悪手と爆発

絵美は予定通り退院し、ビアンキ、隼人と共にイタリアへと渡った。
予定通り車で彼らが育った城へと向かった。
城は外観こそ古びてはいるが、中は清潔な状態だった。

「お姉様が城を維持してるの?」
「ええ、定期的に清掃に入ってもらってるわ。」

誇らしげだがどこか優しい表情でビアンキは頷いた。

「ケッ、こんな城維持する必要なんかねーってのに…」

隼人は悪態をつく。
絵美もその意見には賛成だった。
あえてビアンキに言ったりはしないが。

3人で城の奥へと進むと、彼らが慣れ親しんだピアノの部屋へと辿り着いた。

「早速本題に入りましょう、お姉様。3人でここまで来て何がしたかったのですか?」
「1度で良いから家族でこの家で過ごす時間を取りたかったの。」
「何をして過ごすと言うのですか?」
「そうね………久しぶりに絵美のピアノが聴きたいわ。」

ビアンキはピアノの縁を撫で、鍵盤の蓋を開けた。

「……6年ぐらいブランクあるのですが。」
「それなら連弾とかどうかしら?」
「お姉様にお披露目できる実力ではありません。
「兄弟で過ごすのだから上手く弾ける必要ないじゃない。」

ビアンキは屋根を開け、突上棒で屋根を支えさせる。

「隼人、弾いてみる?」
「チッ…何で俺が…」
「絵美と違って、ちょくちょく弾いてるでしょう?」
「何でそれ知ってんだよ!?」

隼人は動揺しつつも、ビアンキに背中を押されてピアノの前に立った。
不満そうな表情を浮かべつつも、隼人は鍵盤に触れた。
ゆっくりとした心地良い旋律が流れる。
ビアンキは懐かしそうに愛おしそうに隼人の様子を見守っていた。
絵美も仕方なく、溜め息をついて隼人の右隣に立つ。
深呼吸をした後、隼人に合わせてピアノを弾き始めた。
高いソの音を押した時、絵美と隼人の感想が一致した。

「「高いソの音が外れたままだ」」
「よく覚えてるわね。」

ビアンキはくすくすと笑った。

× × × × × × × × × × ×

「今のところ普通に家族で遊んでいるだけね。」

絵美達がピアノを弾いている部屋のバルコニーの外でルッスーリアは小声で言った。

「絵美がピアノを弾けるとは知らなかったな。」
「俺だって弾けるぜ。だって俺王子だもん。」

レヴィの感想を聞いて、なぜか絵美に張り合うベルフェゴール。

「地味にあいつら相当上手いな。」
「ああ、特に獄寺はプロ並みだ。あれで食っていけるかもな。」

レヴィの感想に珍しくスクアーロが同調した。

「獄寺隼人と兄弟と知ってから絵美の経歴を改めて調べてみたんだけど、あの2人の母親ってピアニストだったようだよ。」

マーモンのその言葉に皆が納得した。
スクアーロは3人の様子をしばらく観察した後、マーモンに視線をやった。

「今のところアイツらに気付かれてはいねーなぁ。」
「僕の幻覚で姿を隠してるんだから当たり前だろ。殺気までは隠せないから、上手く隠してよ。」
「わかってる。」

そう返事はしたものの、スクアーロは自分の背後でバルコニーの手すりに腰掛け腕を組むザンザスがいつ殺気を出すか、内心面白半分に気にかけていた。

× × × × × × × × × × ×

連弾を終えた後、ビアンキはいつの間にか数枚の封筒を持っていた。

「それ……」

隼人は心当たりがあるような反応だった。
絵美には心当たりがなく、ビアンキに渡されるがまま中身を読んだ。
内容はラブレターだった。
彼女の父が彼女の生みの母へ送ったもの。
彼女の母と隼人と絵美への愛情が書き連ねられていた。
しかし、正妻であるビアンキの母とビアンキについては一切触れられていない。

「10年後の私が隼人に見せたものよ。」
「そう」

すぐに読み終えた絵美は手紙を封筒に戻し、ビアンキにそれを返した。
その様子に驚愕したのは隼人だった。

「絵美………お前、知ってたのか?」
「何を?」
「親父がおふくろを殺してねぇってことだ。」
「生みのお母様が病死だってことは知ってた。お父様が出産後もアプローチをかけてたことは知らなかった。」
「何でそんなにあっさりした反応なんだよ?」

