父との別れ
アリーチェと出会って1ヶ月程経った後、スクアーロはちょくちょく学校を休み、世界の様々な国を回って、剣士と闘っては勝利しその剣技を自分の中に取り込むようになった。
たまに再会する度に逞しくなるスクアーロの土産話をアリーチェは楽しみにしていた。
ディーノは相変わらずリボーンにしごかれていた。
アリーチェが巻き込まれることは基本ないが、リボーンは限度というものを知らないようで度々問題を起こし、それらは全てディーノのせいになっていた。
そんな日々を送っている内に季節は巡り、春になった。
学校では時々コートが必要になるが、ディーノとアリーチェの故郷では薄手の長袖シャツ1枚ぐらいで過ごせるようになっているであろう頃、アリーチェとディーノに転機が訪れた。
『……え、ズッコを?なんで?』
『宿舎のロビーでテメーの幼馴染に絡んで屯してて邪魔だったからなぁ。ちゃんとテメーの幼馴染は斬らないでやったぜ?』
『それはありがとう。……ありがとう?』
アリーチェは首を傾げた。
今日の日本語練習の最初の話題はスクアーロが昨日ズッコを斬ったというものだった。
しかもスクアーロはズッコという名前を知らず、スクアーロが語ったその容姿からアリーチェがズッコだと特定していた。
『明日からまたしらばくいなくなる。次は中東へ行く予定だぁ。』
『中東?』
『暗殺向きの剣を教えてる教団があるらしい。順調に行けば10日で戻ってくるだろーなぁ。』
『10日か。いつもより短いね?』
『今回は目的地が1つだからなぁ。』
『場所はわかってるの?』
『知るかぁ。怪しい連中を片っ端から斬りゃあ、その内見つかるだろ。中東 は人が住める地域が限られてんだからなぁ。』
『今回はそういう感じなんだ。土産話楽しみにしてるね。』
『ああ、任せろぉ。』
スクアーロは不適な笑みを見せた。
スクアーロがイタリアを発って1週間が経った頃、アリーチェは違和感に気付いた。
違うクラスとはいえ、アリーチェはディーノと顔を合わせていなかった。
同様にリボーンも見かけない。
アリーチェは不思議に思いつつも、またリボーンが無茶な修行を強要して学校に戻れない状態にあるのだろうと考えていた。
授業中に職員室に呼び出されるまでは。
「お父様が……?」
アリーチェは言葉を失った。
告げられたのは彼女の父が3日前に亡くなったというものだった。
「キャバッローネのボスも亡くなったそうだ。」
「ボス…も……?」
アリーチェはそれ以上言葉を紡げなかった。
「キャバッローネとイレゴラーレの抗争で2人共亡くなったそうだ。今朝新聞で記事になってて、先週から学校をサボってるディーノが解決したってんだから驚いた。いや、そんな状況ならサボってるって言い方は悪いか。とにかくディーノの様子を確認するためにこっちから連絡したら、お前の父親も亡くなって、ファミリーで合同葬儀をするって話を聞かされてな。アリーチェは普通に学校に来ていてそんなこと知らないはずだぞって言ったら先方も焦ってたよ。」
「(そんな大事な話をなんで………いや、それぐらい忙しくて混乱してたのかな?)」
「まあ、お前に連絡がいかなかったのはタイミングが悪かったとかそんな理由らしい。詳しい事情を話している余裕もないって様子だったよ。通夜は昨日今日と行われて、葬儀が明日の午後行われるらしい。すぐに故郷へ帰りなさい。外出許可の手続きはしておくから。現金の手持ちはあるか?」
アリーチェは言葉が発せないまま、戸惑い、なんとか頷いた。
『なら、早く宿舎に戻って支度しろ。駅まではロッシ先生が車で送ってくれるから。』
時計を確認すると最後の授業が終わる時間だった。
飛行機の予約が取れていれば今日中に帰れるが、鉄道とバスを乗り継ぐなら故郷に着くのは明日かもしれない。
