ、大丈夫。甘いロマーリオと違ってオレはアリーチェを追い詰めようとしたアイツはちゃんと始末しといたから。」
「!!」
アリーチェは息を呑んだ。
マフィアの幹部として産まれたせいで、自分のために誰かが亡くなったことは両手で数えられないほどある。
今回だってスクアーロに依頼したのは紛うことなき殺しだ。
今日もアリーチェのせいでたくさんの血が流れる。
その全ての罪を背負う覚悟でアリーチェは依頼した。
それでもこういったことは慣れないし、罪悪感で潰れそうだ。
アリーチェは苦しそうに顔を歪めた。
「殺すことないのに……」
アリーチェは呟いた。
「殺すさ。アリーチェを抱いた回数が1番多いのもアイツだろう?」
そう言ってミルコはアリーチェの顎を掴み、彼女に口付けた。
アリーチェは3人目の元カレの時以上の嫌悪感を感じつつ、全てを我慢して、抵抗せずに受け入れた。
「このまま抱きたいところだが、ディーノの前で犯す楽しみがあるからな。ここまでにしといてやろう。」
ミルコが体を起こしてベッドから離れ、アリーチェはまずいと思った。
今頃はスクアーロが静かに1人ずつクーデター犯を始末しているはずだ。
まだ彼の注意を引きつける必要があった。
アリーチェは起き上がってベッドに腰掛けた状態で、彼を呼び止める。
「そこまでしたいほど、ずっと前からディーノのことを嫌いだったの?」
ミルコは振り返る。
そしてアリーチェの隣に座り、彼女の腰に腕を回した。
「何も最初から嫌いだった訳じゃないさ。けどお前に惚れて、アイツが婚約者だと知ってからは嫌いだったな。継ぐつもりのないキャバッローネ10代目ってだけでアリーチェを手に入れられるアイツが。それでもお前に嫌われないために仕方なく仲良くしてたんだよ。アリーチェと離れたくなくてずっとアイツの側にいる内に自然とキャバッローネに関わるようになって、気付いたら幹部になってた。アイツのオレへの信頼は妙に高いな。まあ、だからこんな事が起こせるわけだが。」
「このクーデターは私を手に入れるためだけのもの?」
「そんなわけないだろ。確かにそれも目的の1つだが、オレはディーノの全てを奪う。この街のヒーローはディーノじゃなくてオレになる。」
「……正直理解し難い。」
「相手を理解できなくても、そういうものだと黙って受け入れるのがアリーチェ・カンメッロって女だろ?」
「私に害がなければという条件付きだけど。」
「ああ、安心しろ。子供の頃から良くしてくれたおばさんに危害は加えないから。」
「でもお義父さんを怪我させたじゃない。」
「アイツはまだ再婚したばかりで大した信頼関係も積んでないだろ?」
「私はそうだけれど、お母様にとっては…」
「それにアイツは協力者 の恨みを買ってるからな。」
「あの人?」
アリーチェは首を傾げた。
そんなタイミングで部屋を誰かがノックする。
「入れ。」
ミルコは相手が誰かも確認せず、そう答えた。
入ってきたのはアリーチェも見知った人物だった。
「アルマンドさん…?」
「アリーチェお嬢、久しぶりだね。元気にしてたかい?」
柔和な笑みを浮かべて彼はアリーチェに近づく。
アルマンドはアリーチェの父の右腕だった人物だ。
代替わり後は1幹部としてディーノを支えてきた。
幹部2人の裏切りはアリーチェの予想を上回っていた。
キャバッローネの戦力の3割は彼らだけで削ぐことができる。
スクアーロ1人に頼むには人数が多過ぎた。
アリーチェはスクアーロの安否が不安になった。
とにかく今はこの2人の注意を引きつけねばと思い、彼女は当然の疑問を投げかけた。
「なぜ、アルマンドさんがここに?」
「ずっと機会を伺っていたんだよ、9代目と君のお父さんの仇を討つ機会を。」
「仇?仇のイレゴラーレファミリーはとっくに…!」
「イレゴラーレはね。でも肝心の奴が残っているじゃないか。」
「ディーノだよ、アリーチェ。」
理解できなかったアリーチェにミルコが穏やかな口調で伝える。
「アイツが街の住民におだてられて調子に乗ってイレゴラーレとの会談なんか設けて逃亡したから報復で9代目とお前の親父さんは若い衆を逃がすために身を挺して戦って犠牲になった。それは知ってるだろ?」
ミルコの確認にアリーチェは頷く。
「アイツのせいじゃないか、2人の犠牲は。」
「でも…!そもそも14歳のディーノに街の命運を任せようとした事自体が…!!」