彼はその手紙を読むことでやっと過去から解放され、今いる家族との距離感を見直すことができた。
だからこそ、絵美のドライな態度には違和感を覚えた。

「隼人はこの手紙を見て、お父様が私達の生みのお母様を殺していないし、なんならちゃんと愛していたことに安堵してるの?」
「ったりめぇじゃねーか」

隼人がそう答えると、絵美は彼に平手打ちをかました。
驚いた隼人はやり返すこともできずに、打たれた頬に手を当てながら固まった。
これにはビアンキも驚愕し、少しだけ狼狽えていた。

「お姉様の前で何でそんなことが言えるわけ!?この手紙には家族4人の時間を作るために生みのお母様と結婚したいって書いてあるじゃない!それってお父様がお母様とお姉様を裏切ったことに他ならないじゃない!!」

隼人は全く別の理由でまた固まった。

「隼人は自分のことばっかり!あなたの幸せのためにこんな手紙を渡してくるお姉様の気持ちを考えたことあるの!?」
「絵美、私は…」
「お姉様もよ!私は大丈夫って言いたいんでしょう!?でもそうやってお母様は溜め込んで、気に病んで、弱っていったのじゃない!私知ってます!お母様が体調を崩し始めたのは私達を引き取った頃だって!私達を恨むか、関わらなければ良いのに!お母様も!お姉様も!」

6年間絵美が抱え続けた感情が爆発した。
ビアンキは真っ直ぐな眼差しで絵美を見ながらそれを受け止めた。

「お母様の体調とあなた達は関係ないわ。」
「…っ!!強がりたいなら勝手に強がればいいです!でも私を巻き込まないでください!この家とは関わらずに生きていきたいの!」
「………そう。」

ビアンキは悲しそうに眉を垂れ下げ、微かに皮肉げな笑みを浮かべた。

「私はあなた達が私をどう思おうと愛しているわ。でも絵美………それがあなたを追い詰めてしまっていたことも知ってるわ。」
「どういうことだよ、姉貴…」
「お母様と私を不幸にしてしまったとそう思って苦しんでいたのよね?あなたの罪悪感をお父様の右腕だったあの男が助長した。だからあの日、あなたはお母様のために囮になった。」
「話が見えねぇ。囮って何のことだ?」

状況がわからない隼人が狼狽えながら尋ねる。
ビアンキは説明した。

「ファミリーが抗争に負けた時、お母様と絵美と私と護衛数人を連れて城から脱出したの。護衛はすぐにやられてしまって……体調の悪いお母様を連れて逃げるのは限界でね、私が囮になって2人を逃がそうとしたのだけど、絵美が自分の武器の方が複数人を相手取るには都合が良いからって囮を買って出て。あの時の私は馬鹿だったわ。絵美に任せてしまったの。お母様を安全な場所に隠せたら絵美を迎えに行くと約束したのに、その約束を果たせなかった……。」
「別にそれは自分で選んだことです。」

絵美はそっ向いて口を尖らせた。

「でもあなたはこう思ったんじゃない?やっぱり、お母様や私の言う愛はいざとなったら捨てられる程度の薄っぺらいものだったんだって。だからあなたは誰かを愛することに疲れたのよね?」
「…………」

図星だった絵美は何も言い返せなかった。
なんなら彼女の自己愛は、隼人が出てからファミリーが崩壊するまでの間散々自己嫌悪した反動によって形成されたものだった。

「絵美、そうなのか?」

隼人は苦々しそうな表情を浮かべながら尋ねた。
絵美はそれに対して何も答えなかった。

「私のことを気にかけないで。私はザンザス様に一生ついていく。ボスが沢田綱吉を殺すために行動を起こす気になったら、今度こそ隼人もお姉様も殺すからそのつもりで。今日はこれを言うために寄り道に付き合ったの。」
「なっ!?テメー、10代目も殺す気か!?」
「当たり前でしょう?まあ、その時はボスが自らの手で消すと思うけれど。」

絵美がそう言うと隼人は彼女の胸ぐらを掴んだ。

「テメェッ!…っ!!!」
「「!!」」

隼人も絵美もビアンキも気付いた。
余りにも鋭く強烈な殺気に。
そしてそれがすぐ近くから発せられていることに。
隼人はダイナマイトを構え、ビアンキはポイズンクッキングを構えた。
しかし絵美だけは殺し屋だというのにそれをしなかった。
その殺気に心当たりがあるからだ。

「……そこにいらっしゃるんですね、ボス。」

絵美はバルコニーに出るガラス張りの扉を開けた。
誰の姿も見えないが、間違いなく殺気はそこから出ていた。
一瞬霧の炎の気配を感じたかと思うと、次の瞬間にはザンザスとヴァリアーの幹部達がそこにいた。

