救出と脱出

スクアーロは思っていた以上の規模の反乱に舌打ちをしていた。
アリーチェには発信機をつけていたため、敵に気付かれずに車で追跡できたところまでは良かったが、いざ建物に侵入してみると予想以上の人員がいた。
ディーノがそこまで内部に恨みを買っているとは想像し難かったが、アリーチェ絡みで狂った男がそれなりに権力を握っていると考えれば少しだけ納得できた。

スクアーロから見てアリーチェはとても不思議な女だった。
イタリア人女性らしくない一面の目立つ女性で、妙に達観した考えを持っている節があった。
特筆すべきは彼女はしっかりと自分の考えを持っているが、相手の考えをしっかりと聞き、受け入れる点だろう。
それが自分の意見と相反することを考えていてもだ。
少なくとも彼の周りでアリーチェのようなタイプの人間は珍しかった。
世界を飛び回るようになり、アリーチェの性格が日本人にはそこそこいることに気付き、日本語が得意なだけでなく日本人との親和性が妙に高いのだとスクアーロは気付いた。
しかし、イタリアでは稀有なその性格は自己肯定感の低い男を引き寄せる。
アリーチェ自身にもその自覚はあるようだ。
スクアーロがアリーチェにいい男として自分を薦めたのは、単に自分自身をいい男だと思っているのもあるが、揺るがない自信と芯を持った男性でないとアリーチェの性格に惑わされて堕ちてしまうということもあった。

「(あれがアリーチェの母親か。寝てるのが再婚した奴だな。足をやられてんのかぁ。)」

スクアーロは2階の天井裏を伝い、奥の大きな寝室を覗いてそこに監視されている2人の男女の姿を確認したが、救出は後回しにした。
まずは建物の構造と人員配置を確認したかったためだ。

「(アリーチェと顔似てんなぁ。母親の方がアリーチェ以上にお嬢様っぽいな。)」

マフィアの妻だったとは思えないほど、普通の上品な中年女性の存在にスクアーロは妙な納得感を覚えた。
高校時代のアリーチェは1つ1つの所作が洗練され、贅沢を当たり前のようにするお嬢様だった。
マフィアの幹部の娘として自分の身を守る術を持っているところは一般のお嬢様とは違ったが、彼女は基本的に争い事を好んでいなかった。
その癖、スクアーロの武勇伝には幼い子供がヒーローの話を聞くように目を輝かせて聞いていた。
それが人が命を落とした殺しの話であってもだ。
人の命を尊び、既存の人間関係を大事にする割に、一線を引いた先の命には興味がないようだった。
ある意味アリーチェは殺し屋に向いているとスクアーロは思っていた。
しかしアリーチェは基本的に平和をこよなく愛している。
だからマフィアの妻には向いていないとスクアーロは考えていた。
それが何の因果か、自分の妻になってしまったわけだが。

「(気に食わねぇ)」

スクアーロは静かに敵を屠りながらそう思った。
再会して仕事のことを話すアリーチェはとても幸せそうだった。
このまま一般人(カタギ)として生きていてくれれば良かったのにと思う。

「(アリーチェ…)」

アリーチェの現在地がわかった時、アリーチェは男に押し倒され、苦しそうな表情を浮かべていた。

「殺すことないのに……」
「殺すさ。アリーチェを抱いた回数が1番多いのもアイツだろう?」

男はアリーチェの顎を掴み、彼女に口付けた。
スクアーロは殺気を抑えることに集中した。

「(恋愛結婚じゃねーが、自分の女が犯されそうになってんのは想像以上にムカつくな。今すぐ殺すかぁ?)」
「このまま抱きたいところだが、ディーノの前で犯す楽しみがあるからな。ここまでにしといてやろう。」

男がアリーチェの上から退いたことで、スクアーロはすぐに男を殺すことは取りやめた。
スクアーロが救出すべきはアリーチェとアリーチェの母、そして足を怪我している義父の3人だ。
確実な脱出経路を用意しなければ義父あたりは死ぬだろう。
そう考えて、屋敷内の状況把握に努めた。

「(クーデターに反対してる連中か…)」

スクアーロは広い食堂に拘束されている男達を見つけた。
体つきや殺気から、彼らがキャバッローネの構成員だとすぐに判別できた。

「(思いの外人数が多い。撹乱させるのはアリか。)」

スクアーロが即座に判断し、数秒で見張り全員を殺し、拘束されている男の1人の縄を切った。

「お前はS(スペルビ)・スクアーロ!?ボンゴレがキャバッローネの内紛に介入する気か!?」

歓迎されないのは勿論わかっていたが、彼らの説得に時間をかけるつもりのないスクアーロは必要なことだけを端的に話す。

「う゛お゛ぉい!オレの妻が捕まったから、オレはヴァリアーとしてではなく個人として来ている。テメーらを助けたのはついでだぁ。オレとテメーらで今対立するメリットはねぇはず。互いに好きにすればいいだろぉ?」
「…っ!」
「2階の奥の部屋に一般人(カタギ)が捕まってる。テメーらが跳ね馬の忠臣っつーんなら、助けに行くこったなぁ。」