「ロマーリオや街の皆はそう思ってるみたいだが、私はそうは思わないよ。ボスになる決意も覚悟もない奴が無責任にもボスの真似をしたから結果2人は亡くなった。私はディーノを許せないよ。それに君のお母さんと新しいお父さんもね。」
「え…?」
「まさかルチアがフラヴィアーノを忘れて他の男と再婚するだなんて。」
フラヴィアーノはアリーチェの父の名前だ。
「2人共殺してフラヴィアーノの下に送りたいぐらいだが、フラヴィアーノはルチアが早く自分の下に来ることを良しとはしないだろうから、憎悪を抑えて彼女を生かしているんだよ。お嬢、君のことは私達が面倒を見るとも。もう外で働く必要なんかない。これまでできなかった贅沢をフラヴィアーノの代わりにさせてあげるさ。」
最後は穏やかな口調で優しい手つきでアルマンドはアリーチェの頭を撫でる。
アリーチェは言葉が出なかった。
キャバッローネの内部に、いや自分の身の回りにこれだけの拗れがあるなど彼女は知らなかった。
こういったことに関わりたくなかった。
「お義父さんは……フランコはどうするつもりなんですか?」
「今のところは利用価値があるから生かしておくとも。」
「………………」
アリーチェはそれ以上言葉が出なかった。
彼らの注意を引きつけておく必要があるのに、今日知った様々な事実が邪魔をしてアリーチェの頭の回転を鈍くさせた。
「ミルコ、お前がアリーチェお嬢をどれだけ想っているかは知っているが、しばらくお嬢をそっとしておいてあげたらどうだ?」
「それもそうだな。」
「まっ…待ってください!」
アリーチェは2人を呼び止めた。
「動機はわかったけれど、アルマンドさんはなぜミルコに協力してるんですか?」
「……私はもう長くない。キャバッローネとフラヴィアーノの娘を任せられる若者に期待しているだけさ。」
寂しそうに笑うアルマンドにアリーチェは胸を締め付けられた。
昔から彼はそうだった。
父を敬愛し、忠義を示し、父が愛するアリーチェを自分の娘のように愛してくれていた。
本当に彼なりにキャバッローネとアリーチェの未来を考えた結果の行動なのだろう。
「アルマンドさん、私は今の仕事が楽しいです!ローマで頼もしい同僚と友人に囲まれて幸せです!キャバッローネの庇護は本当に要らないんです!」
アリーチェは前世で仕事を楽しいと思ったことはなかった。
だが、今世では楽しかった。
たくさんの日本人と巡り合い、イタリア人として日本人にイタリアの良さを伝え、イタリアという国を好きになってもらうことはアリーチェに仕事のやりがいというものを感じさせた。
前世の記憶があるために日本という国が恋しかったことが理由の一因にあるかもしれない。
誰かと結婚したところで、この仕事を辞めようという発想はなかった。
「お嬢はそう思っていても、私はそうは思わないよ。今はもちろん楽しいだろうがね。フラヴィアーノの娘、ディーノの元婚約者の娘だったという事実は永遠にお嬢に付きまとう。ちゃんと守ってくれる男のもとにいた方がいい。」
「だとしても今の仕事を辞めるのは論外です。」
「……意外だな。あんなに蝶よ花よと育てられてきたのに、安月給で歩き回る仕事が好きだなんて。」
アリーチェも前世の記憶がなければ、今の仕事につかなかったのではと思う。
それぐらい彼女は箱入りお嬢様だった。
だが、彼女は前世の記憶を通して苦労を知っているし、何よりスクアーロとの出会いは大きかった。
世界を見据えて自分の好きなもので上に登り詰めようとするスクアーロの姿をアリーチェは素直にかっこいいと思っていた。
彼女の人生のモデルロールになったいる人間は何人かいる。
しかし最も代表的な1人をあげるとすれば、それは間違いなくスクアーロだ。
「アリーチェ、どうしても今の仕事が好きなら…」
ミルコが言いかけた時、パァン!と建物のどこかで銃声が響いた。
父が亡くなった際に売りに出したが、買い手がつかなかったためにキャバッローネが買い取っていた。
「(皮肉が過ぎる……)」
「アリーチェが体を動かすことが好きだとは知っていたが、銃まで扱えるとは知らなかったな。麻酔銃ってところがお前らしいが。」
「私もミルコがキャバッローネにいることは知っていたけれど、乗っ取りを計画してたなんて知らなかった。お母様達はどこ?」
窓際のソファに腰掛けているのはアリーチェとディーノの小学校から付き合いのある友人であり、現在はキャバッローネの幹部のミルコだった。
