拗れ
絵美の傷の治りは遅く、退院までに時間を要した。
治ったら席を設けると言い訳して、隼人とビアンキの見舞いは全て断った。
しかし、いい加減仕事がやりにくくなってきて、ヴァリアーの幹部達は帰国することとなった。
日本の医療設備の治療で事足りるのに長距離移動するリスクを取る意味がないと医者に止められ、絵美は1人日本に残ることとなった。
殺し屋という職業柄、無防備な絵美の護衛が必要となったが、代理戦争で人的、金銭的に大損害を被って節約したいヴァリアーは、絵美の身内の隼人とビアンキに見舞いという名目で護衛を依頼することとなった。
ヴァリアーが帰国するその日、絵美は病院で論文を読んでいた。
「……俺に気付かないほど集中して何を読んでる?」
ザンザスは音も気配もなく病室に入った癖にそう尋ねた。
換気のために開け放たれたドアの横にはスクアーロもいた。
「…えっ、あ、ボス。すみません、集中してて。これは有毒植物の論文です。体の方は鍛え直しが必要ですが、毒物を扱う知識はこの状態でもアップデートできますから。」
ザンザスは特に反応する訳でもなく、絵美にただ近付いて彼女のベッドの傍の椅子に腰掛けた。
「それは感心だなぁ、絵美。」
そう言ってスクアーロは何かを投げた。
絵美はそれを難なくキャッチする。
彼が寄越したのは携帯電話だった。
「それに俺達幹部の番号と城の固定電話の番号が入ってる。何かあれば連絡しろぉ。」
「承知しました。」
「絵美」
絵美を呼んだザンザスは彼女の頬に触れ、唇を親指でなぞった後、今度は自らの唇で一瞬だけ彼女の唇に触れた。
「さっさと治して戻って来い。」
「はい。それがボスのご命令ならば。」
絵美は笑顔で頷いた。
しかしザンザスが体を引いた瞬間、開けっ放しになっていたドアの前には顎が外れそうな程口を開けた隼人と何故かゴーグルを装着し花束を持ったまま固まっているビアンキに気付き、絵美も固まった。
「……隼人、お姉様。」
ポツリとその名を呼ぶとザンザスも振り返った。
青ざめた隼人はわなわなと震え始め、次第に顔を真っ赤にした。
「…ッザンザス!!テメェ、俺の妹に何しやがる!!!」
「あ?俺が絵美に何しようがテメーには関係ねーだろ。」
気怠げに振り返ってザンザスはそう言い返した。
「っざけんな!!」
絵美は先日の見舞いに隼人だけでなくリボーンと沢田綱吉が来ていた理由に今更気付いた。
隼人のストッパーとなるべく彼らは来ていたのだ。
「待って、隼人!絵美が愛しているなら私達に止める理由はないわ。絵美、あなたザンザスを愛しているの?」
ビアンキが直球で絵美に尋ねた。
絵美は首を横に振った。
「いいえ。ボスのことは尊敬しているし、絶対の忠誠を誓っているけれど、愛していませんよ。私は自分以外の誰かを愛することはありません。」
彼女ははっきり言った。
その時の絵美に背中を向けているザンザスの様子に彼女は気付いていなかった。
いや、そもそも彼の様子の変化に気付いていたのは付き合いの長い、スクアーロだけだった。
そして絵美の姉、ビアンキは困惑していた。
「じゃあ、あなた達は一体どんな関係だというの?」
「上司と部下です。」
「だったら、さっきキスしていたのは何?上司と部下はそんなことしないでしょう?」
「確かに……」
絵美は顎に手を当てしばし考えた。
数秒悩んだ後、爆弾 を思いつき、口に出した。
「……セフレ?確か愛情はなくて肉体関係のある男女を指す言葉なんでしょう?」
隼人はその言葉を聞いて卒倒した。
ビアンキは眉間に皺を寄せ、何か言いたげな表情をしながらも口を引き結んでいて、言葉が出てこないようだった。