スクアーロは全員ではないが何人かの縄を解いて、その場を立ち去った。
彼らはスクアーロの目論見通り武器を取り、裏切り者達と戦い始めた。
屋敷の中で発砲音や爆発音が鳴り響く。

「(雑魚は雑魚に任せるに限るなぁ。)」

やりやすくなったスクアーロはアリーチェがいる部屋へと戻った。

「何が起きてる!?」

アリーチェの傍で先程の男が動揺していた。
もう1人初老の男がいて、彼は動じてはいなさそうだった。
そして下っ端の報告係と思われる男が1人。

「それが…っ!!!?」

スクアーロは報告係の男を斬って、アリーチェ達の前に姿を現した。
さすがに初老の男もこの登場には少し動じていたが、すぐさま銃を取り出し発砲した。
スクアーロはその動きを読んで見事に避け、銃ごと男の手を斬った。

「ぐぅううっっ!!!」

初老の男は呻く。
反応の遅れていたもう1人の若い男もスクアーロに向けて発砲しようとしたが、今度は引き金を引く前にスクアーロは対処した。

「うああ゛あ゛あ゛あ゛ぁ!!!」

男の手が吹っ飛び、アリーチェの前に血を撒き散らしながら落ちた。
アリーチェはそれを真っ直ぐに見ていた。
スクアーロは2人の脚の腱を斬った。
逃亡できないようにするためだ。

「テメーらの疑問に答えてやろう。テメーらが捕まえてた跳ね馬側の連中がテメーらの部下と()りあってんだぁ。アリーチェ、コイツらが主犯だな?」
「うん、そうだよ。」

スクアーロの問いにアリーチェは頷いた。

「アリーチェ!!どういうつもりだ!?コイツは…!!コイツはヴァリアーだろ!?まさかキャバッローネの内紛にボンゴレを介入させたのか!?」

ミルコが地面に這いつくばり、痛みに悶えながら喚く。
アルマンドも同様にアリーチェを睨みつけていた。

「いいえ、私はヴァリアーに依頼はしてない。」

アリーチェはベッドから立ち上がり、彼らに近付いて苦しむ様を見下ろした。

「なら何故この男がいる!?」
「妻を救出しに来た。それだけだぁ。」
「妻!?」

ミルコの質問に答えたスクアーロはアリーチェの腰を引いて彼女を自分のもとへ寄せた。
アリーチェもそれに応えるようにスクアーロに体重を預け、彼の体に両腕を回した。

「紹介するね、ミルコ、アルマンドさん。彼が私の夫のS(スペルビ)・スクアーロ君。高校が一緒だったの。」
「ふっ、ふざけるな!一般人(カタギ)ならまだしも、同盟といえどキャバッローネ以外のマフィアと結婚するなんて裏切りに他ならない!!」

これまで冷静だったアルマンドが怒りを露わに叫んだ。

「そもそも私自身はキャバッローネだったことなんて1度もない。確かに幹部の娘だったし、次期ボスの婚約者だった。でも、それらは私が望んでなったものでもないし、キャバッローネに忠誠を誓ったこともない。」

アリーチェも珍しく怒りを見せた。

「なっ…!?」
「この売女が!!ディーノでも一般人(カタギ)でもなく、よりによってその男を選ぶなんて!!」

ミルコも吠える。
アリーチェはこれ以上2人の相手をする必要はないと判断した。

「行こう、スクアーロ君。お母様とお義父さんを助けなきゃ。」
「コイツらはこのままで良いか?」
「あ、そうね、このままだと良くないよね。死なせずに指示が出せないようにすることはできる?」
「殺さなくて良いのかぁ?」
「2人の処理はディーノに任せる。ディーノは知るべきだと思う、キャバッローネの中に潜在する歪みに。」
「そうかぁ。」

スクアーロは2人の口から顎にかけたラインを器用に斬った。

「がっ…」
「あ゛っ…」

2人の口はまるで漫画のようにあり得ない位置まで開いた。
そうしている間にも、屋敷の中で鳴り響く銃声が大きくなっていく。

「お母様達は奥の寝室にいるの、急ごう。」
「ああ」

2人は奥の寝室まで走った。
途中襲われたりもしたが、その辺りはスクアーロがあっさりと対処し、すぐに寝室に着いた。
そこには2人程男が立っていた。
先程見た2人とは違うことと彼らはスクアーロを見ても手に持っている銃を向けてこなかったので、ディーノ側の見張りだとアリーチェは予測した。