それでも父のもとへ帰るべく、彼女は職員室を出た。
父とボスが亡くなったという知らせは余りにも受け入れがたく、アリーチェは移動中泣くこともなく、ただただ青い顔をして故郷へと向かった。
学校出たのが夕方だったこともあり、その日中に辿り着けたのは隣の隣の町にあるちょっとしたターミナル駅までだった。
仕方なくその近くで一泊し、翌朝のバスに乗り、故郷に着いたのは午前中といえど太陽は高く上がった頃で、すぐに実家に向かった。
実家では人がバタバタしており、アリーチェが帰って来たことに気付く暇もなく、精神年齢はとっくにアラフォーのアリーチェは状況を察しており、邪魔をしないように母を探したが見当たらなかった。
アリーチェは一旦自室に戻り、喪服を出した。
幸い……とは言うのは語弊があるが、昨年祖父の葬儀がありサイズがピッタリの喪服を持っていたのだ。
アリーチェはそれに着替え、再度母を探した。
「アリーチェ?帰って来てたのね………」
結局母は外出していたらしく、疲れた顔で花束を持って玄関から戻って来た。
それでもアリーチェを抱き締め、両頬にキスを贈る。
「連絡遅くなっちゃってごめんね……」
母は暗い顔でそう言った。
「お父様、抗争があった当日は重症だったけど、まだ生きてたの……」
彼女は弱々しい声で語る。
「お父様の看病をしながらキャバッローネ合同のお通夜の準備を手伝っていたんだけど……少し目を離した隙に……感染症で……」
彼女は目を伏せて涙を一粒流した。
「こうなってしまったらお父様はボスと一緒に眠りたいだろうと思って、お通夜に間に合うよう手続きや準備をしてたら忙しくて、あなたへの連絡は家政婦さんに頼んだんだけど、彼女も忙しかったからあなたに連絡するのを忘れていたそうなの。」
「…そうだったんですね。多分忙しくて連絡する暇もなかったんだろうなとは思ってましたが、お父様が抗争でその場で亡くなってなかったなんて…。お母様の選択は正しいと思います。お父様はきっとボスと眠りたいはずです。」
「もうすぐキャバッローネ合同でお葬式をするから、すぐにまた出るから!あ、これ持ってて。」
「はい、わかりました。」
母にも余裕がないらしい。
アリーチェに花束を渡した後、すぐにバタバタと屋敷の奥へと向かった。
そしてまたバタバタと黒いバックを持って戻ってきた。
「さ、行きましょう。」
「はい」
2人は葬儀場へと向かった。
海を見渡せる丘の上に立つ教会にて葬儀は執り行われた。
9代目を慕っていた町の住民達まで足を運んできたため、教会には人が入りきらず、キャバッローネの関係者と遺族以外は土葬する際に立ち会うようにと、今回の抗争で生き残った幹部のロマーリオが指示を出したことでなんとか教会内に入る人数になり、ミサを開始することができた。
基本的に葬儀を実質的に取り仕切っているのはロマーリオであったが、ディーノも喪主としての役割を果たしておりとても話しかけられる状況ではなかった。
教会でのミサが終わった後、土葬すべく外の墓地に向かい見晴らしの良い場所にキャバッローネ9代目やアリーチェの父を始めとした犠牲となったファミリーの構成員達の遺体は埋められた。
派手ではないが立派な十字架が建てられた後、ディーノはボスの墓前でポツリと呟いた。
「……おまえら、すまねえ。」
ディーノは振り返って、キャバッローネの幹部や街の住民を見る。
「オレのせいでボスを死なせちまった。オレにキャバッローネを継ぐ資格はねえ。」
「「「「「………………………」」」」」
誰も何も言えなかった。
ディーノの背負った業を知っているから。
しかしアリーチェだけがそれを知らず、訳がわからなくて黙っていた。
しかしこの状況からある程度は察することができる。
ディーノがこの抗争の一因となり、結果ボスや一部のファミリーが亡くなったのだと。