スクアーロは青ざめていた。
「ボ、ボスさんよぉ…そろそろ時間だから俺達は行こうぜぇ…」
スクアーロは顔を引き攣らせながら、ザンザスに声をかけた。
彼はこの場を離れるが吉と判断したのだ。
「……ああ。」
ザンザスは1歩だけ踏み出して、何か思いついたように足を止め、振り返った。
「……絵美、テメェ覚えとけ。」
「え?」
絵美は驚愕した。
明らかにザンザスの顔には怒りが滲んでいたからだ。
「帰国したら足腰立たなくなるしてやる。」
絵美は目を3度程瞬きさせた後、首を傾げた。
なぜ、怪我を治したそばから暗殺者として使い物にならなくするのかと。
ザンザスは彼の発言の意味を全く理解していない絵美の様子に舌打ちをして病室を出て行った。
スクアーロは絵美に憐れみの目を向けて「じゃあなぁ」と声をかけ、ザンザスを追って行った。
そうしてようやくビアンキと、ビアンキに引きずられた隼人が病室に入ってきた。
ビアンキは持っていた花束を部屋の片隅にある小さな棚の上に置き、気絶している隼人を部屋の中央に置き捨てた。
「絵美…………あぁ、私の可愛い妹。さっきのはびっくりしたけどやっと会えて嬉しいわ。」
ビアンキは問答無用で絵美を抱き締めた。
そして1度絵美から離れると、彼女の両頬に両手で包むように触れた。
「お姉様……」
絵美は無表情でそれを受け入れていた。
「お母様を優先してあなたを守れなかったことを悔やまない日はなかった。1人で生き抜いて辛い思いをさせたわよね。恨まれて当然だわ。ごめんなさい……」
ビアンキの目から涙が零れ落ちた。
「…………………」
絵美は姉から顔を背けた。
何の言葉も出てこなかった。
なぜなら彼女は、姉を愛する気持ちと同じくらい、姉を憎む気持ちがあったからだ。
頭では仕方のないこととわかっていながら、心では許せないと思うことがあった。
隼人に対してもそうだった。
だから、彼女は他人を愛せないのだ。
愛することも、憎むことも、どちらにも疲れ切ってしまっていたから。
「………そういえばお姉様、隼人はなぜお姉様を見ても大丈夫なのですか?」
誤魔化すように絵美は話題を変えた。
「顔の一部を隠すと大丈夫だそうよ。結局あなたの発言で倒れてしまったけれど…」
ビアンキは肩を竦めて笑った。
「私の発言?私とボスがセフレって話のことを指していますか?なぜ隼人はそんなことで倒れたのですか?」
「妹には幸せでいて欲しいからよ。あなた達が恋人だって言えば、倒れることはなかったはずだわ。」
「そういうものなのですか…」
「そういうものなの。……ザンザスはあなたをただのセフレとは思っていないようね?」
「え?」
絵美は思わず聞き返して、ビアンキの目を見た。
彼女は変わらず絵美を慈しみを持った目で見ている。
「あなたの発言に怒っていたじゃない。」
「ああ……それは私も不思議に思っていましたが、多分セフレって対等な関係の男女の間に成り立つ言葉でしょう?自分以外は全員カスだと思っているボスにとってはそれが気に食わなかったのかと。」
ビアンキは溜め息をついた。
「……とにかく、退院まで私達があなたの面倒を見るわ。」
「別に怪我してても自分の身くらい自分で守れます。その分復帰が遅くなるのは嫌ですが……」
「姉としてあなたに何かしてあげたいの。」
「お姉様、私達は生物学上確かに姉妹ですがその縁はとっくに切れています。いちいち構わないでください。」
「絵美……」
絵美はそれ以上ビアンキを追い詰めるようなことは言わなかったが、その後ずっと素っ気ない態度でビアンキに接した。
それは隼人が意識を取り戻しても変わらなかった。
