婚約破棄と親友の旅立ち

アリーチェとアリーチェの母は翌日のランチにディーノを招いた。
彼はリボーンとロマーリオを連れてカンメッロ家を訪れた。
ディーノは自分がこの場を設けたにも関わらず、デザートが出てからもなかなか本題を切り出さなかった。
いつもならリボーンが蹴りを入れそうなのに、リボーンも見守るのみだ。
アリーチェはその状況を訝しみながらも、ディーノが口を開くのを待った。

「…………アリーチェとの婚約を破棄したい。」

ようやく出てきた言葉はそれだった。
アリーチェがこの約10年待ち続けた言葉だった。
実際言われてみると解放感よりも寂しさと不安を感じた。

「どうして急に?ディーノ君はこの婚約に前向きだとばかり思っていたのに…」

最もこの婚約に拘っていたアリーチェの母はオロオロした様子で尋ねた。

「急に聞こえるかもしれねーけど、本当はずっと考えてたんだ。俺が10代目になるなら、アリーチェとの婚約は破棄した方がいいんじゃないかって。だってアリーチェはマフィアになりたくねぇんだろ?」

アリーチェは驚いた。
マフィアになりたくないという気持ちを彼女はずっと隠してきた。
キャバッローネとシマであるからこそ町が平和であること、父のマフィアとしての収入で自分の生活が成り立っていることを考えれば、自分の気持ちはどうあれ9代目や父を否定する言葉は発せなかった。
だからディーノは自分の気持ちを知らないだろうと思っていた。

「何で……それを知って……」
「幼馴染だからわかるよ。」

ディーノはそう答えた。
幼馴染だからというだけではなかったが。

「おばさん………おばさんが俺を本当の息子のように思ってくれてること、感謝してます。俺もおばさんのことを母のように思ってます。アリーチェのことも……家族のように愛しています。」

後者の言葉に嘘だとアリーチェは思った。
彼女は知っていた。
ずっと前からディーノが自分を異性として見ていることを。

「だから、2人にはこれからマフィアと縁を切って、一般人(カタギ)として生きて欲しいです。」
「(ああ、これがディーノなりの私達の守り方なんだ………)」

アリーチェは感嘆すると同時に、ずっと自分の都合ばかり考え婚約破棄を虎視眈々と狙っていたことが恥ずかしくなった。

「キャバッローネは影から2人を支援します。」
「ディーノ君………それは10代目としての決断なのかしら?」

母は尋ねた。
ディーノは胸に手を当て、堂々と答える。

「はい、キャバッローネ10代目として、そして2人を愛する家族としての決断です。」
「……………わかったわ。10代目がそう仰るなら。アリーチェ、婚約破棄して良いのよね?」

アリーチェは黙って頷いた。
どれだけ自分の卑しさを恥じようとも、結論は変わらなかった。
それを見たディーノの瞳が一瞬切なげに揺れた。

「ディーノ、私とお母様を想って、気遣ってくれてありがとう。」

アリーチェはディーノに感謝を伝えた。
彼女は自分がしていいのはそれだけだと思ったから。

この後具体的にキャバッローネがどんな支援をしていくのかロマーリオを挟んで取り決められた。
最も大きな支援は”住”だった。
これから収入がガクンと落ちるアリーチェ達親子に、今の広い屋敷と使用人を維持することはできず、もっと小さな家に引っ越す必要があったからだ。
そこでキャバッローネが持っている不動産の1つを借りることとなった。
そもそも譲渡し名義をアリーチェの母にする話も出たが、法的手続きが面倒なのと税金がかかってくることがネックになり、賃貸として破格の賃料で住んだ方が良いという結論になったのだ。
もう少しキャバッローネにお金があれば税金の問題も解決できたが、イレゴラーレとの抗争でボロボロになったキャバッローネにそこまでの余裕はなかった。