ディーノは全てをロマーリオに任せてその場を去ろうとした。
誰もが身動きを取れない中、ロマーリオはディーノの左腕を強く掴んで袖を破り、彼の顔面を思いっきり殴り飛ばした。
アリーチェは驚愕した。
ロマーリオがディーノをふっ飛ばしたことにではない。
彼の左腕に刻まれた刺青 の存在に驚いたのだ。
それはキャバッローネのボスの象徴だった。
普通のタトゥーは掘るものだが、そのタトゥーはキャバッローネを継ぐ資格のある者に炎を伴って現れるものだとアリーチェは聞いていた。
つまり、ディーノがマフィアとして、ボスとして 覚悟を示したことを意味していた。
「太陽と水と命……その刺青はすべてを守る男の紋章。キャバッローネのボスになる男の紋章だ。」
「………………」
「ディーノ!」
ロマーリオが涙を滲ませながらディーノに縋り付いた。
「おまえしかいないんだよ、ディーノ!」
その一言に周囲にいた皆が触発されてディーノに群がり、ボスになって欲しいと懇願した。
それは感動的な光景ではあった。
しかしアリーチェはそれがどこか遠くの世界で行われているように感じた。
アリーチェがどうしても踏み入れない、踏み入りたくない世界にディーノは片足を突っ込んでいた。
もう片足を突っ込むのもあと一押しといったところだ。
そしてそんなタイミングで彼は現れる。
「安心しろ、ディーノ。オレはおまえの家庭教師だ。立派な10代目になれるように、これからもビシビシ鍛えてやるぞ。」
ディーノの師、リボーンが。
「……え?」
ポカンと口をあけるディーノと裏腹に、彼の周りでは爆発するような歓声がわき起こり、10代目コールが始まった。
「ま、待てよ、おまえら。その……10代目になるのはともかく、リボーンのシゴキが続くってのは……」
「遠慮すんな。ほれ!」
リボーンはディーノにジャンプキックを食らわせ、ディーノは悲鳴を上げながら海へと落ちていった。
「……ぷはっ! て、てめぇ、リボーン! オレはまだやるなんて一言も……」
「ほら、サメが寄ってきたぞ。早くやっつけねーと、死ぬぞ」
「うおわぁっ! な、なんでこんなところにサメが……」
「オレが呼んでおいた」
「カンベンしてくれよ、おおぉぉぉぉぉぉぉぉぉいっ!!!!!」
皆が微笑ましそうに、面白そうに、いつもの日常に戻ったかのように、笑いながらそれを見ていた。
アリーチェの母もだった。
しかしアリーチェだけはそうではなかった。
冷めた目でリボーンとディーノのやり取りを見ていた。
町の住民達がポツポツ帰り始めた頃、アリーチェは母から預かっていた花束を父の墓前に捧げた。
「お父様…………」
バタバタしていてろくに遺体も見れなかった。
こんなに呆気なく父の命が終わって良かったのかとアリーチェは疑問に思う。
普通のイタリアの家庭ほどは家族の時間を持つ余裕がない中、それでも限られた時間でアリーチェを大切に思っていることを、愛をたくさん伝えてくれた父に、アリーチェは何の恩返しもできていなかった。
アリーチェは、ディーノのことも実家のことも全然気にかけず、何も知らなかった自分に怒りを覚える。
だからか、こうなってもアリーチェはやはり泣けなかった。
何時間、アリーチェは父の墓前から動けなかったのだろうか。
気付けば日が傾いていた。
アリーチェの母は申し訳なさと夫への未練からずっと動けず墓前で愕然と立ち尽くしていたアリーチェを見守っていた。
「アリーチェ……」
びしょ濡れになったディーノが声をかけてやっとアリーチェは父からディーノへと視線を移した。
「おまえとおばさんには特に謝らなきゃならねぇ………。」
ディーノは眉間に皺を寄せ、俯き気味にそう言った。
「どうして?」