治ったら席を設けると言い訳して、隼人とビアンキの見舞いは全て断った。
しかし、いい加減仕事がやりにくくなってきて、ヴァリアーの幹部達は帰国することとなった。
日本の医療設備の治療で事足りるのに長距離移動するリスクを取る意味がないと医者に止められ、絵美は1人日本に残ることとなった。
殺し屋という職業柄、無防備な絵美の護衛が必要となったが、代理戦争で人的、金銭的に大損害を被って節約したいヴァリアーは、絵美の身内の隼人とビアンキに見舞いという名目で護衛を依頼することとなった。
ヴァリアーが帰国するその日、絵美は病院で論文を読んでいた。
「……俺に気付かないほど集中して何を読んでる?」
ザンザスは音も気配もなく病室に入った癖にそう尋ねた。
換気のために開け放たれたドアの横にはスクアーロもいた。
「…えっ、あ、ボス。すみません、集中してて。これは有毒植物の論文です。体の方は鍛え直しが必要ですが、毒物を扱う知識はこの状態でもアップデートできますから。」
ザンザスは特に反応する訳でもなく、絵美にただ近付いて彼女のベッドの傍の椅子に腰掛けた。
「それは感心だなぁ、絵美。」
そう言ってスクアーロは何かを投げた。
絵美はそれを難なくキャッチする。
彼が寄越したのは携帯電話だった。
「それに俺達幹部の番号と城の固定電話の番号が入ってる。何かあれば連絡しろぉ。」
「承知しました。」
「絵美」
絵美を呼んだザンザスは彼女の頬に触れ、唇を親指でなぞった後、今度は自らの唇で一瞬だけ彼女の唇に触れた。
「さっさと治して戻って来い。」
「はい。それがボスのご命令ならば。」
絵美は笑顔で頷いた。
しかしザンザスが体を引いた瞬間、開けっ放しになっていたドアの前には顎が外れそうな程口を開けた隼人と何故かゴーグルを装着し花束を持ったまま固まっているビアンキに気付き、絵美も固まった。
「……隼人、お姉様。」
ポツリとその名を呼ぶとザンザスも振り返った。
青ざめた隼人はわなわなと震え始め、次第に顔を真っ赤にした。
「…ッザンザス!!テメェ、俺の妹に何しやがる!!!」
「あ?俺が絵美に何しようがテメーには関係ねーだろ。」
気怠げに振り返ってザンザスはそう言い返した。
「っざけんな!!」
絵美は先日の見舞いに隼人だけでなくリボーンと沢田綱吉が来ていた理由に今更気付いた。
隼人のストッパーとなるべく彼らは来ていたのだ。
「待って、隼人!絵美が愛しているなら私達に止める理由はないわ。絵美、あなたザンザスを愛しているの?」
ビアンキが直球で絵美に尋ねた。
絵美は首を横に振った。
「いいえ。ボスのことは尊敬しているし、絶対の忠誠を誓っているけれど、愛していませんよ。私は自分以外の誰かを愛することはありません。」
彼女ははっきり言った。
その時の絵美に背中を向けているザンザスの様子に彼女は気付いていなかった。
いや、そもそも彼の様子の変化に気付いていたのは付き合いの長い、スクアーロだけだった。
そして絵美の姉、ビアンキは困惑していた。
「じゃあ、あなた達は一体どんな関係だというの?」
「上司と部下です。」
「だったら、さっきキスしていたのは何?上司と部下はそんなことしないでしょう?」
「確かに……」
絵美は顎に手を当てしばし考えた。
数秒悩んだ後、
「……セフレ?確か愛情はなくて肉体関係のある男女を指す言葉なんでしょう?」
隼人はその言葉を聞いて卒倒した。
ビアンキは眉間に皺を寄せ、何か言いたげな表情をしながらも口を引き結んでいて、言葉が出てこないようだった。
スクアーロは青ざめていた。
「ボ、ボスさんよぉ…そろそろ時間だから俺達は行こうぜぇ…」