小学校時代の放課後、よくキャバッローネの屋敷の庭でサッカーをしていた記憶がある。
「そう焦るなよ。旧友に会った感想はどうだ?」
「最悪。お母様とお義父さんの無事を確認させて。話はそれからよ。」
「仕方がないな。まあ、お前の親を大切にするところは好きだから、それに免じてその態度は許してやろう。お前の新しい父親は手当てして今は痛み止めの副作用で寝ている。母親は父親についている。2階の奥の部屋にいるぜ。」
アリーチェはすぐに階段へと駆けた。
当然、アリーチェを攫った男達は一定距離を保ちつつ、警戒態勢でついてくる。
両親が寝室として使っていた奥の部屋に着き、アリーチェは大きな音を立てて勢い良く扉を開けた。
「お母様!お義父さん!」
「アリーチェ…!!なぜ来たの…!?」
アリーチェはベッドに横たわり目を瞑っている義父を見て、口を抑える。
そして小さい声量で母の叱責に近い質問に答えた。
「お母様とお義父さんの命を犠牲にして得られる幸せなんてありません。それにディーノは私が捕まろうが捕まるまいが、シマの誰かが捕まった時点で人質救出は絶対にやり遂げます。今は耐え忍ぶ時です。」
「アリーチェ………でも、今回あなたはただの人質じゃ…」
「大丈夫です。ディーノがクーデターに気付くまで辛抱すれば良いんですから。」
アリーチェは母と両手を繋ぎ、声は抑えているが力強い口調でそう言った。
「そりゃ、困るな。」
後ろから嫌な声が聞こえて、アリーチェは振り返る。
「………」
「家族の無事は確認できたんだ。もう良いだろ?」
「……お義父さんの側にいたいんだけど。人質は分散しない方が監視しやすいんじゃないの?」
「おばさん達は人質だが、お前は違う。来い。」
ミルコはアリーチェの手を強引に取り、部屋を出た。
そして奥の寝室から少し離れた、アリーチェが使っていた寝室へと足を運ぶ。
「この部屋は……」
「アリーチェ」
ミルコはアリーチェをベッドに押し倒した。
そして彼女の上に覆い被さる。
「今から抱くつもり?そんな時間あるの?」
「イタリアに残ったキャバッローネの連中で従わない奴は全員この屋敷に捕まえてある。ディーノが異変に気付くまで早くてもあと4時間はある。その間にお前の体を堪能しておくのも悪くない。」
「部下を働かせておいて?」
「上に立つ者の特権さ。」
「まあ、いいや。ディーノ対策を取る時間を削れた方が私にとって好都合かも。17年分だっけ?好きにしたら?」
そう言いつつ、スクアーロとの契約に早速違反してないか、アリーチェは若干不安が頭を過った。
余裕たっぷりなアリーチェの様子にミルコは眉を顰める。
「……………いくらなんでも冷静すぎないか?」
「私がディーノの弱みとして人質として捕まったのが今回だけじゃないことくらいミルコも知っているでしょう?」
「ああ、知ってる。だが、お前は自分が弱い立場にあると自覚してないようだ。」
「してるよ?自覚してるから体の1つや2つ、気軽に差し出すんじゃない。ああ、それとももっと怖がったり、恥ずかしがる反応を期待してた?ごめんね、私処女じゃないもので。」
「それは知ってたさ。お前の元カレ3人を狂わせたのは他ならないオレなんだから。」
「!?」
アリーチェは目を見開いた。
今まで彼女は3人は元々そういった性質を持っていて、アリーチェと付き合ったことでそういう側面が表に出てきたのだと考えていて、自分の存在が3人の男を狂わせたという自覚はなかった。
それが今覆されようとしている。
「アリーチェは変なとこで寛容で、来るもの拒まずだからな、ローマに行って早速男を作った時は発狂しかけたぜ。」
アリーチェは自分がずっと前から監視されていた事実に悪寒が走った。
「でも蓋を開けてみりゃ、ソイツはその場のノリで生きていて少し煽てりゃ調子乗る奴だった。これなら対処のしようもあると思った。」
「彼がギャンブル中毒になったのはミルコが…?」
「ああ、そんなに難しくなかったぜ。」
「2人目の日本人留学生の依存と浮気は?」
「アイツはイタリアに来て日本で培った全ての自信を失ってたからな。どんな相手にも疑心暗鬼になってたから、お前以上に甘くて優しい日本人女を宛てがっただけさ。」
「……聞きたくないけど3人目は?」