「俺がみんなの口車に乗ってイレゴラーレと話をつけるって言って正式な会談を設けておきながら逃げたから、報復で親父とアリーチェの親父さんが……殺されたんだ。」
予想通りの死因にアリーチェはどんな感情を爆発させれば良かったのだろうか。
ディーノに怒れば良かったのだろうか。
しかし、彼女は人生2周目、精神年齢的にはアラフォーだ。
生まれが特殊なだけで責任を背負わされた14歳の少年を責める言葉など持ち合わせていなかった。
責めるつもりもなかった。
なぜなら1番許せないのは自分自身なのだから。
アリーチェは無理やり微笑んだ。
「ディーノが謝ることない。お父様はキャバッローネの幹部として最善を尽くしただけだよ。」
「私もそう思うわ、ディーノ君。これから10代目としてファミリーを、この街を守ってくれるならそれで良いの。私達大人がその幼い身に全てを背負い込ませたことがそもそもの発端なのだから……。」
アリーチェは確信した。
アリーチェの母もアリーチェと同じ気持ちなのだと。
夫を救えなかった自分を責めているのだと。
せめて辛うじて生きていた夫の傍にいれば、彼女はその死に立ち会えたはずなのにファミリーの幹部の妻としての役目を優先した。
きっと夫が心残りなく逝くことができたのか、彼女はその生を終えるまで一生疑問に思い、自分を一生責めるだろう。
アリーチェも同じだった。
「おばさん、アリーチェ、明日時間ありますか?」
「ええ、もちろんよ。」
そんな余裕は実際ないだろうとアリーチェは思った。
やるべきことがたくさんある。
遺産や遺品の整理、使用人の解雇、今後の生計の立て方の検討など。
大黒柱が亡くなったのだからもう収入はない。
アリーチェの母は仕事探しを一刻も早く始めなければいけないし、アリーチェも遠くの学校に通っている場合ではない。
それらを全てわかった上で母は頷いたのだろう。
アリーチェは母がディーノを本当の息子のように思っているのだと改めて実感した。
たまに再会する度に逞しくなるスクアーロの土産話をアリーチェは楽しみにしていた。
ディーノは相変わらずリボーンにしごかれていた。
アリーチェが巻き込まれることは基本ないが、リボーンは限度というものを知らないようで度々問題を起こし、それらは全てディーノのせいになっていた。
そんな日々を送っている内に季節は巡り、春になった。
学校では時々コートが必要になるが、ディーノとアリーチェの故郷では薄手の長袖シャツ1枚ぐらいで過ごせるようになっているであろう頃、アリーチェとディーノに転機が訪れた。
『……え、ズッコを?なんで?』
『宿舎のロビーでテメーの幼馴染に絡んで屯してて邪魔だったからなぁ。ちゃんとテメーの幼馴染は斬らないでやったぜ?』
『それはありがとう。……ありがとう?』
アリーチェは首を傾げた。
今日の日本語練習の最初の話題はスクアーロが昨日ズッコを斬ったというものだった。
しかもスクアーロはズッコという名前を知らず、スクアーロが語ったその容姿からアリーチェがズッコだと特定していた。
『明日からまたしらばくいなくなる。次は中東へ行く予定だぁ。』
『中東?』
『暗殺向きの剣を教えてる教団があるらしい。順調に行けば10日で戻ってくるだろーなぁ。』
『10日か。いつもより短いね?』
『今回は目的地が1つだからなぁ。』
『場所はわかってるの?』
『知るかぁ。怪しい連中を片っ端から斬りゃあ、その内見つかるだろ。
『今回はそういう感じなんだ。土産話楽しみにしてるね。』
『ああ、任せろぉ。』
スクアーロは不適な笑みを見せた。
× × × × × × × × × × ×
スクアーロがイタリアを発って1週間が経った頃、アリーチェは違和感に気付いた。
違うクラスとはいえ、アリーチェはディーノと顔を合わせていなかった。
同様にリボーンも見かけない。