「アリーチェお嬢!?何でヴァリアーと一緒に!?」
「詳しいことは後で。お母様達は?」
「ご無事です。ドンパチが収まるまでは中で待ってていただこうかと。お嬢もこちらで待機されてはいかがですか?」

アリーチェは見張りにそう言われ、スクアーロに視線を移す。
スクアーロは首を振った。
アリーチェはそれで彼が何を意図しているかを理解した。
あくまで彼は個人として来ているため、身内を助けること以外の殺し   すなわちキャバッローネのどちらかの派閥を贔屓して助けるようなことをするのは望ましくないということだ。
ヴァリアーのNo.2がしでかすことは、一歩間違えればザンザスのしでかしたことになるのだから。

「気持ちは嬉しいんだけれど、一刻も早くお母様達をここから脱出させたいんです。スクアーロ君がいるから問題ありません。」
「しかし……」
「あとスクアーロ君はヴァリアーとしてではなく、個人として来ています。そこは履き間違えないでください。」

アリーチェが釘を刺すと、見張りはハッとしたような表情を見せ、扉を開けた。

「お母様!」

アリーチェは母に抱き付いた。
そしてすぐに離れ、母の両肩に手をかけた。

「ここから逃げましょう。立てますか?」
「まっ、待って、アリーチェ、理解が追いつかないのだけれど、この人は…」

母は義父に視線を送る。

「お義父さんは私が背負いますから。」

そこにすかさずスクアーロは口を挟んだ。

「オレが担ぐぞぉ」
「でもスクアーロ君が自由に動けた方が良いんじゃないかな?大丈夫、普段から歩き回る仕事をしているから足腰は強いよ。」
「それもそうかぁ」
「アリーチェ、この方は?」
「後で詳しいことは話します。今は脱出を急ぎましょう。」

どう考えてもこの結婚にショックを受けそうな母に今は説明すべきではないとアリーチェは判断した。
それを察しているのか、スクアーロは黙って義父の布団を剥がし、点滴を無理やり抜いた。
抜き方には多少の不満があったが、状況が状況なだけにアリーチェは特に文句は言わずスクアーロの手を借りながら義父を背負った。

「行くぞぉ!」
「うん!」

スクアーロを先頭に早速3人は走り始めた。
来た時と同じく脱出時も何度か襲われたが、それは華麗にスクアーロが捌いた。

「思ってた形とは違ーが、アリーチェに剣を見せるって約束は守れたなぁ!」

スクアーロは余裕そうに敵を捌きながらそう言った。

「そうだね。」

アリーチェは命をやり取りする場でこれほど余裕のあるスクアーロに感心しつつ、笑い所なのかどうかわからなくて、中途半端な笑みを浮かべた。

「(力強い殺しの剣なのに……時折美しい…)」

人が殺されていくというのにそんな感想を持ちつつ、それは伝えないでおこうとアリーチェは思った。
一方アリーチェの母は顔が真っ青だった。
元夫の職業柄、彼女も人が命をやり取りする場には慣れているので、恐らくキャバッローネ同士が争っていることが彼女に戸惑いと深い悲しみをもたらしているのだろう。

成人男性を背負っての移動はアリーチェの体に相当な負担がかかり、疲労を感じさせたが、アドレナリンのおかげか何とか脱出まで保った。
別荘から完全に出るとスクアーロが振り返った。

「ここからはオレが連れてく。」
「ごめん、お願い…」

足が限界にきていたアリーチェが膝をつくと、スクアーロはすぐさま義父を肩に担いだ。
いつだかアリーチェが地雷で負傷した時と同じ担ぎ方だ。
3人はスクアーロが乗ってきた車に乗り込んだ。
スクアーロが運転席、アリーチェは助手席、母と義父は後部座席に座った。

「オレはこの辺の地理に詳しくねぇ。父親はどこの病院に預ける?」

アリーチェは後ろを振り返った。

「お母様、お義父さんの手当てはきちんとなされてるんですよね?」
「え…ええ、銃弾も抜かれているし、縫合もちゃんとされているわ。」
「なら無理に腕の良い医者に診せる必要はないですね。」

そう言いながらアリーチェはナビを操作する。

「ここにかかりつけの病院がある。仮にクーデター派が攻めてきたとしても、小さい病院だから守りやすいと思う。」
「じゃあそこに移動する。」

スクアーロは早速サイドブレーキを下ろして、思いっきりアクセルを踏み込んだ。
特に追手等はなく、アリーチェ達は無事に病院に着いたのだった。

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