「アイツはオレもあそこまで狂うなんて予想外だったさ。3人目ともなると、アリーチェが相手に惚れていなくてもとりあえず来るもの拒まずで付き合うってわかってたからな、アイツに近付いてちょっとした悩みを聞いてやって、絶好のタイミングで聞いてやったのさ、お前の女は本当にお前を愛しているのか?淡白すぎないか?って。そしたらお前も知っての通りさ。」
3人目の元彼は酷いメンヘラと化してアリーチェの周囲の人間関係を壊そうとしたり、彼女を監禁しようとしたりしていた。
結局こればかりは自力で解決できず、アリーチェはロマーリオを頼って彼を無理やり精神病院に入院させた。
以降、彼がどうなったかはアリーチェは知らない。
「ああ、大丈夫。甘いロマーリオと違ってオレはアリーチェを追い詰めようとしたアイツはちゃんと始末しといたから。」
「!!」
アリーチェは息を呑んだ。
マフィアの幹部として産まれたせいで、自分のために誰かが亡くなったことは両手で数えられないほどある。
今回だってスクアーロに依頼したのは紛うことなき殺しだ。
今日もアリーチェのせいでたくさんの血が流れる。
その全ての罪を背負う覚悟でアリーチェは依頼した。
それでもこういったことは慣れないし、罪悪感で潰れそうだ。
アリーチェは苦しそうに顔を歪めた。
「殺すことないのに……」
アリーチェは呟いた。
「殺すさ。アリーチェを抱いた回数が1番多いのもアイツだろう?」
そう言ってミルコはアリーチェの顎を掴み、彼女に口付けた。
アリーチェは3人目の元カレの時以上の嫌悪感を感じつつ、全てを我慢して、抵抗せずに受け入れた。
「このまま抱きたいところだが、ディーノの前で犯す楽しみがあるからな。ここまでにしといてやろう。」
ミルコが体を起こしてベッドから離れ、アリーチェはまずいと思った。
今頃はスクアーロが静かに1人ずつクーデター犯を始末しているはずだ。
まだ彼の注意を引きつける必要があった。
アリーチェは起き上がってベッドに腰掛けた状態で、彼を呼び止める。
「そこまでしたいほど、ずっと前からディーノのことを嫌いだったの?」
ミルコは振り返る。
そしてアリーチェの隣に座り、彼女の腰に腕を回した。
「何も最初から嫌いだった訳じゃないさ。けどお前に惚れて、アイツが婚約者だと知ってからは嫌いだったな。継ぐつもりのないキャバッローネ10代目ってだけでアリーチェを手に入れられるアイツが。それでもお前に嫌われないために仕方なく仲良くしてたんだよ。アリーチェと離れたくなくてずっとアイツの側にいる内に自然とキャバッローネに関わるようになって、気付いたら幹部になってた。アイツのオレへの信頼は妙に高いな。まあ、だからこんな事が起こせるわけだが。」
「このクーデターは私を手に入れるためだけのもの?」
「そんなわけないだろ。確かにそれも目的の1つだが、オレはディーノの全てを奪う。この街のヒーローはディーノじゃなくてオレになる。」
「……正直理解し難い。」
「相手を理解できなくても、そういうものだと黙って受け入れるのがアリーチェ・カンメッロって女だろ?」
「私に害がなければという条件付きだけど。」
「ああ、安心しろ。子供の頃から良くしてくれたおばさんに危害は加えないから。」
「でもお義父さんを怪我させたじゃない。」
「アイツはまだ再婚したばかりで大した信頼関係も積んでないだろ?」
「私はそうだけれど、お母様にとっては…」
「それにアイツは
「あの人?」
アリーチェは首を傾げた。
そんなタイミングで部屋を誰かがノックする。
「入れ。」
ミルコは相手が誰かも確認せず、そう答えた。
入ってきたのはアリーチェも見知った人物だった。
「アルマンドさん…?」
「アリーチェお嬢、久しぶりだね。元気にしてたかい?」
柔和な笑みを浮かべて彼はアリーチェに近づく。
アルマンドはアリーチェの父の右腕だった人物だ。
代替わり後は1幹部としてディーノを支えてきた。
幹部2人の裏切りはアリーチェの予想を上回っていた。
キャバッローネの戦力の3割は彼らだけで削ぐことができる。
スクアーロ1人に頼むには人数が多過ぎた。
アリーチェはスクアーロの安否が不安になった。
とにかく今はこの2人の注意を引きつけねばと思い、彼女は当然の疑問を投げかけた。
「なぜ、アルマンドさんがここに?」
「ずっと機会を伺っていたんだよ、9代目と君のお父さんの仇を討つ機会を。」
「仇?仇のイレゴラーレファミリーはとっくに…!」
「イレゴラーレはね。でも肝心の奴が残っているじゃないか。」
「ディーノだよ、アリーチェ。」
理解できなかったアリーチェにミルコが穏やかな口調で伝える。