アリーチェは不思議に思いつつも、またリボーンが無茶な修行を強要して学校に戻れない状態にあるのだろうと考えていた。
授業中に職員室に呼び出されるまでは。
「お父様が……?」
アリーチェは言葉を失った。
告げられたのは彼女の父が3日前に亡くなったというものだった。
「キャバッローネのボスも亡くなったそうだ。」
「ボス…も……?」
アリーチェはそれ以上言葉を紡げなかった。
「キャバッローネとイレゴラーレの抗争で2人共亡くなったそうだ。今朝新聞で記事になってて、先週から学校をサボってるディーノが解決したってんだから驚いた。いや、そんな状況ならサボってるって言い方は悪いか。とにかくディーノの様子を確認するためにこっちから連絡したら、お前の父親も亡くなって、ファミリーで合同葬儀をするって話を聞かされてな。アリーチェは普通に学校に来ていてそんなこと知らないはずだぞって言ったら先方も焦ってたよ。」
「(そんな大事な話をなんで………いや、それぐらい忙しくて混乱してたのかな?)」
「まあ、お前に連絡がいかなかったのはタイミングが悪かったとかそんな理由らしい。詳しい事情を話している余裕もないって様子だったよ。通夜は昨日今日と行われて、葬儀が明日の午後行われるらしい。すぐに故郷へ帰りなさい。外出許可の手続きはしておくから。現金の手持ちはあるか?」
アリーチェは言葉が発せないまま、戸惑い、なんとか頷いた。
『なら、早く宿舎に戻って支度しろ。駅まではロッシ先生が車で送ってくれるから。』
時計を確認すると最後の授業が終わる時間だった。
飛行機の予約が取れていれば今日中に帰れるが、鉄道とバスを乗り継ぐなら故郷に着くのは明日かもしれない。
それでも父のもとへ帰るべく、彼女は職員室を出た。
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父とボスが亡くなったという知らせは余りにも受け入れがたく、アリーチェは移動中泣くこともなく、ただただ青い顔をして故郷へと向かった。
学校出たのが夕方だったこともあり、その日中に辿り着けたのは隣の隣の町にあるちょっとしたターミナル駅までだった。
仕方なくその近くで一泊し、翌朝のバスに乗り、故郷に着いたのは午前中といえど太陽は高く上がった頃で、すぐに実家に向かった。
実家では人がバタバタしており、アリーチェが帰って来たことに気付く暇もなく、精神年齢はとっくにアラフォーのアリーチェは状況を察しており、邪魔をしないように母を探したが見当たらなかった。
アリーチェは一旦自室に戻り、喪服を出した。
幸い……とは言うのは語弊があるが、昨年祖父の葬儀がありサイズがピッタリの喪服を持っていたのだ。
アリーチェはそれに着替え、再度母を探した。
「アリーチェ?帰って来てたのね………」
結局母は外出していたらしく、疲れた顔で花束を持って玄関から戻って来た。
それでもアリーチェを抱き締め、両頬にキスを贈る。
「連絡遅くなっちゃってごめんね……」
母は暗い顔でそう言った。
「お父様、抗争があった当日は重症だったけど、まだ生きてたの……」
彼女は弱々しい声で語る。
「お父様の看病をしながらキャバッローネ合同のお通夜の準備を手伝っていたんだけど……少し目を離した隙に……感染症で……」
彼女は目を伏せて涙を一粒流した。
「こうなってしまったらお父様はボスと一緒に眠りたいだろうと思って、お通夜に間に合うよう手続きや準備をしてたら忙しくて、あなたへの連絡は家政婦さんに頼んだんだけど、彼女も忙しかったからあなたに連絡するのを忘れていたそうなの。」
「…そうだったんですね。多分忙しくて連絡する暇もなかったんだろうなとは思ってましたが、お父様が抗争でその場で亡くなってなかったなんて…。お母様の選択は正しいと思います。お父様はきっとボスと眠りたいはずです。」