スクアーロは顔を引き攣らせながら、ザンザスに声をかけた。
彼はこの場を離れるが吉と判断したのだ。
「……ああ。」
ザンザスは1歩だけ踏み出して、何か思いついたように足を止め、振り返った。
「……絵美、テメェ覚えとけ。」
「え?」
絵美は驚愕した。
明らかにザンザスの顔には怒りが滲んでいたからだ。
「帰国したら足腰立たなくなるしてやる。」
絵美は目を3度程瞬きさせた後、首を傾げた。
なぜ、怪我を治したそばから暗殺者として使い物にならなくするのかと。
ザンザスは彼の発言の意味を全く理解していない絵美の様子に舌打ちをして病室を出て行った。
スクアーロは絵美に憐れみの目を向けて「じゃあなぁ」と声をかけ、ザンザスを追って行った。
そうしてようやくビアンキと、ビアンキに引きずられた隼人が病室に入ってきた。
ビアンキは持っていた花束を部屋の片隅にある小さな棚の上に置き、気絶している隼人を部屋の中央に置き捨てた。
「絵美…………あぁ、私の可愛い妹。さっきのはびっくりしたけどやっと会えて嬉しいわ。」
ビアンキは問答無用で絵美を抱き締めた。
そして1度絵美から離れると、彼女の両頬に両手で包むように触れた。
「お姉様……」
絵美は無表情でそれを受け入れていた。
「お母様を優先してあなたを守れなかったことを悔やまない日はなかった。1人で生き抜いて辛い思いをさせたわよね。恨まれて当然だわ。ごめんなさい……」
ビアンキの目から涙が零れ落ちた。
「…………………」
絵美は姉から顔を背けた。
何の言葉も出てこなかった。
なぜなら彼女は、姉を愛する気持ちと同じくらい、姉を憎む気持ちがあったからだ。
頭では仕方のないこととわかっていながら、心では許せないと思うことがあった。
隼人に対してもそうだった。
だから、彼女は他人を愛せないのだ。
愛することも、憎むことも、どちらにも疲れ切ってしまっていたから。
「………そういえばお姉様、隼人はなぜお姉様を見ても大丈夫なのですか?」
誤魔化すように絵美は話題を変えた。
「顔の一部を隠すと大丈夫だそうよ。結局あなたの発言で倒れてしまったけれど…」
ビアンキは肩を竦めて笑った。
「私の発言?私とボスがセフレって話のことを指していますか?なぜ隼人はそんなことで倒れたのですか?」
「妹には幸せでいて欲しいからよ。あなた達が恋人だって言えば、倒れることはなかったはずだわ。」
「そういうものなのですか…」
「そういうものなの。……ザンザスはあなたをただのセフレとは思っていないようね?」
「え?」
絵美は思わず聞き返して、ビアンキの目を見た。
彼女は変わらず絵美を慈しみを持った目で見ている。
「あなたの発言に怒っていたじゃない。」
「ああ……それは私も不思議に思っていましたが、多分セフレって対等な関係の男女の間に成り立つ言葉でしょう?自分以外は全員カスだと思っているボスにとってはそれが気に食わなかったのかと。」
ビアンキは溜め息をついた。
「……とにかく、退院まで私達があなたの面倒を見るわ。」
「別に怪我してても自分の身くらい自分で守れます。その分復帰が遅くなるのは嫌ですが……」
「姉としてあなたに何かしてあげたいの。」
「お姉様、私達は生物学上確かに姉妹ですがその縁はとっくに切れています。いちいち構わないでください。」
「絵美……」
絵美はそれ以上ビアンキを追い詰めるようなことは言わなかったが、その後ずっと素っ気ない態度でビアンキに接した。
それは隼人が意識を取り戻しても変わらなかった。
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