アリーチェと母はディーノとの話し合いの後、早速引っ越しに向けて準備を始めたのだった。

× × × × × × × × × × ×

アリーチェが学校に戻ったのは葬儀から1週間後のことだった。
ディーノはキャバッローネの10代目として町に残る決断をし、地元の高校に転校することにしたが、アリーチェは父が5年間分の学費と寮費を一括で支払っていたことから“食”“住”が保証されており、わざわざディーノについて行って転校する金銭的なメリットがなく、転校はしないことにしたのだ。
授業が終わって放課後、アリーチェは久しぶりにスクアーロに会いに行った。
彼の中東遠征が既に終わっているかはわからなかったが、早ければ戻っている頃だった。

「スクアーロくーん!帰ってきてるー?」

いつもの森に足を踏み入れて声を張り上げると、もっとバカでかい声でスクアーロは答える。

「う゛お゛ぉい!!ここだぁ!!!」

スクアーロは木から飛び降りて、アリーチェの前に着地した。

「おかえり、スクアーロ君。」
「ただいま。……つーか、テメーがただいまなんじゃねーか?」
「スクアーロ君の方が早く帰ってたの?」
「ああ。」
「じゃあ、ただいま。」
「ああ、おかえり。」

いつも通りのスクアーロにアリーチェは安心感を覚えて微笑んだ。
スクアーロはアリーチェの頭にポンと左手をのせた。

「親父のことは残念だったなぁ。」
「あれ?知ってたの?」
「オレが帰ったっつーのにテメーが姿見せねーから、適当にそこら辺の教師を脅して吐かせた。」
「連絡できなくてごめんね。」
「別にアリーチェは悪くねぇ。」
「ありがとう」

何に対してのありがとうなのか、アリーチェ自身もわからず呟く。
そしていつもの場所で持ってきたレジャーシートを広げた。
2人共いつも通りにそこに足を伸ばして座った。

「あのね、私一般人(カタギ)になれるらしいの。」
「急にどうしたぁ?」
「お父様が亡くなったから、もうキャバッローネに関わらなくて良いってディーノが。地元がキャバッローネの領域(シマ)だから一切関わらないってことはないだろうけど、もうマフィアになる必要はないみたい。」
「そうかぁ。確かにテメーにマフィアは向いてねぇ。…………アリーチェ、話がある。」

スクアーロの声のトーンが落ちて、アリーチェはごくりと唾を飲んだ。

「話?」
「オレは学校辞める。」
「…!?随分急だね。もしかしてボンゴレと接触できたの?」
「ああ、そういうことだぁ。今回潰した中東の暗殺教団はボンゴレと敵対していたファミリーの取引先だったらしく、ヴァリアーも連中の首を狙ってたらしい。ヴァリアーは奴らより先回りして教団を潰していたオレに入隊しねぇかとスカウトしてきやがった。」
「嫌なの?」
「んなわけあるかぁ。つっても入隊したら好きな時に勝負を仕掛けにはいけねーだろぉ?入隊を先延ばしにできねーか確認しにボンゴレに行った時に……出逢っちまった。」
「出逢った?剣帝に?」
「いいや、テメーが前に言ってた心から忠誠を捧げてー奴。」

アリーチェは鳩が豆鉄砲を食らったような顔をした。
彼女は知っていた。
スクアーロがいつかザンザスと出会い、忠誠を誓うことを。
ただ、こんなに早いとは思っていなかったのだ。
アリーチェは寂しげに眉を垂れ下げて笑った。

「そっか。じゃあスクアーロ君はヴァリアーに入隊するんだね?」
「ああ。入隊条件に剣帝との決闘を申し込んだ。オレは剣帝に勝って空いたヴァリアーのボスの座をアイツに捧げる。」
「なんか思ってた入隊の仕方と違う…。その人はまだヴァリアーじゃないんだ?その人は私も知ってる人?」

アリーチェはそれが誰か知りつつも一応自分の認識通りザンザスなのか確認するべく聞いてみた。

「ボンゴレ10代目   ザンザスだ。」
「大物だね。」
「ああ」
「そっか。寂しくなるなぁ…。」

アリーチェは体育座りをし、顔を膝に埋めた。

「アリーチェにはあの幼馴染がいるだろーがぁ。」
「ディーノは転校するの。正式にキャバッローネの10代目を襲名するから。」
「う゛お゛ぉい!待て!じゃあアリーチェも転校すんのか?」
「しないよ。転校する方がお金かかるから。」
「金?テメー、キャバッローネの幹部の娘だったよな?そんなに金に困……ああ、そうかぁ…」