「もうすぐキャバッローネ合同でお葬式をするから、すぐにまた出るから!あ、これ持ってて。」
「はい、わかりました。」
母にも余裕がないらしい。
アリーチェに花束を渡した後、すぐにバタバタと屋敷の奥へと向かった。
そしてまたバタバタと黒いバックを持って戻ってきた。
「さ、行きましょう。」
「はい」
2人は葬儀場へと向かった。
海を見渡せる丘の上に立つ教会にて葬儀は執り行われた。
9代目を慕っていた町の住民達まで足を運んできたため、教会には人が入りきらず、キャバッローネの関係者と遺族以外は土葬する際に立ち会うようにと、今回の抗争で生き残った幹部のロマーリオが指示を出したことでなんとか教会内に入る人数になり、ミサを開始することができた。
基本的に葬儀を実質的に取り仕切っているのはロマーリオであったが、ディーノも喪主としての役割を果たしておりとても話しかけられる状況ではなかった。
教会でのミサが終わった後、土葬すべく外の墓地に向かい見晴らしの良い場所にキャバッローネ9代目やアリーチェの父を始めとした犠牲となったファミリーの構成員達の遺体は埋められた。
派手ではないが立派な十字架が建てられた後、ディーノはボスの墓前でポツリと呟いた。
「……おまえら、すまねえ。」
ディーノは振り返って、キャバッローネの幹部や街の住民を見る。
「オレのせいでボスを死なせちまった。オレにキャバッローネを継ぐ資格はねえ。」
「「「「「………………………」」」」」
誰も何も言えなかった。
ディーノの背負った業を知っているから。
しかしアリーチェだけがそれを知らず、訳がわからなくて黙っていた。
しかしこの状況からある程度は察することができる。
ディーノがこの抗争の一因となり、結果ボスや一部のファミリーが亡くなったのだと。
ディーノは全てをロマーリオに任せてその場を去ろうとした。
誰もが身動きを取れない中、ロマーリオはディーノの左腕を強く掴んで袖を破り、彼の顔面を思いっきり殴り飛ばした。
アリーチェは驚愕した。
ロマーリオがディーノをふっ飛ばしたことにではない。
彼の左腕に刻まれた
それはキャバッローネのボスの象徴だった。
普通のタトゥーは掘るものだが、そのタトゥーはキャバッローネを継ぐ資格のある者に炎を伴って現れるものだとアリーチェは聞いていた。
つまり、ディーノがマフィアとして、ボスとして
「太陽と水と命……その刺青はすべてを守る男の紋章。キャバッローネのボスになる男の紋章だ。」
「………………」
「ディーノ!」
ロマーリオが涙を滲ませながらディーノに縋り付いた。
「おまえしかいないんだよ、ディーノ!」
その一言に周囲にいた皆が触発されてディーノに群がり、ボスになって欲しいと懇願した。
それは感動的な光景ではあった。
しかしアリーチェはそれがどこか遠くの世界で行われているように感じた。
アリーチェがどうしても踏み入れない、踏み入りたくない世界にディーノは片足を突っ込んでいた。
もう片足を突っ込むのもあと一押しといったところだ。
そしてそんなタイミングで彼は現れる。
「安心しろ、ディーノ。オレはおまえの家庭教師だ。立派な10代目になれるように、これからもビシビシ鍛えてやるぞ。」
ディーノの師、リボーンが。
「……え?」
ポカンと口をあけるディーノと裏腹に、彼の周りでは爆発するような歓声がわき起こり、10代目コールが始まった。
「ま、待てよ、おまえら。その……10代目になるのはともかく、リボーンのシゴキが続くってのは……」
「遠慮すんな。ほれ!」
リボーンはディーノにジャンプキックを食らわせ、ディーノは悲鳴を上げながら海へと落ちていった。