「お恥ずかしい所をお見せしましたね。」

絵美は肩を竦めて誤魔化すように笑った。

「今日の寄り道の目的は果たしました。帰りましょう、ボス。」
「ああ」

ザンザスの殺気が少し落ち着く。
しかしただで彼らを帰すほど、ビアンキと隼人と絵美への執着は甘くない。

「待てよ、絵美!そもそも俺はお前にヴァリアーを辞めさせて日本に来させたいって姉貴から言われたから、こんなとこまで付き合ったんだ!その本題に入らないまま、帰すわけにはいかねぇ!」

隼人は絵美の腕を掴んだ。
絵美は心底不快そうな顔をした。

「ああ、なるほど。お姉様は3人で過ごす時間を作って、お父様の手紙を見せれば、私がまたお姉様の妹に戻ると思ったのですね。手紙は完全に悪手でしたね、お姉様。」
「絵美……」

ビアンキは切なげな表情を浮かべていた。

「隼人、離して。」
「離さねぇ。今度こそ一緒に連れて行く。」
「隼人、私はヴァリアーを辞めたりしない。諦めて。」
「そうだぁ、絵美はうちの大事な戦力だ。辞めるってんなら、今ここで絵美を3枚に卸すぞぉ!」

スクアーロが口を挟む。
隼人とビアンキ、そしてなぜかザンザスがスクアーロを睨んだ。

「絵美、最悪ヴァリアーは辞めなくてもいいの!ただ、あなたが昔のように人を愛し、愛されるようになるのなら!」
「しつこいですよ、お姉様。」
「ししっ。9代目の許可のない強引な移籍は殺す理由になるんじゃね?ねぇ、ボス、コイツら殺して良い?」

ベルフェゴールの伺いにザンザスが首を縦に振る前に、ビアンキが否定した。

「9代目にはリボーンが話を通してあるわ!絵美さえ良ければヴァリアーから10代目ファミリーへの移籍は問題ないと!」
「チッ……あのクソジジィ…」

ザンザスは舌打ちした。

「絵美が同意することが条件なら、それは叶わぬぞ。絵美がヴァリアーで働く意志は強いからな。」

レヴィは誇らしげにビアンキに向かってそう言った。
ビアンキは下唇を噛んだ。

「お姉様、レヴィさんの言う通りです。私はヴァリアーにいたいです。そして、私が今後どう生きるかはお姉様にも干渉させません。」
「絵美、私はあなたの幸せを……」
「お姉様、私は幸せとかどうでも良いです。仮に私がそういうものをのぞんでいたとしても、お姉様は関係ありません。私と必要以上に関わらないでください。」
「絵美……」

傷ついていることを全く隠せないビアンキの様子に、隼人は心を痛め怒りがふつふつと沸くのを感じた。

「絵美!姉貴はお前を思って…!」
「勝手に家族の縁を切った隼人からそういうことを言われる筋合いはない。今更兄貴面しないで。」

絵美はそう言った後、大きく溜め息をついた。

「これ以上、ボスをお待たせしたくないので、いい加減帰ります。みなさん、正門でお会いしましょう。」

絵美はそう言って城の中を歩いて城の門へと向かった。
本調子ならバルコニーから飛び降りて中庭を通った方が速いのだが、医者から早く治したいのであればあと1週間は激しい運動を控えるように言われているため、徒歩で遠回りした。
正門にてビアンキが施錠を忘れていた車からスーツケースを取り出して、先回りしていたヴァリアーの面々と合流した。

「そういえばみんなは何でここまで来たんですか?」
「車だ。」

レヴィの的外れな回答に絵美は苦笑いし、言い直した。

「そうじゃなくて…なぜ私をこんな所まで迎えにいらしたのですか?」

ヴァリアーの面々は黙り込む。
しばらく間が空いて、答えたのはスクアーロだった。

「ボスさんが……テメェの浮気を疑っているようだったからなぁ。」

ザンザスの拳がスクアーロの顔面に叩き込まれた。
スクアーロは吹っ飛ばされた。

「浮気?浮気って交際してたり、結婚してたりする男女の間で使う言葉では?あ…でも、ボス、私他の男と体の関係を持ったりしませんよ?私にそういう命令を下せるのはボスだけですし、恋愛に興味はありません。」

なぜかザンザスの殺気が強まり、絵美は首を傾げた。
他の幹部の面々は冷や汗をかいている。

「……テメーら先に戻ってろ。」

ヴァリアーの面々は少しだけ憐憫の情を絵美に向けていた。
レヴィが絵美が持っていたスーツケースを引ったくり、他の幹部と共に山を降りて行った。
絵美は状況が読めないまま、ザンザスと共に取り残された。

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