「アイツが街の住民におだてられて調子に乗ってイレゴラーレとの会談なんか設けて逃亡したから報復で9代目とお前の親父さんは若い衆を逃がすために身を挺して戦って犠牲になった。それは知ってるだろ?」
ミルコの確認にアリーチェは頷く。
「アイツのせいじゃないか、2人の犠牲は。」
「でも…!そもそも14歳のディーノに街の命運を任せようとした事自体が…!!」
「ロマーリオや街の皆はそう思ってるみたいだが、私はそうは思わないよ。ボスになる決意も覚悟もない奴が無責任にもボスの真似をしたから結果2人は亡くなった。私はディーノを許せないよ。それに君のお母さんと新しいお父さんもね。」
「え…?」
「まさかルチアがフラヴィアーノを忘れて他の男と再婚するだなんて。」
フラヴィアーノはアリーチェの父の名前だ。
「2人共殺してフラヴィアーノの下に送りたいぐらいだが、フラヴィアーノはルチアが早く自分の下に来ることを良しとはしないだろうから、憎悪を抑えて彼女を生かしているんだよ。お嬢、君のことは私達が面倒を見るとも。もう外で働く必要なんかない。これまでできなかった贅沢をフラヴィアーノの代わりにさせてあげるさ。」
最後は穏やかな口調で優しい手つきでアルマンドはアリーチェの頭を撫でる。
アリーチェは言葉が出なかった。
キャバッローネの内部に、いや自分の身の回りにこれだけの拗れがあるなど彼女は知らなかった。
こういったことに関わりたくなかった。
「お義父さんは……フランコはどうするつもりなんですか?」
「今のところは利用価値があるから生かしておくとも。」
「………………」
アリーチェはそれ以上言葉が出なかった。
彼らの注意を引きつけておく必要があるのに、今日知った様々な事実が邪魔をしてアリーチェの頭の回転を鈍くさせた。
「ミルコ、お前がアリーチェお嬢をどれだけ想っているかは知っているが、しばらくお嬢をそっとしておいてあげたらどうだ?」
「それもそうだな。」
「まっ…待ってください!」
アリーチェは2人を呼び止めた。
「動機はわかったけれど、アルマンドさんはなぜミルコに協力してるんですか?」
「……私はもう長くない。キャバッローネとフラヴィアーノの娘を任せられる若者に期待しているだけさ。」
寂しそうに笑うアルマンドにアリーチェは胸を締め付けられた。
昔から彼はそうだった。
父を敬愛し、忠義を示し、父が愛するアリーチェを自分の娘のように愛してくれていた。
本当に彼なりにキャバッローネとアリーチェの未来を考えた結果の行動なのだろう。
「アルマンドさん、私は今の仕事が楽しいです!ローマで頼もしい同僚と友人に囲まれて幸せです!キャバッローネの庇護は本当に要らないんです!」
アリーチェは前世で仕事を楽しいと思ったことはなかった。
だが、今世では楽しかった。
たくさんの日本人と巡り合い、イタリア人として日本人にイタリアの良さを伝え、イタリアという国を好きになってもらうことはアリーチェに仕事のやりがいというものを感じさせた。
前世の記憶があるために日本という国が恋しかったことが理由の一因にあるかもしれない。
誰かと結婚したところで、この仕事を辞めようという発想はなかった。
「お嬢はそう思っていても、私はそうは思わないよ。今はもちろん楽しいだろうがね。フラヴィアーノの娘、ディーノの元婚約者の娘だったという事実は永遠にお嬢に付きまとう。ちゃんと守ってくれる男のもとにいた方がいい。」
「だとしても今の仕事を辞めるのは論外です。」
「……意外だな。あんなに蝶よ花よと育てられてきたのに、安月給で歩き回る仕事が好きだなんて。」
アリーチェも前世の記憶がなければ、今の仕事につかなかったのではと思う。
それぐらい彼女は箱入りお嬢様だった。
だが、彼女は前世の記憶を通して苦労を知っているし、何よりスクアーロとの出会いは大きかった。
世界を見据えて自分の好きなもので上に登り詰めようとするスクアーロの姿をアリーチェは素直にかっこいいと思っていた。
彼女の人生のモデルロールになったいる人間は何人かいる。
しかし最も代表的な1人をあげるとすれば、それは間違いなくスクアーロだ。
「アリーチェ、どうしても今の仕事が好きなら…」
ミルコが言いかけた時、パァン!と建物のどこかで銃声が響いた。
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