「……ぷはっ! て、てめぇ、リボーン! オレはまだやるなんて一言も……」
「ほら、サメが寄ってきたぞ。早くやっつけねーと、死ぬぞ」
「うおわぁっ! な、なんでこんなところにサメが……」
「オレが呼んでおいた」
「カンベンしてくれよ、おおぉぉぉぉぉぉぉぉぉいっ!!!!!」
皆が微笑ましそうに、面白そうに、いつもの日常に戻ったかのように、笑いながらそれを見ていた。
アリーチェの母もだった。
しかしアリーチェだけはそうではなかった。
冷めた目でリボーンとディーノのやり取りを見ていた。
町の住民達がポツポツ帰り始めた頃、アリーチェは母から預かっていた花束を父の墓前に捧げた。
「お父様…………」
バタバタしていてろくに遺体も見れなかった。
こんなに呆気なく父の命が終わって良かったのかとアリーチェは疑問に思う。
普通のイタリアの家庭ほどは家族の時間を持つ余裕がない中、それでも限られた時間でアリーチェを大切に思っていることを、愛をたくさん伝えてくれた父に、アリーチェは何の恩返しもできていなかった。
アリーチェは、ディーノのことも実家のことも全然気にかけず、何も知らなかった自分に怒りを覚える。
だからか、こうなってもアリーチェはやはり泣けなかった。
気付けば日が傾いていた。
アリーチェの母は申し訳なさと夫への未練からずっと動けず墓前で愕然と立ち尽くしていたアリーチェを見守っていた。
「アリーチェ……」
びしょ濡れになったディーノが声をかけてやっとアリーチェは父からディーノへと視線を移した。
「おまえとおばさんには特に謝らなきゃならねぇ………。」
ディーノは眉間に皺を寄せ、俯き気味にそう言った。
「どうして?」
「俺がみんなの口車に乗ってイレゴラーレと話をつけるって言って正式な会談を設けておきながら逃げたから、報復で親父とアリーチェの親父さんが……殺されたんだ。」
予想通りの死因にアリーチェはどんな感情を爆発させれば良かったのだろうか。
ディーノに怒れば良かったのだろうか。
しかし、彼女は人生2周目、精神年齢的にはアラフォーだ。
生まれが特殊なだけで責任を背負わされた14歳の少年を責める言葉など持ち合わせていなかった。
責めるつもりもなかった。
なぜなら1番許せないのは自分自身なのだから。
アリーチェは無理やり微笑んだ。
「ディーノが謝ることない。お父様はキャバッローネの幹部として最善を尽くしただけだよ。」
「私もそう思うわ、ディーノ君。これから10代目としてファミリーを、この街を守ってくれるならそれで良いの。私達大人がその幼い身に全てを背負い込ませたことがそもそもの発端なのだから……。」
アリーチェは確信した。
アリーチェの母もアリーチェと同じ気持ちなのだと。
夫を救えなかった自分を責めているのだと。
せめて辛うじて生きていた夫の傍にいれば、彼女はその死に立ち会えたはずなのにファミリーの幹部の妻としての役目を優先した。
きっと夫が心残りなく逝くことができたのか、彼女はその生を終えるまで一生疑問に思い、自分を一生責めるだろう。
アリーチェも同じだった。
「おばさん、アリーチェ、明日時間ありますか?」
「ええ、もちろんよ。」
そんな余裕は実際ないだろうとアリーチェは思った。
やるべきことがたくさんある。
遺産や遺品の整理、使用人の解雇、今後の生計の立て方の検討など。
大黒柱が亡くなったのだからもう収入はない。
アリーチェの母は仕事探しを一刻も早く始めなければいけないし、アリーチェも遠くの学校に通っている場合ではない。
それらを全てわかった上で母は頷いたのだろう。
アリーチェは母がディーノを本当の息子のように思っているのだと改めて実感した。
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