スクアーロはアリーチェの状況を察した。
大黒柱を亡くしたのだから、安定した収入を失いこれからは遺された資産をやりくりしていかなければならないということを。

「タイミングが悪かったらしいなぁ。」
「しょうがないよ。それにスクアーロ君の剣帝との決闘(望みの1つ)がもうすぐ叶うことは友人として、未来の剣帝のファンとしてとても嬉しいの。」

アリーチェは顔だけスクアーロに向けてそう言った。

「ファン…?」

スクアーロは出逢ってから今までで1番のマヌケな顔で、呆気に取られていた。
その様子を見てアリーチェはクスリと笑う。

「そう、ファン。アイドルのファンとかと一緒だよ。私はスクアーロ君の剣のファンなの。知らなかった?」
「いや………そりゃ、オレの剣にファンがいてもおかしくはねーがぁ…………そんな発想したことなかったぞぉ………」

スクアーロはだんだんと顔を赤らめた。

「もう近くでは見守れないけど……」

アリーチェはスクアーロの両頬を手で包み、彼の額に唇を寄せた。

「スクアーロ君の未来がスクアーロ君にとっての幸福で溢れますように…」

祈りの言葉を捧げながら、チュ…とキスをした。
唇と手を離すとスクアーロは額を左手で抑えて、目を見開いて固まっていた。

「あはははは、驚きすぎ。私がスクアーロ君の幸せを願うのってそんなに可笑しかった?」
「可笑しいというより………いや、何でもねぇ。つか、テメー神に祈ったりする奴だったんだな。」
「私は至って普通のローマカトリックよ?……と言いたいところだけれど、みんなには内緒にしてね?私、神に祈りは捧げていないよ。スクアーロ君自身に祈ったの。だってスクアーロ君は神の加護があってもなくても自分の望みを実現する人だもの。」
「…っ!!テメーがこんなに人たらしだとは知らなかったぜぇ!!」

スクアーロは耳まで真っ赤にしてそっぽを向いた。

「だって私、褒めて殺す才能あるんでしょ?」
「〜〜〜〜〜っ!!」

スクアーロは何か言いたげだが言葉が出ないようだった。
やがて彼は大きくため息をついて、アリーチェの両肩を掴んだ。

「アリーチェ、オレはテメーに恥じない剣士になる。オレの望む通りになぁ。テメーもなりてーものになれ。進路を他人に決めさせるな。」
「うん…!私も私が望む通りに生きるよ。」

アリーチェは力強く頷いた。
するとスクアーロは不敵に笑う。

「だったら、オレもテメーの為に祈ってやるぜ、アリーチェ自身になぁ。」

そう言って赤味の引き切っていない顔でスクアーロはアリーチェの額にキスをした。
アリーチェは顔に熱がこもっていくのを感じた。
自然と視線が下にいく。

「か…考えてみたら、スクアーロ君とは挨拶のハグもキスもあんまりしてないからこういうスキンシップってなんか照れるね。」
「へっ…変なこと言ってんじゃねぇ!!変な意味はねぇからなぁ!!!」
「わ、わかってる。」

アリーチェの返事と同時にスクアーロは立ち上がった。

「今日までこの学校に来ていた目的は果たせた。オレはもう行くぜぇ!」

アリーチェも立ち上がり、スクアーロの左手を両手で掴んだ。

「うん…。スクアーロ君、今までありがとう。」
「ああ。じゃあなぁ!!」

スクアーロは通常運転で大声で別れを告げ、去って行った。
アリーチェは彼が消えた方向に手を振った。
彼はすぐに見えなくなってしまい、余韻に浸らせてはくれなかった。

「(さて……あと4年間、頑張らなきゃ。なりたい職業を探してお母様こそは親孝行するんだ…!)」

アリーチェはそう決意し、レジャーシートを畳んで森から去ったのだった。

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